第十六話「遺産」
「その魔術書さ、禁書指定とかだったりしないの? どう考えても書かれていることが物騒だろう」
王立学校の図書館最上階、閲覧を制限された本が多く所蔵されていた。
例として、多くの人を生贄に行う召喚魔術といったものが該当する。
ラフィが手にしている本は禁書に分類される内容に思えてならない。
俺の懸念に対してラフィは短く答える。
「大丈夫」
「大丈夫なの?」
「ナオキ、さっきこの本を読んだ時に、ここに書かれている内容が実現できると思った?」
「思わなかった」
即答する。
「その認識で正しい。
魔法陣を扱える者なら、この本に書かれた内容を鵜呑みにする愚か者はいない。
それにこの本は奇書として有名で、魔術研究者の間ではよく話のネタに使わる」
(現代風にいうならばオカルト書ということか。
魔術が実現する世界でオカルトっていうのも変か?)
取り敢えず、俺はラフィの説明に納得する。
「そんな本もあるんだな。
魔法陣の研究が盛んだった国とかいう前置きがあったら、俺が理解できないだけで、てっきり実現可能なものかと思ったよ」
「私もここに書かれている内容が全部実現不可能とは思っていない」
ラフィの答えは先程の言葉と矛盾しているように思え、俺は首を傾げる。
「少し補足すると、この魔術書だけは異端中の異端。
内容は破綻してて奇書として知られているけど、この国――ヴェルダ国によって残された魔術書のほとんどは今の魔法陣の基礎となっているものばかり。
国としては滅んでも、その遺産、ヴェルダ国の魔法陣は各地に残ってる。
ナオキにも身近な魔法陣、それもヴェルダ国が設置したもの」
「俺にも身近なもの?」
ラフィの言葉を反復し、首をひねる。
そもそも身近な魔法陣に心当たりがない。
だが、次の言葉を聞き「あぁ」と納得する。
「転移陣」
「それは身近というのか……」
俺が先日破壊したばかり。
名前を聞くと若干の罪悪感を抱いてしまう。
「ってそんな遺産を俺は破壊したのかよ!
え、やっぱりまずくない?
これって俺国外逃亡を図っていると思われるんじゃ……」
ラフィの話を聞いて血の気が失せる。
王国に対して「何かやばそうな術が発動しそうだったから壊しちゃった御免ね」といった謝罪を俺は何もしていない。
現代で例えるなら、復旧不可能な空港を破壊したようなものではないだろうか。
破壊した犯人である俺は特に説明することもなく、今まさに他国へと向かっている。
一応、王国の騎士団団長は事情をしっかり把握しているはずではあるが。
「大丈夫。
アレクがうまく対応してくれてるはずだし、ナオキに責任の追及がいくことはないと思う。
それに前も言ったけど転移陣は研究されつくしている魔法陣。復旧は可能」
「そうなのか」
俺はほっと胸を撫でおろすが、ぼそっとラフィは呟く。
「復旧できる人間は王都にいないだろうけど……」
「駄目じゃん! ああ、アレク頼むぞ」
友人の姿を思い出しながらうまく立ち回ってくれることを祈る。
何だかんだ王都の街は気に入っているので出禁にはなりたくないものだ。
「ああ、でもそうか。
やっとラフィがこの奇書に目を付けた理由が分かった。
あの謎めいた魔法陣は発動こそしなかったが転移陣に流れる魔力を流用していたのは間違いない。
ヴェルダ国だっけ?
その国が設置した魔法陣とも何か関連性がありそうと思ったんだな」
「そういうこと」
ようやく俺はラフィがどうしてこんな奇書と称される魔術書を読んでいたのか納得がいった。
ここで俺は一度溜息をつく。
「しっかし次から次へと。
召喚されてから、というよりもこの身体になってからわけのわからん事件に巻き込まれている回数が増えている気がする……」
少女の姿になってからまだ数か月しか経っていないにもかかわらず、不死の王を倒すときよりも濃密な日々を過ごしている気がする。
「ナオキは色々と首を突っ込みすぎ」
「別にすき好んで突っ込んでいるわけじゃないんだがな……」
口を尖らせながら反論する。
「今回の旅は目立っちゃ駄目よ?」
「そうするよ。でもラフィよかったの?」
「何が?」
「アレクが王都で頑張ってくれいてるのはわかったけど今回の旅にアレクは誘わなくてよかったのかなーって」
「……どういうこと?」
王都迷宮で出会ったときもラフィとアレクは一緒に潜入しており、加えて普段から二人で行動しているときが多いように思えた。
「いや、だってラフィいっつもアレクと行動しているように思ったから――」
「違う」
が、ラフィは目を三角にして強く否定する。
「でも――」
「違う」
「……さいですか」
俺はこれ以上この話題には触れないほうがいいと判断した。
少し沈黙が続く。
荷馬車の揺れる音だけが響く。
「ナオキ」
「ん」
沈黙を先に破ったのはラフィ。
「ナオキは私との二人旅は嫌だった……?」
不安げな問いに対し、俺は問い返す。
「何で?」
「アレクとか、それこそヴィヴィとかが一緒の方がよかったのかなって」
別に野郎との旅というのには魅力を感じない。
もう一人の、この姿になってから一度も会っていない仲間のことを少し思い出しながらも、俺は率直な答えを口にする。
「皆で旅をしてみるってのも楽しそうではあるけど、俺は今回の旅、ラフィが誘ってくれてすげえ嬉しかったし、すげえ楽しみだったよ。
そういえば礼を言ってなかったな。
ラフィ、旅に誘ってくれてありがとうな」
ラフィの方に笑いかけながら俺は言う。
「うん」
少し気まずい空気が流れてしまったが、俺の答えは正解だったようだ。
普段と変わらな表情にも見えるが、ラフィはどこか嬉しそうに見えた。
「でもヴィヴィは元気にやってるんだろうか?」
「……やっぱりヴィヴィとの旅のほうがいいんだ」
独り言のような呟きを聞いたラフィは、少し尖った耳があからさまにシュンと垂れる。
俺は慌ててフォローする。
「いやいや、あいつにだけはこの姿になってから会ってないから気になっただけで……」
「ナオキ、たまに盗み見るようにヴィヴィの胸を見ていたものね。
やっぱり大きいほうが好きなの?」
「何の話だよ!」
そんなやりとりをしていると。
身体を揺らす不定期な振動が止む。
荷馬車が停まった。
まだ、今日の行程を終えるには早すぎる。
何だろうと思い、俺は荷馬車の外に顔を覗かせ、近くで馬に乗り護衛の任についている冒険者の一人に話しかける。
「何かあったんですか」
俺の問いに、冒険者は簡潔な答えを口にした。
「魔物だ」
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