第十五話「膝枕?」

 王都を出て三日。

 隊商は順調に行程を消化している。

 最初こそ徐々に変わっていく知らない景色に心を躍らせたものだが、荷馬車に揺られて三日も経つと新鮮味はすでに薄れていた。


「ああ、暇だ」


 三日も経つと変わりゆく景色も日常となり、ずっと外を眺めていることもなくなった。

 俺はなるべく疲れない姿勢で座り、同じ位置から動か無くなっていた。

 荷馬車の壁に背中を預け、天を仰ぐ。

 空は見えず。

 見えるのは見飽きてきた荷馬車の屋根布。

 正面では同じように壁に身体を預け、本を読んでいるラフィの姿がある。

 俺も何冊か収納ボックスに本を仕舞っており、時間を潰すために本を読むことを試みたが、荷馬車の揺れの中の読書は俺には困難であった。

 文字が揺れ、しばらく集中していると気持ちが悪くなる。

 俺は早々に諦めた。

 因みにクッション役の青は俺の横で丸まり、今はお昼寝中だ。


(ラフィは何を読んでるんだろう?)


 手持ち無沙汰であった俺はラフィの読んでいる本が気になりはじめる。

 荷馬車の音に時折、ラフィが本のページを捲る音が響く。

 読書中のラフィは非常に集中していた。

 話しかけても気付くことはないだろう。

 俺は立ち上がり、青を踏まないように気を付けながらラフィの隣へと移動する。

 ススっと身体をよせ、ラフィの邪魔にならないように本を覗き見る。

 ラフィの手元にはびっしりと書かれた文字。

 知らない文字であった。


(ラフィのことだし、何かの魔術書かな? 

 本に触れれば内容は理解できるかもしれないけど……)


 そんなことを考えているとき。

 ちょうど荷馬車が少し大きな石を踏んだようで、荷馬車内が大きく揺れる。

 その拍子に俺の顔をラフィの膝に預ける形になってしまった。

 ラフィと目が合う。

 

「ご、ごめん。何を読んでるのか気になって覗き込んでたら……」


 とにかく謝罪。

俺が元男であることを知っているラフィからすれば、不可抗力とはいえセクハラともいえる行為に違いない。

 怒り、叱責の一つや二つ飛んでくるものと予想したが、そういった類の言葉は一切飛んでこなかった。

 ラフィは暫し硬直。

 目を一度二度瞬いた後に、自身を落ち着かせるように一度深呼吸を行うとようやく口を開く。


「そう」


 短い言葉。

 どうやら怒ってはいないようだ。

 少しほっとする。

 しかし、いつまでも頭をのっけておくわけにもいかないので慌てて膝からどく。


「あれ?」


 身体を起こし、俺はあることに気付き、ラフィの顔を再び至近距離から観察する。


「な、なに」

「なんだか顔が赤い気がして。

熱とかない? ちょっとごめん」

「……!」


 俺はそのままコツンとラフィのおでこに自身の額をくっつける。


「若干あつい?」

「気のせい」


 ラフィと目が合うと、気のせいではなく、さらにラフィの体温が上がったように感じる。

 頬も先程より紅潮しているように見えた。


(うーん、やっぱり気のせいではないような)


 近かったのでおでこをくっつけて熱を測ろうと試みたが、正直あんまり正確な温度がわからない。

 一度顔を放し、改めて手をおでこにあて、熱を測ろうとしたが、放した瞬間ぱっとラフィに少し距離をとられてしまう。


「ナオキ、ち、ちかい」


 ジト目でラフィに睨まれてしまった。

 あまり深く考えていなかったが、行動を思い返すと確かに距離が近すぎた。

 思い返すと若干気恥ずかしさを覚える。

 何にせよ今の行動はよろしくなかった。


「わ、わるい。どうもこの身体になって距離の取り方が……」

「女性みんなにそんな接し方をしてるの?」


 さらに睨まれた。

 違うと否定したかったが、何だか言葉をつくろえばつくろうほどラフィに睨まれそうだ。

 俺は慌てて話題を変える。


「それよりも、その本。何が書かれてるの? 

 何か全然見たことがない文字が見えたけど」


 もちろん聡いラフィには俺が慌てて話題を変えたことなど百も承知だろう。

 俺の質問に少し何か言いたげにしていたが、一度溜息をつくと、本の解説を始める。


「……これは昔滅んだ国で書かれた魔術書」

「へー。何でまたそんなものを?」

「この国は魔法陣の研究が盛んだったと言われている」

「魔法陣ってことは……、先日のあれか」

「そう。アレクに頼まれて少し調べてる」

「何かわかったの?」


 俺の言葉をラフィは首をふるふると横に振り否定する。

「断片的なことはわかるけど、根幹が何もわからない。

 取り敢えず参考になりそうなものを手あたり次第読んでる」

「本、見せてもらってもいい?」

「うん」


 ラフィから本が受け取る。

 本に触れた瞬間、何かスキルが習得されるといったことはなかったが、パラパラと捲ってみると知らない言語で書かれてはいたが、不思議と内容を理解することができた。

 書かれている内容、その中でも目を惹いたのは”死者の魂の召喚”といったものを代表にやや傾倒した記述。

 少し集中して目を通したが。


「うっ、きつい……」


 揺れの中で読むのはやはり俺には厳しく、数ページでギブアップ。

 本から顔を上げた。


「ラフィ、ありがとう」


 礼を言い、本を返す。

 

「これ参考になるの?」


 俺は純粋な疑問をぶつける。

 少し魔術を齧った程度の知識しかない俺から見ても、ラフィが読んでいる魔術書に記載されている内容はどこか現実味に欠けているように思えた。


「微妙」

「微妙なんだ。どうしてまたこれを?」

「この前の魔法陣に描かれていた文字憶えてる?」

「……いや全然」


 少し頑張って記憶をたどってみるが、漠然とした形しか思い出せない。

 記憶力に期待されても困る。

 理解できないものの記憶って難しいしね。


「だと思った」


 俺の答えは予想通りであったようだ。

 ラフィは鞄から一枚の紙を取り出す。


「これは?」

「例の描かれた魔法陣を模写した」

「すごいな」


 図書館に所蔵されていた古ぼったい紙ではなく、真新しい紙に描かれた魔法陣。  

 つまり、これはラフィが記憶だけを頼りに正確に模写したものということだ。

 改めてラフィの能力に驚嘆する。

 そして模写した紙と、本を比較して言わんとすることが分かった。


「こうして見ると文字が似てる?」

「そう。だから直接の答えは書かれてはいなくても、何かヒントを得れると思って」

「なるほどなー。ラフィが死者の魂の召喚とかに興味を持ってたわけじゃないんだな」

「ナオキは私のことをどういうふうに思ってるの?」

「ありとあらゆる知識に貪欲なんでしょう?」

「……そうだけど」

「でも、ここに描いてある魔法陣の信憑性はあれだな……。

 興味本位なんだけど、こういった資料の魔法陣が正しいかどうかって、どうやって確かめるの?」

「簡単。実際に試してみる」

「ためしてみる……ね」


 因みに先程の一人の死者の魂の召喚には百人の生者の生き血が対価として必要としれっと記載されていた。

 俺はどこかうすら寒さを感じた。

 

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