第十七話「会敵」

(何を話してるんだろう?)

 

 調教師兼弓という職であるエリーヌは馬上から、時折前方を行く荷馬車の中を見ていた。

 見ているのは王国を救った英雄の一人ラフィの姿、そしてもう一人の姿が見える。

 エリーヌと同じ調教師であると紹介された少女だ。

 白い肌に対して、目を惹く長い黒髪に黒い瞳。

 小柄な身体も相まって、顔合わせの際に見たときは「お人形さんみたい」と思わずにはいられなかった。

 多くの冒険者と合同で行う依頼というものは少ないため、今回のような依頼は情報交換にはうってつけの場でもあり、現に昨日は今回の依頼に参加している冒険者と同じ焚火を囲った。

 しかし、謎多き英雄との二人組は、野営の際も他の冒険者と少し離れた場所に陣取る。

 商会の者とは会話を交わしている姿を目撃されているが、顔合わせ以降、二人組のどちらかとも会話を交わした冒険者は未だゼロ。

 隊商の中で最大の戦力は英雄の一人ラフィであることは間違いないが、今回の旅ではあくまでも客人。

 無理矢理、冒険者の焚火の輪に誘う訳にもいかない。

 そのため、ラフィと少女の関係も未だに謎のままであった。

 昨日の冒険者の会話の中でも、二人の関係を予想する会話が繰り広げられていた。

 根拠など無視して会話の中では種族は違えど「姉妹」といった予想が多く、エリーヌも二人の関係を表すなら「姉妹」と言う言葉がしっくりくると感じた。

 会話は聞こえないが、荷馬車の中では今も二人並び、仲良さそうに話をしている姿が見える。

 それ以外には、無難に「弟子」といった声も多く上がっていた。

 中には、少女はラフィの娘説や、華月騎士団の面々は恋人説を強く主張していたりした。

 本人たちに尋ねてみない限り、本当の関係は謎のままであるが。


(名前も知らないし)


 奥には少女が使役する魔物の姿も見えた。

 相棒のチョコは非常に警戒していたが、見た目愛くるしく、何よりも身体を覆う羽毛はとてもやわらかそうで、機会があればエリーヌも触らせて欲しいと思っていたりする。

 それを抜きにしても珍しい同じ職の少女。

 エリーヌは機会をうかがい、少女と話をしてみたいと思っていた。

 会話の糸口として「同じ調教師としてお話しましょう!」とでも言えればいいのだが性格が内気なエリーヌとって、それは非常に難易度が高く、未だに実行できずにいる。

 馬上で大きなため息を漏らす。


(私もサーシャとミーシャみたいにふるまえればいいのに……)


 甘味同盟の陽気な双子の姿を思い浮かべる。

 その時であった。


(!!)


 エリーヌはパッと顔を上げ、空を見上げる。

 言葉には言い表しにくい独自の感覚。

 相棒であるチョコから伝わってきた”警鐘”。


(『視覚共有』)


 スキルを発動したエリーヌの視界は即座に切り替わる。

 上空。

 隊商を上から見下ろす形。

 チョコが見ている視界。

 その奥。

 隊商の進行方向の先に魔物を捉えた。

 数は四。

 燃えるような赤毛が特徴的なクリムゾンボアと呼ばれる種類の魔物だ。


「ハイッ!」


 エリーヌは掛け声と共に馬を前に走らせる。

 最前列にいる甘味同盟リーダ、ベルンハルトの元に情報を伝える。


「ハルト、南方。距離は1500、クリムゾンボア、数は4」

「了解」


 報告を聞いたベルンハルトは停止のジェスチャー。

 先頭の荷馬車が停止するのにあわせ、隊商の荷馬車は歩みを止める。


「どうする?」


 ベルンハルトと同じく先頭を歩いており、隣で聞いていた華月騎士団のリーダであるクララが問いかける。


「エリーヌ、どんな様子だ」

「私達を目指してるわけではなさそう。

ただ、この先の丘を越えれば向こうはこちらに気付く」


前方、なだらかに続く道の先を見る。


「距離300というところか。

 私達のメンバーで弓術師は一人。

 魔術の有効射程までには少し距離があるな。

 どうだ?」


 クリムゾンボアは突進力こそ脅威ではあるが、遠距離から対処できれば怖い相手ではない。

 華月騎士団の構成は魔物を相手にするというよりは、やや野盗相手を想定した構成。

 遠距離役は弓術士一人だ。

 魔術師を二枚揃えているので、多少接近されても問題ないからではあるが。

 甘味同盟にとっては、


「我々の弓術師は優秀だ。迎え撃つのは容易でしょう」


 甘味同盟の面々にとっては歯痒く感じる話し方でベルンハルトは応じた。

 そう、甘味同盟の主力である双子の弓の腕前をもってすればクリムゾンボアなど敵ではない。

 そして甘味同盟の護衛は敵がこちらを発見するより早く発見し、対応するのが基本方針だ。


「ならば、接近される前に数を減らそう。ステラできるか?」

「はい、お任せください」


 ステラと呼ばれた華月騎士団の弓術士は答える。

 隊商が停止したので、事態を把握するため他の冒険者も周囲に集まってきていた。

 クララの目が甘味同盟の双子の姉妹を鋭く捉え、ふっと顔が和らぎ、次の言葉を口にする。


「では甘味同盟に二体をお願いしよう」

「任せて!」

「はい!」

「ベルンハルト殿、我々のメンバーで遠距離の攻撃ができるのはステラのみだ。

 すまないが頼む。

 レーレ殿には隊商前で万が我々が突破された時の守りをお願いする」

「わかりました」

「向こうから来てくれた贈り物だ。

 丁重におもてなしをしてやろうではないか」



 ◇


 

 前衛であるベルンハルトとクララが最前列に立つ。

 その後ろに弓術師である四人が展開していた。


「エリーヌまだ?」


 弓を構えた状態、どこか抜けたような声でミーシャが問いかける。

 エリーヌは『視界共有』で必死に監視を続けており、返事をする余裕はない。

 そして――


「見えます!」


 丘を越えたタイミングで合図する。

 すなわち弓術師の目がクリムゾンボアを捉えたタイミング。


「きたきたきた!」


 嬉しそうに、サーシャがすかさず矢を放つ。

『ラピットファイヤ』

 矢の速射スキル。

 ただ距離があるため多くの矢は何もない場所に突き刺さる。

 しかし、数は正義。

 いくつかの矢は見事に命中。


「Aaaaaaaaaaaaa!」


 矢が突き刺さった一体が怒りの咆哮を上げる。

 速度を上げ、こちらに向かって一目散に突進してくる。


「ミーシャ!」

「ばっちし」


 パシュっと乾いた音が一度だけ響く。

『イーグルアロー』

 真っ直ぐに射られた矢は、減速することなく先頭を走っていたクリムゾンボアの目を的確に穿った。

 脳天まで達し絶命する。

 双子の絶妙なコンビネーションで開幕早々一体を減らす。


「次!」


(やっぱりすごいな……私もがんばらなきゃ!)


 双子の戦果に関心しながら、エリーヌも弓を引き絞る。

 実は弓術士の基礎中の基礎と呼ばれる『遠見』というスキルをエリーヌは扱えない。

 肉眼では豆粒のように見える敵。

 これでは上手く的を絞れない。

 しかし、調教師という職を活かすことで弓術士としての地位もなんとか確立していた。


(『視界共有』)


 チョコの視界を頼りに、弓術スキルを発動する。

『イーグルアロー』

 ミーシャから教わり、エリーヌが扱える唯一の弓術スキル。

 一撃で仕留める、といったことはできなかったが見事クリムゾンボアの胴体に突き刺さった。

 ちゃんと命中したことにほっと胸を撫でおろす。


「エリーヌナイス! サーシャ姉」

「任せて!」


 弓術士としてはまだまだ新米と変わらない腕前。


(私は今の私ができる役目をこなせばいい)


 仕留めるのは二人に任せればいい。

 エリーヌの役目は牽制。

 次の矢を手に掴む。

 ほどなくして、魔物との戦闘は、被害もなく終了した。

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