第九話「旅の同行者」
おいでおいでと、ミシェルは横をぽんぽんと手招き。
俺は少し警戒しながらもミシェルの隣に再び座った。
「ごめんなさい。驚かす気はなかったの。
その、つい」
「つい、ね」
「でもアリスちゃん、こんな所にいていいの?
会場の貴族様達は、皆あなたのことを探しているはずよ?」
「うーん、料理は色々食べたいけど……。
こういう貴族が沢山いる場所は初めてで、作法とかもわからないし」
「公爵様のところの出なのに、こういった会に出席したことはなかったの?」
「私は養子。つい先日まではただの庶民だったから」
災厄の生き残りである云々の説明は省略。
話がややこしくなるし、嘘の話で同情を誘うのに最近は心が痛むからだ。
「そうだったんだ……。それでこっそり料理だけを?」
「う、そう」
「アリスちゃんが会場に堂々と現れたら、確かに料理を食べるどころじゃなくなっちゃうか。
でもよくあの会場で誰にもばれずにこっそりと……。
あ、それも何か武術を使ったの?」
目を輝かせ、ミシェルが問いかけてくる。
武術というよりは、暗殺術という言葉が的を射ている気がする。
もっと正確に言うと、「ミシェルちゃんを襲った男が使っていた技」ということになるが、とても言えない。
(今の会話からすると、ミシェルちゃんは俺がスキルを使っているのに、見破っているという自覚はないということか)
ミシェルがどう考えているか、ちらりと伺うが表情からは何も読み取れない。
嘘を言う性格には見えないことから、先程の言葉通り、不用意に会場で跳躍した姿だけを見られたということだろう。
ミシェルだけが気付き、周囲がそのことに気付いていないという点に関して疑問に思っていないようであった。
「そう。武術?みたいなもの」
ひとまず、ミシェルの言葉には曖昧に頷いておく。
「やっぱり! そんな便利な技があるのね! すごいすごい!」
俺の言葉に無邪気にミシェルは喜んでくれた。
「でも、このパーティーで作法なんて気にしなくても大丈夫じゃないかな?
そもそもここに来ている貴族様は貴女のご機嫌を取りたいはずだし」
「そもそも、注目されるのも苦手だし。
私は人見知りだから、知らない人と話すのも得意じゃないので……」
「へぇ、そうなんだ。でも人見知りってことは私と同じね!」
俺はミシェルの顔をまじまじと見てしまう。
「あ、信じてないでしょう」
その通りなので、コクコクと頷いておく。
ミシェル・フェレールという少女は元々引っ込み思案な性格であったと言う。
「兄さんの背中にいつも隠れていたわ。今の私からは想像できない?」
ミシェルの言葉を聞き、少し思い出す。
「そういえば今日もソファーの後ろに隠れてた」
「そ、それは仕方ないじゃない……! さっきもいったけどアリスちゃんは超超超有名人なんだよ!」
人見知りであるという主張を聞いた時、最初は疑いの目を向けてしまったが。
なるほど。
「で、そんな引っ込み思案だったミシェルちゃんは何がきっかけで自分を変えようと思ったの?」
人見知りとはいうが、先程も一人でわざわざ俺を探して会いに来てくれたのだ。
兄の後ろに隠れていたのは過去形。
今のミシェルは苦手なりに、そんな自分を変えようと日々努力していることが伺えた。
「それはね、私の夢が兄さんと一緒に父の仕事を継ぐことだったからよ!」
「……なるほどね」
自覚があってか、無自覚か。
(ここも過去形……)
兄さんと一緒に父の仕事を継ぐことだったと過去の夢。
それは今はまた違う夢を抱いているか、叶わなくなった夢ということか。
正解は後者であろう。
それには気付かないふりをした。
さて、ミシェルの父ジルダの仕事――商人を継ぐのであれば、人見知りでは話にならないだろう。
先程話した際の巧みな話術を思い出す。
「ジルダさんのこと、尊敬してるんだね」
「ええ、そうよ。尊敬してるわ。……最近はちょっとお腹がぶよぶよなのが気になるけど」
ジルダのたぷんたぷんと揺れていたお腹を思い出す。
「それにね、聞いて! 今度というか、明日から私初めて国外に出るの!」
「ジルダさんと旅行ってこと?」
「うんうん。旅行というよりは、父の仕事に同行が許されたの」
「商人の?」
ミシェルは嬉しそうに語る。
「そう。お隣のマキナ共和国まで商品を運ぶお仕事に同行するの。
父は腰痛がひどくて馬車には乗れないって理由で来てくれない」
ジルダが居ないことには不満そうであった。
「えっ……、ミシェルちゃん一人?」
「そんなわけないじゃない。父のとこで一番優秀な方が一緒よ。
お仕事に私は付いて、見るだけ。
それにね――」
何だか得意気にミシェルは一度言葉を切ると、得意げに続きを披露した。
「なんと、あの勇者様一行の一人が同行してくれるらしいの!」
「…………わぁ、スゴイ!」
マキナ共和国と行先も出発日も一緒であったので予想はできたが。
「勇者様のお連れの一人、どんなかたなんだろう。アリスちゃんは知ってる?」
「いやあ、よくシラナイカナ」
ミシェルは目をきらきら輝かせていた。
あまりにも身近すぎて忘れがちだが、ラフィもこの国の英雄の一人である。
しかし、今の会話で確信した。
(ラフィはやっぱり連れが俺であることは言っていない)
言っていたらミシェルちゃんにも伝わってるはずだ。
俺が王都を出るという情報は良くも悪くも騒ぎを引き起こすといった判断か。
「あ、私もその旅に同行するんだ~」とここで俺が言ってしまってはラフィの企みがご破算になってしまう。
しかし、ミシェルと面と向かい話し込んでしまった。
明日顔合わせをした際に即座にバレそうである。
俺の容姿、特に特徴的である黒髪はこの国では目立つ。
(……ラフィに相談しよう)
考えるのをやめた。
「そっかー。剣聖様であるアリスちゃんなら会ったことがあるかもと思ったけど」
俺は複雑な表情を浮かべながら、パクパクと無言で皿の料理を平らげた。
「それはそうと、ミシェルちゃんは会場に戻らなくて大丈夫なの?」
少し話題を変え、ミシェルを会場に戻るよう促してみることにした。
俺も招待してもらったジルダには悪いが会場を出て、今の件も含めラフィに相談したほうがよさそうと判断したためだ。
(今の一皿でそれなりにお腹も満足したしな)
だが、そんな俺の甘い企みは失敗する。
「戻るならアリスちゃんも一緒に行きましょう。ほら、お皿も空いてるじゃない」
「いや、私は……」
「こっそり行かなくても大丈夫よ。さぁ、行きましょう!」
「もうお腹が……」
「私がオススメの料理を教えてあげるわ! 何? 貴族様に話しかけられるのを心配してるの?
大丈夫、私に任せて!」
俺の声が届いているのか。
ミシェルにしっかりと腕を掴まれ、ずんずんと会場に連行されていく。
結局俺は強引にその腕を振り解くことはできなかった。
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