第十四話「一日目の終わり」

 隊商は予定通りの行程を終え、一日目の到達予定地へと日が沈む前に到着した。

 冒険者も各々で野営の準備に取り掛かる。

 準備を終え、甘味同盟のメンバー五人は焚火を囲んで座っていた。


「かー、働いた後の一杯は最高だな!」


 手にもった木製のジョッキをベルンハルトは一気に飲み干す。

 中身は酒ではなく、果実で香りづけされた、ただの水なのだが……。

 ベルンハルトに朝方、顔合わせの時のような落ち着いた様子は見られない。

 若干ガサツ。

 それが本来の甘味同盟リーダ、ベルンハルトという男だ。

 メンバーはそんなリーダの姿を苦笑交じりで見ていた。

 

「護衛の間、食料も水も商会が提供してくれて、至れり尽くせり。

 あとは行き先が中央方面だったら文句なしだったな」

 

 ベルンハルトは愚痴をこぼす。

 中央方面とは主にイルミダス教皇国へと至る道を指す。

 大陸最大の国家ということもあり、人の往来も盛んであり、中央に続く道の途中には多くの宿駅が存在する。

 そのため中央方面へと向かう護衛依頼では野営をする機会も少なく、夜は宿駅の酒場で酒を飲み、ベッドの上で寝ることができた。

 とはいえ、今回引き受けた護衛依頼は自分達で食料を持参する必要もなければ、馬まで貸してくれ、おまけに報酬もよい。

 こんな好待遇の護衛依頼はめったにお目にかかれない。

 愚痴をこぼしはしたが、本気で不満を抱いているわけではない。

 野宿することと護衛の間に酒が飲めないことくらいは些細な問題であった。


「しかし、フロストの旦那には感謝だな」


 ベルンハルトの言葉に、女性組三人もうんうんと頷く。

 フロストと呼ばれた男は若干照れ、頬をかく。


「いえいえ。元々フェレール商会とは少し縁がありましてね」


 フロストは甘味同盟での最年長。

 他の面々が十代から二十代にあるのに対し、一人だけ四十代と年齢が離れる。

 今は神官のゆったりとした服を着ているが、実はその下、恵まれた体格に加えて、鍛え抜かれた身体が隠されていたりする。

 治癒術師という職でありながら、背中に戦斧を背負っていれば戦士と言われれば疑うものはいないだろう。

 ただし甘味同盟というチーム名の由来通り、フロストも大の甘味好きだったりする。


「まぁ、うちらのチームはフロストさんのお陰で成り立っているようなもんだしね」


 左右に髪を結ったお団子頭の女性、名はサーシャ。

 焚火で焼いていた干し肉を取ると、隣に座るサーシャと全く同じ髪型同じ顔立ちをした女性に渡しながら言う。

 干し肉を受け取った女性の名はミーシャ。

 サーシャとミーシャは双子の姉妹だ。


「フロスト様様」

「あれ、俺は? 前衛でめっちゃがんばってるよ?」

「護衛依頼だとあんまり活躍してないよね」

「チョコの方ががんばってるよね、エリーヌ」


 ミーシャにエリーヌと呼ばれた少女、甘味同盟の最年少。

 肩にはチョコと名付けられたシャドーホークが肩にとまっていた。

 護衛中、チョコは空から周囲を監視し、異常を察するとすぐにエリーヌに知らせる優秀な子だ。

 護衛依頼では欠かすことができない存在である。


「うん。チョコはすごくがんばってる」


 ミーシャに話を振られたエリーヌは困った顔をしながらも答えた。


「旦那! 女性陣が冷たい!」

「確かにハルトは遠見のスキルも持っていませんし、今回の任務ではお荷物かもしれませんね」

「旦那まで、それはないって! くそお、こうなったらやけ食いだ」


 ベルンハルトも目の前の自分の肉を手に取り、もしゃもしゃと食べ始めた。


「まぁ、でも今回の任務に限らず旦那には感謝しても感謝しきれないよな」

「本当にねー」

「フロストさんあってこその甘味同盟」


 甘味同盟はAランクチームではあるが、単独でAランクに認定されているのはフロストのみ。

 他は未だBランクであった。

 フロストが居なければ、今話題の王都迷宮に潜ることもできなければ、受けれる依頼の種類も限られていたことだろう。


「でも今回の依頼、あれだな。圧倒的女性の多さよ。

 旦那、あとであっち行ってみようぜ」


 ベルンハルトが指さす方向。

 甘味同盟と同じように焚火を囲んでいる集団が見える。

 華月騎士団だ。

 メンバー八名、全員が女性である。

 フロストは言葉は発せず、ただ苦笑する。


「ハルト……」

「護衛の間に、他のチームとのもめごとはやめてよ」


 サーシャとミーシャはジト目でベルンハルトを見る。


「これはあれだよ、チーム同士の交流だ、交流!」

「はぁ……、どうせ相手にされないわよ。

 でも今回は本当に女性ばっかりね」


 サーシャは少し見回しながら言う。


「これは私の推測ですが、今回はフェレール会長の御令嬢も同行するとのことで意図的に女性冒険者の多いチームに声を掛けたのでしょう」

「確かに大切な娘さんを知らない野郎たちと何日も同じ旅ってのはな」

「なら私達はこの危険因子を早く処分したほうがいいかも?」

「サーシャ姉、賛成」

「はっ。流石にガキンチョに興味はねえよ。俺はもっと胸がこうボンってなってる女性がな」

「うわぁ……」

「最低……」


 汚物を見るような目で双子はベルンハルトを見た。

 慣れていることなのでベルンハルトは気にすることなく言葉を続ける。


「でも、旦那。今回集められた冒険者、護衛依頼にしてはガチガチすぎねえか?」

  

 華月騎士団はAランクチームであり、加えて、引き受けた依頼で未だかつて被害を出したことがないと云われている護衛依頼をメインに活動している有名なチームだ。 

 正直、今回の護衛依頼であれば華月騎士団だけでも事足りるだろう。


「確かにハルトの言う通り、豪華な面々ですね。

 レーレと呼ばれた冒険者の名は聞いたことがないですが、今回の依頼に声を掛けたということは相当な腕の持ち主でしょう。

 それに加えてさらに」


 フロストは言葉をきり、チラリと後方を伺う。

 その方向を甘味同盟の面々も目をやる。

 焚火を前に二人の少女が並んで座っているのが見えた。

 片方はラフィと呼ばれる少女。

 王都を、いや世界を救ったと言っても過言ではない勇者一行の一人。

 吟遊詩人にも謳わられる人物だ。


「フロストさん、彼女もフェレール会長の知り合いなの?」


 サーシャは何故か小声で尋ねる。


「恐らくは」

「英雄様の一人と知り合いってすげえな。

 あの連れの子もなんかすごいやつなのか?」

「弟子か何かかしら?」

「でも、職はエリーヌと同じ調教師って言ってたわよ?」

「使役しているのは見たことがない魔物だが、エリーヌわかるか?」

「うーん、ちょっと分からない。

 でもチョコがあの子のことを凄く警戒してる」

「へー、あのちっこい子も何だか凄そうだな」


 行程もほとんどが王国領土内、それも治安のいい道だ。

 魔物が出てきても十分に、それ以上に対応できるだけの人数がいる。


「こりゃ今回の依頼は楽勝そうだな」


 静かに一日目の夜が更けていった。

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