第四十六話「招かざる客」
「そろそろ時間じゃな。うむ、実に有意義な時間であったぞ」
満足気な表情を浮かべる女王。
機嫌を損ねることなく、何とか無事にお茶会を終えることが出来たようで、俺はそっと胸を撫でおろす。
女王とのお茶会は、俺の方から色々と女王に情報を提供してしまったかもしれないが、貴重な話を聞くことができ、こちらとしてもプラスになる時間であったといえよう。
それに、これから女王と会うとなった時は大分身構えていたが、実際に会って話してみた女王はとても大国を支配する者とは思えない気さくな態度で、非常に助かった。
突然の女王との面会ではあったが、俺個人としては偉い人と顔見知りになれたのだから、ラッキーであったくらいに捉えるべきなのかもしれない。
給仕が一人も控えていない、密談となった今回の会。
女王には茶会の主催者として何度もお茶を淹れてもらうことになった。
結局、全くティーカップに口を付けないのは失礼と思い、ゆっくり飲んではいたが、回数を繰り返していたらすぐに空になる。
女王はよく気が利く性格のようで、間髪入れず親切にお茶を淹れてくれたので、俺のお腹も来る前より更にタプタプであった。
王国に戻ったらローラにでも、こういったお茶会での正しい過ごし方、特にお茶を勧められた時の角が立たない断わり方はマスターしといた方がよさそうだ。
とはいえ、女王にはそんな感じでお世話になった。
「私こそ、お招き頂きありがとうございました」
心からの感謝を込めて礼を口にする。
「うむ」
少し威厳ある表情を浮かべ女王は満足げに頷く。
俺は席を立ち上がり、ここで重大なこと気付いた。
てっきりお茶会が終われば誰か迎えの者が現れるものと思っていたのだが、誰も来る気配がない。
(まさか一人で戻らなければならないのか?)
自慢じゃないが、ここに来るまでの道を一切憶えていない。
決して俺は方向音痴でないということだけは付け加えておく。
建物の中、同じような風景が続く連続では頭の中で道順を描くことが難しいだけだ。
(まぁ、ヘルプがいるから大丈夫か……)
私はナビゲートするための存在ではないのですが……と抗議の声が脳内に響く。
だが、それはいらぬ心配であったようだ。
俺が立ち上がり、少し遅れて女王も席から立ち上がる。
「では、わしらも夜会会場に行くとするかのお」
何気ない言葉。
共に行けば、城の中で迷子という事態は避けられ、元の場所に戻れそうではあるが。
女王と一緒に夜会に戻れば、それはそれは会場中の注目を浴びることが容易に想像できた。
目立つのは嫌だな、と口に出さなくとも顔に書いてあったようで。
「何じゃ、わしのエスコートでは不満か?」
「いえ、とても光栄なこととは思うのですが、光栄すぎるというか……。私のような小娘が女王様と一緒に登場しては色々な好奇な視線に晒されそうなので、それは遠慮したいかな……と」
「何を今更言うておるのじゃ。レイから、お主がさっき会場で騒ぎを起こしたことは聞いておるぞ」
「うぐ……」
さすがよく知っておられる。
言われた言葉に口を噤まざるをえない。
レイと女王の間で情報の伝達に抜かりないようだ。
言わなくてもいいのに……と少し心の中で愚痴をこぼす。
「それにわしと一緒に戻ろうが、一人で戻ろうがどちらにせよお主は注目の的じゃろうな」
なら戻らないという選択肢が最も賢いように思えるが、目の前の女王がそれを許すであろうか。
(絶対に許してくれないよな……)
これも確信を持って言えた。
つまり戻らないという選択肢が俺の前には用意されていないのだ。
勿論、この身体の能力をフルに活用すれば脱走も不可能ではないが、この選択をとった場合、女王の心象は悪くなることは間違いない。
「わしと一緒であれば好奇の視線も多少は緩和されるかもしれんぞ? さて、どうする?」
意地悪気な女王な女王の問いかけに、
「是非、エスコートをお願いします」
そう答えるしかなかった。
「うむ、任された」
俺の答えに女王は満足気に頷くのであった。
◇
軽い足取りの女王に手を引かれながら歩いて行く。
これではまるで女王に面倒を見てもらっている子供のようであった。
(女王から見れば、確かに俺なんて子供も子供なんだろうけど……)
この扱いには若干の抵抗を見せたが、笑いながら、
「なんじゃ。子供扱いが嫌じゃったらはよ大きくなることじゃな」
まともに取り合ってもらえなかった。
そんなわけで、俺は女王と手を繋ぎながら屋内庭園を出て、来る時に通ったであろうと思われる長い廊下を歩いていた。
唐突に、先程までコツコツと足音が響いていた音が止む。
どうしたのだろうか、と隣に立つ女王の顔を見上げる。
そこには、先程までの朗らかな笑みを浮かべた表情はなくなっていた。
険しい目つきで先を見据える。
女王が見ている方向へと視線をやるが、そこには何もない。
窓から入る微かな月明かりで照らされた廊下が続いている。
「何者じゃ?」
女王は何もない空間へと問いを投げかけた。
怪訝な表情でその状況を見ていたが、瞬き一つ終えると、先程まで誰もいなかったはずの廊下に人が立っていた。
(いつから居た!?)
驚きの声が漏れそうになる。
一人ではない。
全部で四人。
進行方向を塞ぐように立っていた。
全身がくすんだ色のフードつきのコートで覆われており顔が見えない。
ガタイから恐らく男ではないかと辛うじて推測できる。
手には槍。
装備が夜会会場の周囲の警備にあたっている騎士と同じ鎧姿であれば、この廊下を巡回している騎士と思ったかもしれないが、騎士ではないことは見るからに明らか。
女王の問いかけには無言。
他に潜んでいる者はいないか、周囲を警戒する。
警戒していると、魔術が発動した。
目の前に立つ四人の中央から淡い光が漏れ出る。
こちらを害する意図のものかと身構えるが、違った。
寧ろ倒れたのは目の前の男。
ドサッ乾いた音を残して四人の内、二人が地面に倒れ伏せる。
一体何が起きているのか。
状況に思考が追い付かない。
じんわりと背中を冷たい汗が伝う。
発動した魔術の名称が脳裏に浮かぶ。
《
新たな影が現れた。
今度は全身黒ずくめのコート。
更に特徴的なのは、顔を奇妙な模様が入った仮面で隠しているということ。
(こいつは……)
そして、その仮面には見覚えがあった。
共和国へと向かう途中、霧の化物を生み出していた犯人と思われる人物が付けていた仮面と同様のものだ。
隣に立っていた女王が俺を庇うように、一歩前へと出る。
「ふむ。今夜の催しは仮面舞踏会ではなかったはずじゃが。誰だか知らぬが、会場を間違うてはおらんか?」
「いえいえ。会場は間違いなくこちらであっております、女王陛下」
他の者と違い、女王の言葉に反応する。
怪しい風貌の仮面男は、演技じみた大袈裟な仕草で一礼しながら応えるのであった。
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