第四十八話「凶弾」
突然現れた謎の女性と至近距離で睨み合う。
女性の手に握られているのは漆黒の剣。
装飾も一切ない、本当に黒一色のものであった。
持ち手の女性は余裕の笑み。
俺と同じ黒い髪。
長い睫の奥には妖艶なアメジスト色の瞳がこちらを見つめていたい。
人の形をしているのに、どこか異質な存在であるように感じられる。
精霊 レベル90
事実、映った情報を見て人ではないとこを確信する。
(精霊だと……?)
得られた情報に眉をひそめる。
一体どこから、そしてなぜここに現れたのか。
何となく精霊と会って話すことができたら楽しそうと、ファンタジー世界に夢を抱いていたわけだが、今日だけで二人の精霊と邂逅することになるとは。
だが、この邂逅は決して歓迎するべきものではなかったことがわかる。
女王の元で精霊の集まりでもやっているという理由であるならばまだよいが、目の前の精霊は女王を害そうとしている仮面男を庇った。
つまり敵だ。
漆黒の剣が軽く横に振るわれる。
その反動を利用して、俺は黒い精霊から距離をとろうと再度跳躍。
この判断は誤りであった。
魔術が現在使えない俺は、当然ながら空中で自由に身動きが出来ない。
目の前の精霊を敵と判断したにもかかわらず。
ニコリと妖艶な笑みを浮かべる姿が目に映る。
同時に彼女の周囲から黒い渦が巻き、黒い刃がこちらに向かって襲い来る。
魔術が使えない俺は刀で迎撃するしかない。
黒い刃が迫る。
正面からの攻撃は腕を振り、黒い刃と切結ぶ。
一か八かではあったが、この刀のおかげか、切結んだ黒い刃は霧散する。
立て続けに襲い来る黒い刃を防いでいく。
黒い精霊は口角をあげ、面白そうに微笑む。
その意味するところとは。
『後ろです!』
警告に後ろを向くが、死角から迫っていた攻撃を身体を捻って、迎撃するのに間に合わない。
だが、俺を襲う直前に、それらはエメラルド色の防壁に防がれた。
女王によるものだ。
(助かった……!)
そのまま天井を起点に、元いた女王の横へと素早く戻る。
「助かりました」
「うむ」
(でも、何で女王も魔術を……?)
精霊除けの結界というものがこの場所には展開されており、魔術は使えないはずだ。
事実、俺が魔術を発動しようとしても不発に終わる。
敵対する黒い精霊もだが、女王も魔術を行使できる様子。
その答えはヘルプが教えてくれた。
『彼女は元が精霊ですから。他の精霊の力を必要としないので』
ヘルプの説明になるほどと納得すると同時に、何故敵側が結界内で魔術を行使できたのかの謎も解消される。
俺が敵の凶刃から逃れほっと一息ついている間も目の前では魔術による攻防が行われていた。
襲い来る漆黒の刃に向かい女王が手を薙ぐ。
それにあわせるように風が吹き荒れ、それらを迎撃する。
もちろん女王は迎撃するだけでなく、攻勢にも転じるが、黒い精霊もそれを涼しい顔で防いでいく。
精霊同士の魔術合戦。
人と違い詠唱を必要とせず、自身の手足の延長線上のように魔術を振るう。
自分の事をチートと呼べる存在であると自覚はしているが、世界に顕現した精霊という存在も十分チートだ。
「妙な気配がするとは思っておったが、ようやく合点がいったわ。まさかこんなところで同族に会うとはのお。いや、同族とは違うか」
女王の言葉に黒い精霊はクスリと笑う。
『この子たちは役に立ちそうにないわね』
黒い精霊の呟きと共に、先程壁際に吹き飛ばした二体のアンデッドがバタっと地面に伏せる。
死体にかけていた魔術を解除したのだ。
その音に気をとられていた隙をつき、仮面男が消え、突如女王の目の前に現れた。
手には剣。
突然現れた仮面男にぎょっとした表情を女王は見せる。
間に割って入る。
金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
「やはり、剣聖殿に気付かれましたか」
「死霊術師かと思っていたが、剣も使えるんだな」
「死霊術師が剣を使ってはならないという決まりもありませんからね。もちろん貴女と比べると私の剣など児戯に等しいでしょうが」
目の前に現れた仮面男に気付いてギリギリ間に合っただけだ。
どうやって瞬時に移動したのか。
スキルを使った様子はない。
となると、有力なのは予め移動系の、例えば転移といった魔法陣が仕掛けられていたというところであろう。
加えて、仮面男の握る剣は騎士が握るものに比べると刃渡が短く、片手で振るえるもの。
短剣が大きくなったものとも言える。
そもそもが死霊術師というのはこちらの予測にすぎず、実は仮面男の本来の職は
俺の苦手な相手だ。
地面に伸びた影が俺を襲い来る。
「チッ……!」
距離をとる。
攻撃が止むと、仮面男はすでに黒い精霊の横に立っていた。
『ねえ、あなたの言ってたこと、ちっとも合ってないじゃない?』
黒い精霊はこちらから視線を外し、隣に立つ仮面男に語りかける。
仮面男は肩を竦める。
『なんて言ったからしら? 実力がわからないからお転婆な子は騒ぎの届かない場所に隔離して、あとは結界で魔術を封じてしまえば、女王の命を奪うことなんて赤子の手をひねるようなものって話だったのに。
めんどくさい子に、元気が有り余ってる精霊。私、めんどくさい仕事は嫌なのよね。帰っていいかしら?』
「それは困るな。だが、この機会を逃せば君の願いが叶うのはさらに遅れることになるぞ?」
『それはもっと嫌ね』
心底嫌そうに、そして人間味あふれた溜息をこぼす。
「なぜ、そやつの味方をする?」
女王が会話に割って入る。
「仮面で顔を隠した男、そやつは人の命を何とも思っておらん節がある。なぜそのような男に手を貸す?」
その言葉に黒い精霊はクスリと笑う。
『そう。あなたは人が好きなのね』
変わらぬ笑みのまま。
『私は大嫌い』
底冷えする声が響いた。
「……それはおかしくないかのぉ。人が嫌いと言うなら、どうしてお主はそこの男に手を貸しておるのだ?」
キョトンと呆けた表情を浮かべた黒い精霊は、突然腹を抱えて笑いはじめる。
『あはは……! あぁ、おかしい。下級精霊の、それも人の器を奪って世界に居座っている貴女にそんなことを言われるなんて!』
「……」
黒い精霊の言葉に女王は無言。
『久しぶりにこんなに笑わさられたわ。でも、流石にそろそろ時間ね。貴方が使った道具の音でこっちに人が向かって来てるわ』
それを合図に再び黒い精霊から魔術が放たれる。
「くっ……!」
先程のような鋭利な刃ではなく、暴力的な、力で圧倒するべき黒い塊が次々と襲い来る。
『世界樹の加護を得ているようだけど、所詮は下級精霊ね』
女王の顔に初めて焦燥が浮かぶ。
攻撃を防いでいるが、いつまでもつか。
加えて、嫌らしいことに俺を狙った攻撃も織り交ぜているため、女王はこちらにも防御するために障壁を張らねばならないのだ。
結界の効力さえ切れれば、魔術を放てるが、一体どのようにして結界が張られているのか俺には分からない。
それに仮面男は瞬時に移動する術を持っている。
今回、魔術合戦には力になれない俺は周囲を警戒していた。
黒い精霊からの一際重い一撃が放たれた瞬間、仮面男の姿が再び掻き消えた。
これはカンであった。
女王の背後。
そこに割り込む。
「ここは通さない……!」
片手で振るわれているとは思えない重い一撃だ。
剣を防ぐ。
先程と違い、仮面男の反対側の手にはもう一本の剣が握られていた。
連続で剣を弾く。
暗殺系のスキルを組み合わせているようで、思いがけない死角を突かれることもあるが、身体能力の高さでカバーし躱す。
しかし、仮面男の思い通りにさせるわけにはいかない。
それに悪いが剣術は俺の脅威になり得ない腕だ。
「はぁっ……!」
何度目かのぶつかり合い。
声と共に一閃。
これまでとは比べ物にならない力で刀を向かって来た剣へと振り上げる。
「……っ!」
突然の反対方向の力に耐え切れず、仮面男は剣を手放す。
流れる動作でもう一本の剣も弾き飛ばす。
仮面男の武器が廊下へと転がり乾いた音をたてる。
素早い身のこなしで俺から距離をとった。
(ついでに仮面の下も暴いてやる)
何をしてくるかわからない不気味な相手だ。
とっとと終わらせようと、さらに一歩前へ。
そこで仮面男が腰のあたりに手を伸ばしているのを気付く。
補助に短刀でも持っていたかと思案するが脅威ではない。
が、仮面男が取り出したのは予想外のものであった。
短い筒状の物体。
この世界では見たことがないものであったが。
(銃だと……!?)
俺には見覚えのある武器が握られていた。
銃口がこちらに向けられていたので、咄嗟に横へと飛ぶ。
乾いた音が響く。
だが、避けるという選択は誤りであったことに気付く。
後ろには女王がいたのだ。
予期せぬ攻撃に、正面の黒い精霊の対応に追われていた女王は防壁を張れなかった。
銃弾は女王の胸のあたりを貫いていた。
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