第四十九話「目的」
仮面男がもう一度引き金を引こうとするのが見える。
「させるか!」
「くっ……」
一気に距離を詰める。
再度乾いた音が響くが、刀が届き、銃口はあさっての方向を向く。
至近距離。
銃弾が頬を掠める。
再度刀を振り下ろす。
仮面男は身体を庇い、手に持っている銃で斬撃を防ぐ。
続けざまに脇腹へと蹴りをお見舞いした。
流石の仮面男も苦悶の声を上げながら廊下を転がる。
まだ何か手を隠しているかもしれない仮面男をそのままにしておくわけにはいかない。
意識を刈り取るべく次の一手を仕掛けようする。
すると地面が淡い光に包まれ転がっていた場所から消えた。
転移による魔術が発動したのだ。
『随分とボロボロね』
「ゲホゲホッ、助かった」
仮面男は黒い精霊の側に移動していた。
追撃、いや、それよりも――
「女王様!」
銃弾で貫かれた女王はどうなった。
咄嗟に目にした銃に身体は反応して避けてしまった。
後悔と自責にかられながら女王の姿を探す。
「大丈夫じゃ」
女王は凛とその場に立ち、黒い精霊からの猛攻を変わらず防いでいた。
横に駆け寄る。
「でも、さっき撃たれて……?」
大丈夫のはずがない。
銃弾が貫いたように見えた胸のあたりに目をやる。
撃たれた証拠に、服には穴が空いていた。
しかし、想像していた血痕が飛び散っているということもなく、今は淡い光に包まれている。
「この通り。わしは人と違うからの。あの程度の攻撃では死にはせん」
女王の言葉で安堵の息を漏らす。
「じゃが、面白い武器を使うの。確か、最近中央のあたりで流通しはじめた魔石に魔力を込めて
「おや、あまり知られていない物だと思っていたのですが、さすが物知りですね」
仮面男はよろよろと立ち上がりながら言う。
「けっこう貴重なのですが、もう使い物にならなさそうですね」
斬撃を受けた銃は、筒の部分が大きく曲がっていた。
「残念じゃったな。お主の切り札であったようじゃが、この通りわしはピンピンしておる」
「そうですね。貴女を殺すことが出来れば、事はより簡単だったのですが仕方ありません。やれやれ、これだけ盤上が乱されてしまうと最低限の仕事をこなすのがやっとですね。ミスト、攻撃を止めてください」
『あら、いいの?』
「これ以上は無理だ。それとも、時間をかければあれを消せるのか?」
不満そうな黒い精霊――ミストと呼ばれたそれは、言葉通り攻撃を止める。
『無理ね。下級精霊とはいえ、流石に世界樹の加護を得ている相手に長期戦は』
「なんじゃ、逃げるのか?」
「ええ、目的は達しましたので」
「逃がすと思うか?」
風魔術が敵対する二人を襲うが、ミストの障壁に防がれる。
「ミスト、やれ」
『はいはい。これで駄目だったら私だけで逃げるからね』
気だるげな声と共に魔法陣が浮かび上がる。
女王も攻撃に備えて身構えたが、突然苦悶の表情を浮かべた。
「くっ……、まさか……!」
「女王様!?」
胸のあたりを抑える女王。
ミストが何かをしたのは確かであるが、それが何であるかわからない。
しかし、予想外のことに仕掛けた本人であるミストも先程までの涼しい表情は消え、苦悶の表情を浮かべていた。
『流石に、これはキツイわね。でも、これで世界樹からの魔力供給の繋がりは阻害できた』
「さっきの礫に何か仕掛けておったな……! じゃが、この術は見たところお主の魔力を喰らいつくすようじゃな。長くは保てまい」
『ええ、そうね。私の保有魔力で貴女と世界樹を分断するのは出来て三日』
「これが目的か? ただの嫌がらせにしては手がこんでおるの」
女王とミストは苦悶の表情を浮かべながら睨みあう。
二人の話から察するに、先程女王を襲った銃弾を起点に何かしらの魔術が発動したようだ。
その術の効果は女王と世界樹の繋がりを阻害すること。
だが、術を維持するには莫大な魔力を必要としている様子。
しかし、女王の言う通り、そんなことをして何の意味があるのかわからない。
唐突に仮面男は手を叩く。
パチパチパチっと。
場違いな音が廊下を反響する。
「女王陛下は演技も上手でいらっしゃる。陛下に供給される魔力が断たれて、果たしてこの森都を守る結界を何日維持できますかね?」
「……どこでそれを知った?」
仮面男は肩を竦める。
そして背後からドンドンと扉が叩かれる音が聞こえてきた。
「女王陛下! ご無事ですか!」
「今ここを開けます!」
「おい、吹き飛ばせ!」
騒ぎを聞きつけた城の者が増援に駆けつけてくれたようだ。
だが、すぐには入ってこれない様子。
目の前の奴等が何か仕掛けているのであろう。
「時間のようですね」
『じゃあね。大好きな人間と存分に足掻くといいわ』
「剣聖殿も。また、相見えることがありました。ゆっくりお休みください」
仮面男の足元から魔法陣が浮かび上がる。
「逃がすかっ……!」
女王が魔術を仕掛けるよりも早く、仮面男の手から何かを放られる。
先程の爆弾だ。
「ちっ!」
攻撃を止め、女王は前方に障壁を展開する。
轟音。
炎が溢れ、再び廊下を震わす。
炎がおさまった時には、既に二人組の姿は掻き消えていた。
「逃がしたか」
構えていた手を力なく女王は落とす。
「すみません、力になれなくて……」
「いや、わしの方こそ巻き込んでしもうた」
遅れて、ドンっと後ろの扉が勢いよく開かれる音がする。
城の騎士が流れ込んできた。
先頭にはレイが焦燥を浮かべた顔で立っていた。
「女王陛下、ご無事ですか!」
そして焼け焦げた廊下を目にしてレイは固まる。
「一体何が……?」
「レイ、夜会に参加している重鎮を招集せよ」
レイの質問に答えるよりも先に、女王が指示する。
「緊急じゃ。じゃが、今は王国の者には気付かれぬようにせよ」
「はっ。仰せのままに」
表情を切り替え、レイは踵を返し、後ろに立つ騎士にあとのことは任せ、自分に与えられた仕事をこなすため来た扉を戻っていく。
(これで一段落なのか……?)
慌ただしく騎士が入ってき、女王の指示を仰いでいる。
ほっとする。
緊張の糸が途切れたためか、全身の力が抜けるように感じた。
騎士への指示が終わったのか、女王がこちらに向かってくる。
「アリスもすまんかった。服もボロボロじゃの……。それとすまんが――」
女王が何かを言いかけ、
「アリスッ!?」
右手を引っ張られた。
一体何が起こったのか分からないが力が入らず、そのまま女王の胸に倒れこむ。
『マスター!』
視界が暗転する中、ヘルプの声が響いた。
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