第七話「レッツパーティー?」

 《影隠ハイド》というスキルは自身の身を隠すスキルという説明をヘルプから受けた。

 発動した俺はいまいち効果を実感できない。


「これ、本当に発動してるのか?」

『はい、スキルは発動状態です』


 疑問に俺の中にいる精霊ヘルプが即座に応えてくれる。


「なら、いいんだけど……」


 とはいえ、身を隠すスキルというものはどの位の効果を発揮するかわからない。

 ゲームなどでは潜伏系のスキルを使った状態で他のアクションを実行すると、潜伏スキルは解除されるのがお約束だったりする。


(中に入る前に効果のほどを確認したいが)


 会場一階へと階段を降りると、おあつらえ向きに入口の両脇にメイドが立っていた。

 片側に立つメイドの目の前まで移動する。

 この間、両メイドの視線が俺の方に向くことはなかった。

 だが職業上、不躾に人に視線をやるのは良くないと訓練されいてる可能性もある。

 念には念を入れ、メイドの前で手を振ってみたり、ぴょんぴょん飛び跳ねてみたりする。

 すると、


「ふぁ~」


 メイドは眠たげに欠伸をした。


「こら、お客様に見られたらどうするの!」

「はーい、ごめんなさい」


二人の会話から、俺は《影隠》というスキルの有効性を確認できた。



 ◇



 足を踏み入れると、食欲をそそる香りが鼻孔をくすぐる。

 会場は上から見たときよりも、更に広く感じた。

 あちらこちらで人が集まり、食事をしながら談笑していた。

 さてさて、相手には姿が見えていないということは、俺はより注意して行動しなければならない。

 相手に認識されてないがゆえに、不意に人と接触してしまう危険性があるためだ。

 周囲に気を配りながら目的のテーブルを探す。

 テーブル毎に、それぞれ置かれている料理は異なる。

 さらによく観察すると、野菜、果物、魚、肉のどれがメインかにより島が異なることがわかった。

 壁際には飲み物類がずらりと置かれたテーブルもある。

 俺は魚料理の島を横目に見ながら通過する。


(こっちの世界で魚料理って初めて見たな。川魚かな?)


 王都は海に面しておらず、市場でも魚はあまり見かけない。

 非常に珍しい食材といえよう。

 やはり貴族の人々にとっても珍しいようで、多くの人だかりが見えた。

 これも、あとで食べようと心に留める。

 俺が最初に選択したのは肉料理だ。

 ここに第三者がいれば、先程勧められるがままに、多くの菓子を食べているのにお腹は大丈夫なのかと心配されるかもしれないが、心配ご無用。

 追加で出された菓子は、パーティーでこの後も食べることを考慮しての為だったのか、一口サイズのものばかりであり、小食気味のこの身体でも、まだ十分にお腹に余裕があった。


(どれにしようかな)


 ジルダから幾つか料理の紹介はあったが、それは一部にすぎず、こうして料理を眺めていると色々と目移りする。

 残念ながら、この身体のキャパはそんなに大きくないので、調子に乗って食べていると、すぐに限界が訪れるのは目に見えていた。

 食べたいものはしっかり吟味しなければならい。


「これを頂けますか?」


 俺が料理と睨めっこしている横で、煌びやかに宝石が散りばめられたアクセサリーを身に着けた婦人が料理を指さしながら言う。

 テーブルには料理を取り分ける係として、執事またはメイドが立っていた。


「かしこまりました」


 婦人の言葉を受け、執事が机に積み上げられた皿の一枚をとり、手際よく切り分け料理を載せていく。

 受け取った婦人は、上品な動作で肉の欠片を口に運び、口に入れ噛み締めると、目を丸くし驚きを露わにした。


「これは何というお肉なの!? まるで口の中で溶けたみたい」

「こちらはドルゲス高地に生息します、ルルイドリという肉でございます」

「まぁ、そんなところから」

 

 ルルイドリという生き物は初耳だ。

 とりあえず脳内ではでっかい鶏をイメージした。

 確かドルゲス高地は大陸の東側に位置しており、王都からはかなりの距離がある。

 執事が説明するに、ルルイドリはこの時期、一番脂がのっており、おいしいとのことだ。

 それをフェレール商会では、個人契約した狩人から生きた状態で仕入れ、わざわざ睡眠魔術を用いて王都にまで運んできているらしい。

 婦人の反応からも、食材にそこまでの労力を掛けるのは異端であることが伺えた。

 二人が話している傍ら、俺はそっと皿を一枚拝借。

 婦人が食べている料理と同じものを皿にとり、一口パクリ。


(おおお……!)


 思わず声が漏れそうになる。

 名前からも察した通り、鶏肉に近い味。

 だが驚くのはやわらかさで、料理は香辛料をまぶし、単純に焼いたものであるが、噛んだ時に筋っぽさを全く感じないのだ。 

 鶏肉なのに極上の牛ステーキを食べている。

 そんな感想を抱く。

 たまらずもう一切れ、皿にとった。


「初めて食べたお肉だけど、とても気に入りました」

「ありがとございます。フェレール商会で取り扱っておりますので、是非ご検討ください」


 執事は恭しく礼をし、言葉をしめる。

 ようやくここで、このパーティーは試食会も兼ねている商談の場でもあることに俺は気付いた。


(とりあえず、こっちの料理も……!)


 商談に入った二人から興味を料理へと戻し、俺は様々な肉料理を一口サイズだけ、どんどん皿へとのせる。

 第一弾はこんなものか、と俺は皿いっぱいにのせ終えた。


(おっと……)


 あーん、とフォークを使い食べようとした時、近くを人が横切った。

 危ない危ない、ぶつかるところであった。

 通り道で食べるのは危険であると反省。

 俺は空いているスペースを探すことにした。

 歩いていると、会話が耳に入り、照れくさいことに多くが俺の話題であった。


「私は剣聖の試合を直接この目でみることができましたが、あれは言葉で表現できない」

「ジルダ殿の言った通り、まさに王国の至宝」

「しかし、その剣聖殿はどこに?」

「私も先程から探してはいるのだが」

「様々な招待をことごとく断っていたと聞いたが、この機会、お近づきになりたいものだ」


 会話しながらも、多くの人が同じようにキョロキョロと辺りを見回したり、会場の入り口に時折視線を向けているのがわかった。

 俺を探しているのだろう。

 普通に姿を見せては、瞬く間に多くの貴族に取り囲まれるビジョンが見える。


(俺はそれが御免なんだけどな……)

 

 さて、簡単に会場を歩いて回ったが、ちょうどいいスペースはあまりなさそうだ。

 あまり歩き回っていては、せっかくの料理が冷めてしまう。

 ふと視線をあげてみると、会場の二階、先程俺とジルダが挨拶をしていたのとは反対側にバルコニーがあることに気付く。


(お、ちょうどよさそう)


 どこから上がるのかわからないが、人はいなさそうであった。

 周囲に人がいないことを確認し、脚に軽く力を込める。

 トッと、一瞬だけ床を蹴り、バルコニーがある二階まで跳ぶ。

 もちろん料理はこぼさないよう、細心の注意を払いながらだ。

 誰かに見られていたら驚きの声があがるところではあるが、会場は先程と様子は変らず。

 スキルは未だ有効に発動していることの証明であった。

 俺は喧噪を後ろに、行儀悪く、皿の料理を口に運びながらバルコニーへと出た。 

 初夏といってもいい季節になっているが、夜風は心地よく感じる。

 会場の人口密度が高いために余計涼しく感じるのかもしれないが。


(誰も見てないしいいか)


 バルコニーの柵に腰をかけ、料理を頬張る。

 見上げると、頭上には無数の星が輝いていた。


(しかし、このスキル便利だけど、怖いな……)


 動き回っているにもかわらず、誰にも気づかれることはなかった。

 非常に強力なスキルといえよう。

 このスキルを使ってきた相手、人攫いの首謀者であったとされる神父。

 つまり、悪意をもってこのスキルを使えば、暗殺も容易にこなせることになる。 

 そこまで考え、俺は頭を振り、これ以上考えるのをやめた。


(やめやめ。とりあえず今日は何を食べるか、それだけに集中しよ。

 あ、これもおいしい)


 パクパクと。

 皿に盛った料理を軽快に口へと運んでいく。


(しかし、料理ばかり食べてると喉が渇いてくるな……)


 飲み物のスペースには、当然酒類も多く置かれていたことを思い出す。


(このスキルを使えば、誰にも咎められることなく飲めるじゃん……!)


 せっかく習得したスキルだ。

 ここは有効活用させてもらおう。

 俺は悪い笑みを浮かべていた。  

 そうと決まれば、即行動。

 その時であった。


「ねえ」


 突如背後から声を掛けられる。


「ひゃっ!」


 驚き変な声が出た。

 振り返り、声の方を向くと、真っ赤なドレスを身に纏った少女――ミシェルが立っていた。

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