第四十七話「新たな影」

 次に仮面の奥の瞳が俺を捉えた気がした。


「そして、そちらにおられますのは王国の若き剣聖殿ではありませんか。初めまして」

「……」


 俺に対しても恭しく礼をしてくる仮面男。

 

「しかし、これは少々予定外ですな。女王陛下と剣聖殿が一緒に行動しているとは……。やはり、現実は盤上の駒のように思い通りには動いてくれませんね」


 何が面白いのか。

 男は顎のあたりを触りながら、独り言と共に笑い声をあげる。

 不気味。

 その一言に尽きる。

 改めて俺は目の前の仮面男の情報を探る。


 人族 レベル50


(レベル50だと……?)


 その情報に息を呑む。

 実力者であるレイよりもレベルだけであれば上ということだ。

 女王の情報も確認する。


 精霊 レベル80


 流石というべきか。

 不気味な仮面男よりもレベルが高いのを確認し、微かに安堵する。

 ついでに後ろの男の情報を調べると、こちらは長耳エルフ族レベル23と24で表示された。

 人族ではなく長耳族であるという点に眉をひそめる。

 目の前の輩の目的は不明であるが、明らかにこちらに対して友好的な存在ではないはずだ。

 それに森国の者が与しているということが驚きであった。

 長耳族は同族意識が強く、人族と違い長耳族という一つの種族で一国にまとまっているからだ。


「誰だか存ぜぬが、随分な邪法を使うようじゃな」


 女王が見据えるのは倒れた人影。


「おや、何のことでしょうか?」

「貴様、人の命を吸い上げて《転移》の魔術を発動したな?」

「少し語弊がございますな。彼らは元より私の駒。駒をどう扱おうと私の勝手ではございませんか」

「……死霊術師ネクロマンサーか」

「おや、もう私の職業に勘付かれましたか」


 仮面男の反応に女王は鼻を鳴らす。


「そっちに立っとる二人からも魔力の流れが感じられんからの」 

「これは参りました。いやはや、もう私の種の一つが割れてしまうとは。さすがは女王陛下」

「ふん、よういうわ。貴様がどこの誰だか知らぬが即刻失せよ」

「ええ、仕事を終えましたらすぐにでも」


 そう言いうや否や、男はこちらに向かって筒状のものを投げてくる。


「!?」


 あまりにも自然な動作であったため、反応が遅れた。

 轟音。

 周囲を震わす音と共にこちらを呑み込まんとする赤い炎が視界を埋め尽くす。

 だが、その熱が俺に届くことはなかった。

 エメラルド色の障壁が炎を防ぐ。

 女王によるものだ。


「随分と物騒な贈り物じゃな」


 ふんと鼻を鳴らし、腕を横になぐと炎は霧のように失せる。

 今の現象が幻ではなかった証明に、床や天井が黒く焦げていた。

 仮面男が放ってきたものが爆弾のようなものであったことを理解する。

 

(分かってはいたが、こいつらの目的は女王を害することか!?)


 俺はどうやら運悪く巻き込まれてしまったようであるが、見て見ぬふりもできない。

 それに、仮面男は俺ごと葬り去ろうとしてきた時点で、既にこの状況から逃れる道は一つしかない。

 収納ボックスから刀を取り出し、右手に握る。


「やはり、このままでは厳しいですね」


 男が指を鳴らす。


「むっ」

「っ……!?」

『これは……』


 キーンと耳鳴りのような音が一瞬した。

 ただの音であれば無視できるが、当然違う。


『マスター、周囲に結界のようなものがはられています』

「世界一の魔術師と言われている女王陛下と魔術比べなどしては敵いませんからね」

「……精霊除けの結界か」


 憎々し気に女王が言う。


『周囲の精霊が逃げてしまいました。これでは魔術が使えません……!』 

「そういうことか……」


 精霊除けと言われてもパっと意味が分からなかったが、ヘルプの言葉で状況を理解する。

 確かに女王の見た目から、武術にも優れているようには思えない。

 魔術さえ封じてしまえばレベル差など関係なくなってしまうというわけだ。

 さらに、仮面男以外の二人が何もしてこないはずもなく。

 槍を構え、こちらへと接近してきた。

 女王の言葉からして、こいつらは仮面男に操られているアンデットであると推測できる。

 聖魔術を結界がはられる前に使用していればと、ちょっぴり後悔。


(というか、精霊除けの結界がはってあるのにこいつらは動けるのね!)


 以前、ラフィに死霊術は死体に下級精霊を憑依させる術と聞いた。

 つまり目の前の死体は、精霊により操らているはずなのだが……。

 当たり前かもしれないが、敵側が仕掛けた罠なので何かしらの対策を施していたと納得するしかない。


(今考えるのはあとまわしだ)


 決して早い動きではないアンデットが接近する。

 一歩前へと踏み出す。


『マスター!』


 突然のヘルプの警告。

 身体が反応し跳躍。

 寸前のところで足元を影が蠢いているのが見えた。


「おや、今のを避けますか」


 余裕の声。

 魔術を発動したのは仮面男ではない。

 予め仕掛けられていた魔法陣が発動したと予想。

 待ち伏せしていた場所なのだ。

 他にも罠が仕掛けられていると見ていいだろう。


(魔術は使えないんじゃないのかよ……!)


 心の中で叫びながら、跳躍した先、天井を蹴り狙いであったアンデットの直上へ一瞬にして移動する。

 得物である槍を一閃。

 先端部分を斬り裂き、槍はただの棒になる。

 ついでに懐へと潜り込み、掌底をお見舞いし壁際へと二人とも吹き飛ばす。

 残りは仮面男のみ。

 先程のように爆弾を投げられてはたまらない。


(一気に距離を詰める……!)


 一直線に向かうのは危険。

 同じ様に跳躍し、天井へ。

 そこから仮面男へと斬りかかる。

 刀が届く寸前。

 キーンと。

 俺の刀が防がれた。


「なっ!?」

『ふふふ。なかなかのお転婆さんね。せっかく色々準備したのに、まさか天井から飛んでくるなんて思いもしなかったわ』


 仮面男の前にいつ現れたのか、一人の女性が剣を持ち、俺の刀を防いでいた。

  

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