第八話「ミシェル」
予想していないタイミングであり、完全に油断していた。
俺の左手にはお上品とは程遠い、山盛りの皿。
誰も見てないのをいいことに、右手にはマナーのへったくれもないフォークを突き刺した肉のかたまり。
振り向いた俺の姿を見たミシェルは、「見てはいけないものを見てしまった」といった様子。
(あれ、スキル解除したっけ?)
『いいえ、スキルは発動状態です』
《
(何かスキルを使った? いや、スキルを使っているのであれば俺にはわかるはず。
となると……)
考えられるのは、何かしらの固有能力によるもの。
それが何かはわからないが、事実として、俺のスキルはミシェルには効果がないということだ。
無敵に思えた《影隠》も、効果がない相手がいることは心に留めておこう。
そんなことを考えながら、じっとミシェルの方を見つめていたが、俺は柵から降り、ミシェルの正面に立つ。
変な声が咄嗟に出てしまったが、コホンと咳ばらいをし、平静を装う。
「よくここが分かったね」
「た、たまたま貴女が、じゃなくて剣聖様が会場で跳んでいるのが見えて、それで追って来たの……その」
チラリと。
俺の姿を再び一瞥したミシェルは何だか気まずそうにしている。
「ふーん。で、私に何か用事?」
わざわざ俺のことを探して、パーティー会場からここまで来てくれたのだから、何か用事があってのことに違いない。
一旦、《影隠》を見破った方法についての思考は中断し、首をかしげながら問いかける。
「それは……」
まっすぐ見つめ返した俺の視線から逃れるように、再びミシェルは視線を地面に向けてしまう。
しかし、すぐに意を決しまっすぐと再びこちらを見ると、
「先日は助けて頂いて、ありがとうございました」
ペコリとお辞儀をミシェルは行う。
「さっき父が居た時は何て声を掛けていいかわからなくて。でも、自分の口からお礼は言いたくて、だから、その……」
しどろもどろになりながらもミシェルは言葉を続ける。
先程のジルダとの席で、ミシェルがこちらをチラチラと見ていたことを思い出す。
(あれは、どうやって会話に入ろうか機を伺っていたのかな)
嫌われていたからという訳ではなかったみたいだ。
既にミシェルの父親であるジルダからは、会話の中で何度も何度も感謝を口にされており、十分であったがミシェルも中々生真面目な性格である。
「うん、ミシェルちゃんが元気そうでよかった。どこか痛いところはない?」
俺は顔を覗き込み笑いかけた。
下から覗いた俺と視線があったミシェルはみるみる顔が真っ赤になってしまう。
逃げるよう、ミシェルは一歩後退する。
「は、はい、どこも。元気いっぱいです」
「そう、ならよし。じゃあ、ミシェルちゃんに言っておかないといけないことがある」
「な、なんでしょうか」
「このことは内緒に」
大盛の皿を前に出しながら、俺は真剣な口調で言った。
剣聖がパーティー会場で人目を盗んで料理をかっさらい、人目のつかないところでこっそり料理を食べていたなんて知られたら、さすがに恰好がつかない。
少しの間、俺が何を言っているのかわからず目をぱちくりとさせていたミシェルだが、その意味を理解すると、盛大に吹き出した。
それが初めて見たミシェルの笑顔であった。
◇
「剣聖様は――」
「剣聖様なんて呼びかたしなくても、アリスでいいよ。あと敬語もいらない」
ミシェルの言葉を遮り、言う。
俺とミシェルはバルコニーに置かれていた椅子に並んで座っていた。
「そういうわけには……」
「剣聖様なんて仰々しく呼ばれたら、食事がしにくいし」
パクパクと皿に積んだ料理を口に運びながら言う。
最近ようやく「アリス」と呼ばれることに慣れてきたと思ったら、今度は「剣聖様」「剣聖殿」ときた。
加えて、明らかに元の俺よりも年上の者からも敬語で話されるというのは何とも居心地が悪い。
(ミシェルちゃんは俺と対して年は変らないように見えるけど)
並び、横目で見るミシェルはこの身体の俺よりも少し年上であると予想していた。
だが違ってもせいぜい一歳とか二歳といった、そんなものであろう。
暫く俺の言葉に悩んでいた様子だが、意を決し、ミシェルが口を開く。
「な、ならアリスちゃん」
「はい」
ミシェルの呼び方に、俺は満足げに頷く。
「アリスちゃんは思ってたのと全然印象が違うね。あ、悪い意味じゃなくていい意味で!」
「ミシェルちゃんは私にどんな印象を持っていたの?」
興味本位から尋ねてみる。
「うーん、言葉にすると難しいな。
でも、そうね。
最初に会った時、私を助けてくれた時はただただかっこよかった!
うん。それが私の第一印象」
「実際、こんなので幻滅した?」
まぁ、今の俺の姿を見てかっこいいという印象は受けないだろう。
フルフルとミシェルは首を振る。
「父と話している剣聖様――じゃなかった、アリスちゃんは私より年下なのに堂々として、しっかりと受け答えしてるし、ああ、やっぱり住む世界が違う人なんだなと思ったけど」
「けど?」
一度言葉を切ると、じーっとミシェルは俺のことを見てきた。
何だ?と身構えると。
「やっぱり可愛い!」
突然抱き着かれた。
俺は予想外の出来事に赤面する。
「ひゃっ」
それだけに留まらず、ミシェルは俺の二の腕を部分を手でぷにぷにと触ってくる。
「む。柔らかい」
「や、やめ」
「こっちも。む、もっと筋肉質なものと予想してたのに」
さらにはミシェルの手が俺の太ももを撫でるように触ってきた。
うん、さすがにセクハラだ。
俺はミシェルから飛び退き離れた。
「あら?」
突然俺の姿が消え、ミシェルの腕は宙をきる。
何をするんだと、俺は目で強く訴える。
そんな様子はお構いなしに、ミシェルはコロコロと笑った。
(さっきまでは大分畏まっていたはずなのに……)
いや、確かに年上の子(あまり年齢は変らないと見ているが……)に畏まって接されるのも、それはそれで窮屈ではあるが。
突然のスキンシップは驚く。
心臓に悪い。
「最初は私の命の恩人で、王国のすごい人物でおまけに公爵様ってきいて、さすがの私もちょっと緊張しちゃったけど。
うん。こうしてみると、アリスちゃんは普通の女の子ね」
(本当は元男だがな)
もちろん口には出さないが。
それによくよく思い返してみると、今のミシェルが素の性格なのかもしれない。
俺に声をかけた時は「ねえ」が第一声であり、元々畏まった、弱気な性格であったのであれば「あの……」といった、もっと控えめな声の掛け方であったはずだ。
「……何だか、ミシェルちゃんの態度が最初と全然違う」
俺はニコニコとしているミシェルの顔を見つめながら、ぽつりと呟いた。
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