第二十五話「新人メイド」

 王国の姫であるアニエスが滞在する屋敷にはローラ以外に、三人のメイドが生活を共にしていた。

 日が昇るより少し前からメイド達の仕事は始まる。

 その仕事が始まる前、朝礼を行うのが日課であった。

 場所は屋敷の食堂、身支度を整えた少女たちは横に並んでいた。


「ねえねえ、フィオナ。昨日来られたお客さんってどんな方だった?」

「私は厨房で料理をしてたから……。配膳はローラさんがされたのでお顔までは」

「ならエマは?」

「しっ! もうすぐローラさんが来られるから後にしなさい」


 この場では最年長であるエマが、昨日訪れた客に好奇心を隠さないシンディを咎める。

 エマの言葉にやや不満気な表情を見せるシンディであったが、近付いてくる足音に気付くと背筋を伸ばし開いていた口も閉じた。

 間もなく入口の扉が開き、ローラが入ってくると、見事な一礼と共に三人は挨拶を行う。


「「「おはようございます」」」

「おはようございます」


 ローラは微笑みを浮かべながら三人の前に立つと、微笑みながら三人を観察する。

 王国の姫に仕えるメイドの身嗜みに問題がないかチェックしているのだ。

 僅かな時間ではあるが、三人にとってローラが次の言葉を発するまでの時間は非常に長く感じてしまう。

 身嗜みに問題はなかったようでローラが次の言葉を発するのを聞き、三人は安堵の息を吐く。


「昨日は私が不在の中、お勤めご苦労様でした。また突然の来客にもかかわずよく働いてくれました。

 今日はお客様の朝食が終えられましたら、本日はもう一度この場に集まってください。私からは以上です」


 今日もいつもと違う予定が入っているようだ。

 三人娘はそれぞれ「何だろうと」疑問に感じるが、声に出すことはしない。

 短いローラからの伝達事項が終わるとそれぞれ与えられた役割を遂行するべく行動開始する。

 メイドの一日は過密スケジュールなのだ。



 ◇



 朝食後、再び食堂に集まった三人娘の前にローラから紹介されたのはまだあどけなさが抜けていない少女であった。


「今日からこちらでお世話になります、アリス・サザーランドです」


 少女はおずおずと小さく礼をしながら挨拶をする。

 そばかすどころか染み一つない純白の肌は少し恥ずかしがっているのか、頬にほのかに桃の色が浮き出ている。

 白い肌を引き立てるような漆黒の髪は、仕事の邪魔にならぬようにハーフアップでまとめられていて、同性の目から見ても羨む艶やかな髪質。

 メイド服である黒いワンピースと白いエプロンという同じ色調も相まって、より容姿が際立つ。


(((かわいい)))


 三人娘は心の中で同じ感想を抱く。

 挨拶はしっかりしているが、顔を赤らめているのはきっと人前にでるのに慣れていなくて恥ずかしがっているのだろうと推測した。

 三人娘が思っていることは間違っていないが、主たる理由はもちろん別にある。


(何故こんなことに……!)

 

 アリスは嘆く。

 もう女性服を着ることに抵抗はなくなっているが、やはり着慣れない服を着るのには抵抗が残るのだ。

 それもメイド服。

 俗物的なものではなく仕事服であることは理解している。

 理解はしているのだがアリス――ナオキにとってはもう一つの世界のイメージが先行してしまい、自分がコスプレしているような感覚に陥ってしまうのであった。

 そして容姿のことで頭が一杯になっていたが三人娘はもう一つ、アリスと名乗った少女の無視できない言葉の意味に思考を移していた。 


 サザーランド。


 その姓を持つ家を王国の者で知らない者はいない。

 公爵家の一つにして国の中枢を担う人材を輩出している名家。

 国内最高の魔術師に与えられる宮廷魔術師の役職も現当主であるリチャード・サザーランドが務めている。

 彼女はその名家に名を連ねる者ということになる。

 でも何故そんな名家出身の者がこんな場所に? と疑問を抱く。

 将来、家長とならない貴族の娘が身分の上の者に仕えるのはよくあることだ。

 現にエマは伯爵家の次女であり、シンディも子爵家の三女、フィオナも男爵家の長女と、爵位は異なるが皆貴族出身であり、将来の箔付けのために王城で見習いとして働いている。

 だが公爵家ともなればその必要はない。

 家長の資格がない子であったとしても、十分と政略結婚の駒になりえ、またわざわざ王家のメイドとして仕えさせる必要もないはずであった。

 もし三人娘が、目の前の少女がさらに今話題の『七代目剣聖』ということを知っていればまた違った感想を抱いていたことだろう。

 残念なことに、王城という閉鎖空間内で暮らし、仕える立場である彼女たちが得られる情報というものは非常に限られる。

 最近、王国内で新たな剣聖が誕生したことは知っていたが、王城で話される情報は「歴代最強の剣聖」「若くして剣聖になった」という情報に集約され、それを耳にした王城で働く下働きの者も噂として「とても強い剣聖はとても若い」と認識されはしたが、その若いという表現がまさか「幼くして」とまでは誰も思っていなかったのだ。

 同時にアリスの名前よりも「剣聖殿」と言う呼称で王城内では話されるため、様々な話や噂が囁かれる城内でも現剣聖の名前が「アリス・サザーランド」であると知っている見習いの者は殆どいなかったのである。

 また、三人とも貴族の一員でもあるにかかわらず余り細かく物事を考えないという点ではよく似通っていた。

 家の利益を考えるのであれば、三人は諜報員としては失格であったが、見習いでありながら王国の姫の側で仕えさせる人員としては使い勝手がよく、ローラはその辺りを考慮して今回の森国滞在中の人員として三人を選抜したという事情もあったりする。

 結局幸か不幸か、三人娘は詳しい事情はよく分からないが何か公爵家の子が同僚になるらしいけど、可愛い子だしいいか、程度に考えたのであった。

 

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3人娘まとめ

エマ 伯爵家の次女 17歳

シンディ 子爵家の三女 14歳

フィオナ 男爵家の長女 14歳

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