第十八話「内緒話」

 夜。

 魔物との戦闘があったもの、隊商は本日も予定通りの行程を無事終えた。

 昨日と比べ、今日は隊商全体がにわかに活気だっている。

 その原因は野営場所の端。

 いつもは冒険者と商会で別れて座っている焚火だが、今日は大所帯だ。

 焚火からぱちぱちと火の粉がはじけ、同時に香ばしい香りが辺りを包みこんでいた。

 その発生源は肉塊。

 クリムゾンボアの成れの果てだ。

 火に炙られ、油を垂らしながら食欲をそそる臭いをまき散らす。


「おお……」


 俺は豪快に焼かれる肉を目に涎を垂らしながら、焼きあがるのを待つ。

 干し肉も三日続き、さすがに飽きてきていたところだ。


(しょっぱいんだよな……)


 そして、飛び込んできた新鮮な食材。

 今夜は御馳走。

 ありがたい。

 魔物との戦闘時に、また厄介ごとかと身構えはしたものの、ラフィに「大丈夫。大人しくしてて」と釘を刺された。

 ラフィの言った通り、戦闘は冒険者たちが一方的に蹂躙して終わる。

 聞くところによると、護衛依頼の最中に討伐した魔物の素材といったものは、冒険者にとってちょっとした追加報酬みたいなものであるようだ。

 討伐した魔物の素材で一番ネックとなるのが素材の輸送であるが、多少の量であれば荷馬車に載せることが可能。

 また護衛を依頼した側も素材を買い取る交渉を最優先でできるため、商人にとってもメリットは大きい。

 要するに、よっぽど強力な魔物や群れをなした魔物にでも出会わない限り、道中魔物との遭遇はおいしい出来事ということになる。

 今回遭遇したクリムゾンボアの毛皮は防具としての価値は低いが、燃えるような鮮やかな赤が特徴的であり、服飾や調度品の素材としての人気は高く、なかなかなお値段で取引されており、冒険者にとっては美味しい追加報酬となったみたいだ。

 戦闘終了後、テオが即座に冒険者と交渉し、全て買い取っていた。

 双方にとってよい取引となったようだ。

 そういった事もあり、今日は自然と冒険者、商会の垣根なく皆で雑談をしながら夕食の準備にとりかかっている。

 皆、野営に慣れておりテキパキとそれぞれの役割をこなしている。

 一方の俺は、


「暇だ」


 腕に青を抱きながら、丸太椅子に座っていた。

 香ばしい香りを放つ肉の周囲では焼き加減を確認しながら冒険者と商人が会話しているのが目に入る。

 時折笑い声が上がり、非常に良い関係が築けていそうだ。

 ラフィも今日は冒険者に囲まれており、俺は一人取り残された状態。

 手持ち無沙汰。

 しかし、ただ座っているだけと言うのは非常に心苦しい。


(働かざる者食うべからずっていうしな)


 何か手伝おう。

 少し離れた所に目をやれば、別の一団が肉の解体作業中。

 さすがに一日でクリムゾンボア四体の肉を消費することは不可能なので、切り分け塩漬けにするみたいだ。

 決してなれた作業ではないものの、解体であれば最低限の仕事はこなせる。


「よっと」


 丸太椅子を離れ、俺は解体作業に勤しんでいる集団に近づこうとした時。


「うん?」


 ちょいちょいと荷馬車の影から俺を手招きするミシェルの姿が目に入った。

 なんだろう、と首を傾げながら、荷馬車の裏へと回る。

 屈みこんでいたミシェルにあわせ、俺もしゃがみこみ目線を合わせると問いかけた。


「どうしたの?」


 ミシェルは後方に誰もいないことを確認すると、右手を口にあて小声で言う。


「アリスちゃんにお願いがあるの」

「私に?」


 コクコクとミシェルは頷き、どこから出したのか、一枚の紙を取り出す。

 地図だ。


「今、私達がいるのがここ」


 紙面の上をミシェルが指さし、


「で、ここ」


 続けて少し西にずれた場所を指さす。


「ラルフロイの泉?」


 俺は指し示した場所に書かれていた文字を読み上げる。

 ラルフロイの泉という地名に心当たりはない。

 先程ミシェルは俺に「お願いしたいことがある」と言ってきた。

 故にミシェルが何を意図しているのか、俺は尋ねる。


「この場所がどうかしたの?」

「この泉に、私を連れて行ってくれないかな……?」

「テオさんには頼んでみたの?」


 即答は避ける。

 何故俺に頼んできたのか。

 そもそも、行きたいのであれば今回ミシェルの保護者役でもあるテオに頼むのが自然であろう。

 俺の質問にミシェルは少し言いよどみながらも答える。


「今回は商人の見習いとして同行してるから、私の我儘をテオには頼めない。

 それにアリスちゃんならこの前のパーティで使っていた不思議な技で、こっそり抜け出せないかなって。……駄目?」


 上目遣いでミシェルは俺に頼んでくる。


(どうしたものか……)


 大人の対応をするのであれば断るべきだ。

 ミシェルが行きたいという泉まで近いとはいえ、多少の距離はある。

 しかも夜道。

 今日も魔物と遭遇したように、決して安全が保障されている道のりではなかろう。

 そして、こうしてこっそりと俺に頼んできたということは、ミシェルも道中危険があることは承知の上。

 自身の我儘であることも理解していた。

 もう一度ミシェルの顔を見た。

 俺の返事を固唾をのんで見守っている。


(ここは俺が願いを叶えてやるか)


「いいよ」


 俺が了承の返事をするとミシェルは目を輝かせた。


「本当に!? ありがとうアリスちゃん!」


 そのまま俺はミシェルに抱き着かれる。

 腕に抱いていた青は同時に潰され、「ぐべえ」と声にならない悲鳴を上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る