第六話「パーティー開会」

 ジルダは娘を助けて貰ったお礼をしたいと申し出てくれたが。


「こうして美味しいお菓子を頂けただけで、私は満足です。

それよりもミシェルちゃんが元気そうでよかった」 


 ジルダの横に座っているミシェルに微笑みながら、丁重に辞退する。

 お礼として金品宝石類なんて貰っても困る。


(いや、お金はいくらあっても困ることはないだろうけど……)


 若干の欲がちらりと頭をよぎるが、過ぎたる欲望は身を滅ぼすともいう。

 俺は些細な(口の中の)幸せで満足することにした。

 それに、今度荷馬車にラフィと乗せてもらう同伴者は俺であり、十分に恩を返してもらっていると言えるだろう。

 目が合ったミシェルは顔を伏せてしまったが……。


(血生臭いところを見られたから、怖がられてるのかな……)


 少しショックである。

 一方、俺の言葉を聞いたジルダは目を見開き、歓喜に打ち震えている。


「おお、アリス殿はなんという高潔なお方か……! 

 やはり武を極めるお方は心も高潔であられるのですかな。

 お恥ずかしいことに、私は商人という職業柄、どうしても損得勘定で行動をしてしまいますが、いやはや。

 アリス殿に出会えた奇蹟を神に感謝せねば。

 せめて自慢の菓子を存分に堪能してください。

 おい、爺! アリス殿に菓子の追加を」

「かしこまりました」


 ジルダの側に控えていた執事は恭しく礼をすると、一度部屋を退出する。

 その後、俺の前には続々と様々な菓子が並べられ、勧められるがままに口へと運んだ。

 どうしてこんなに多くの種類の品々があるのかと疑問に思ったが、それは聞かずともジルダが自ら語ってくれた。

 先程の言葉を引用するのであれば、職業柄なのか、ジルダは俺の表情から何を疑問に思っているのかを的確に読み取り、疑問に対する答えを聞かせてくれた。

 まぁ、本人が話好きという点も大きいのだろうが。

 多くの品々が出される理由は、ジルダが世界各地の食材を商いにしているためであった。

 自ら各地に足を運び、現地で食べ、気に入った食材は交渉し、輸送体系を整え、美味しい食材を王都に輸入しているとのことだ。


「最近は下のものに仕事をどんどん引き継ぎ、私自身は王都からあまり動かない身。

 試食という名目で食べてばかりで、このありさまです」


 と、自身のふっくらとした(やわらかめの表現)お腹をポンポンと叩き、笑いながら話してくれた。

 会話は終始ジルダのペースで進んでいく。

 言葉数多くない俺は「そうですか」「すごいですね」といった、なんとも貧相な返しをしていた気がするが、ジルダはご機嫌であった。

 会話の間、時折ミシェルの方にも視線を向けてみると、慌てて顔を伏せられてしまう繰り返しであった。

 トホホ。



 ◇

 


「本日はお招き頂きありがとうございました」


 別れの挨拶を済ませ、屋敷を後にする。

 とはいかなかった。

 さすが商人。

 言葉巧みに、俺はいつの間にかパーティーへ出席することを同意してしまっていた。


「当家の料理人が腕によりをかけた品々、是非味わっていただきたい」

「アリス殿に食べて頂けたと聞けば、料理人もさぞ鼻が高いことでしょう」

 等々。


 パーティーに出席するというよりも、当家の料理人が作った料理を是非に!と、説得されてしまっていたのだ。

 勿論、是非食べてくれとだけではなく、ジルダの口から語られる本日の料理は、聞いているだけで涎が出そうなものばかり。

 ジルダの話を聞き、折角目の前に「今語られた夢のような品々」を食べれる機会があるというのに、どうして棒に振ることができようか。

 パーティーなんてめんどくさいという最初の考えはどこへやら。

 俺はパーティーへの出席と最初の挨拶でジルダより紹介されることに同意してしまっていたわけだ。

 開始時刻。

 パーティーが行われる部屋、俺はジルダの側でニコニコと笑みを貼り付けながら立っていた。


「本日は私が主催するパーティーに――」


 ジルダの挨拶が始まる。

 部屋と表現したが、そこは高級ホテルにある会場のような装いであった。

 主催者としてジルダと俺が立っている場所は少し高い位置にあり、会場全体を見渡せる。

 会場には百人くらいはいるであろうか。

 ジルダの挨拶が始まると、談笑が止み、一斉にこちらへと視線を注がれる。

 当然俺も好奇の目にさらされる。


「ジルダ殿の横に立つ少女はご息女か?」

「ご息女はミシェル殿一人と聞き及んでいるが……」

「隠し子とか?」

「にしては、あまりにも似ていないな」

「いや、あの子は……いや、あの方は……!」


 ジルダの話に耳を傾けながらも、にわかにざわめく。

 横顔を覗くに、ジルダはその様子を楽しんでいるように見えた。


「さて、皆さんも私の側に立つ少女が誰なのか、気になっていることでしょう。

 すでに気づいている方もいるかもしれませんが。

 では、私の口から紹介しましょう。

 今王都で最も話題の人物、現代の剣聖にして、史上最強の剣聖。

 王国の至宝アリス・サザーランド殿です!」


改めて紹介されると、会場がどよめく。


「あれが……!」

「娘より幼いではないか、本当に彼女が剣聖なのか?」

「私は先日の試合を観戦したが、間違いない。彼女が剣聖だ」


 ジルダに紹介された俺は、何か言うべきなのだろうか。

 王国最強の称号を賜った(別に欲しくはなかったが……)のであるならば、勇ましく名乗るのが正解であろうか。

 あれこれと考えた挙句、俺はただ何も言わず、にっこりと微笑むだけという何とも情けない選択肢を選ぶ。

 しかし、会場の人々は、


「幼いとは言え、なんとも立派な姿」

「このような場でありながら堂々としている」

「とても我が娘より幼い年齢とは思えん」

 等々。


 ほぼ突っ立ているだけなのだが、勝手にいいように解釈してくれているみたいであった。

 結果オーライ。


「私とアリス殿との繋がりは奇妙な縁でして――」


 ジルダのスピーチは続く。

 内容は要約すると、「娘が人攫い事件に巻き込まれ、アリス殿に娘が助けていただいた」と一瞬で終わる。

 が、それを浪々とジルダは語る。

 このパーティーの主催者であるジルダの話を「長い!」などと文句をいう者は当然いない。

 その話の間、会場の数カ所に設置されている丸テーブルに、メイドが次々と料理を運び入れているのが目に映った。

 最初から料理を運び入れておけばいいのにと思うが、運び込まれてくる料理はどれも湯気が立ち昇り、出来立てのようだ。


(ジルダさんのこだわりなのかな)


 料理は出来立てが美味しい。

 古今東西、世界は違っても同じ常識なのかもしれない。

 俺はニコニコしたまま、どのテーブルにどんな料理が運ばれているのか観察し、食べたいものの場所を把握することに努めていた。

 料理の準備が終わった頃合いで、ちょうどジルダの話も終わる。


「それでは今宵は存分に、当家自慢の料理をお楽しみください」


 話を終えると、ジルダには会場から拍手が送られた。

 俺も拍手を送っておく。

 拍手に手を挙げて答え、一度会場から見える場所から退出する。

 扉の外、廊下にて。

 先にある階段を下りれば、一階会場への入口だ。


「さて、私達も下に降りて料理を食べようか。話をして、私もお腹がペコペコだ」

「ジルダさん、先に行っててください。

 慣れない服でして、今一度身だしなみを確認してから私も会場に行きます」

「素敵な恰好で問題ないようにも思えるが……。

 いや、やめておこう。

 私は女性の服には疎い。それで妻にもよくしかられるものだ。

 そういうことであれば、私は先に会場へ降りるよ。

 ゆっくりと訪れるといい」

「はい、ありがとうございます」


 本当にジルダも料理を楽しみにしているようだ。

 機嫌よさげに下の会場へと向かう背中を見送る。


「さてと、俺も行くか。《影隠ハイド》」


 会場の料理を存分に楽しむための手段として、俺はスキルを発動した。

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