第四十四話「接敵」
私はナオキのお願いに即答した。
好きな人が私を頼ってくれたのだ。
当然であろう。
それに、単純に嬉しかった。
顔がにやけそうになるのを必死に堪える。
ナオキから魔術を教えてくれと、頼まれたことはあったが、戦闘において、「助けてくれ」といった類の言葉を貰ったことは今まで一度もなかった。
仕方ないとは思う。
だって、ナオキの強さは異常だ。
身体能力に加えて、底の知れない魔力。
私が見せた魔術もすぐに習得する。
英雄の一人に私も数えられてはいるが、戦闘において、私の力が必要な場面なんてなかった。
多分、いや、確実にナオキが一人でも不死の王を倒せたことだろう。
そんなナオキが私を頼ってくれた。
平静な顔をなんとか取り繕ってはいるが、ドクンドクンと大きく鳴る心臓の音も止まない。
ナオキにまで聞こえていないだろうか。
チラリと上を見ると近くにナオキの顔がある。
私は自身よりも背の低い少女にお姫様抱っこされた状態だ。
だが、姿は変ってしまったが私の好きな人であるということに変わりはない。
(ナオキの馬鹿)
こちらの気持ちに一切気付かないナオキに若干の苛立ちから少しだけ悪態をつく。
景色が高速で後ろに流れ、身体が浮遊感に何度も何度も襲われる。
快適なお姫様抱っこではない。
ナオキは魔術なのか、身体能力なのか判別はつかないが、地面を駆け、時折地面を蹴り跳躍、そして着地と、激しい三次元移動を続けている。
後ろからは白い蛇が迫ってきていた。
私も見たことがない魔物だ。
魔術も効かなかい。
興味深い対象ではあるが、今は好奇心を満たすことは後回しにせざるを得ない。
あれは放置しておくと害をなすものだ。
そして、あの白い蛇をどうにかできるのはナオキしかいないであろうことは理解できた。
しかし、ナオキは私に攻撃から守ってくれと言ってきたが、動いている状態では守りようがない。
ならばどこか目的があって移動しているはず。
再び空中へと跳んだタイミングで周囲に目をやり、ナオキがどこに向かっているのかおおよその検討がついた。
「山を下りるの?」
「ああ。下の道なら閉鎖されているはずで、いたとしても冒険者や騎士団。
一般人はあんまりいないだろう」
「なるほど」
ナオキの意図を理解する。
私達の隊商も進路を変更したように、下の道は現在バジリスクが目撃されたとかで閉鎖されており、一般人はまずいないはずだ。
逆に王国と共和国へと繋ぐ道は、現在、先程までいた山道のみとなり、私達以外の隊商や通行人がいる可能性は非常に高く、移動せずにあの場で戦っていたら巻き込む可能性が高い。
ナオキは何も考えていないように見えるけど、戦闘などでは意外に気配りができる。
普通の足で下山すれば相当な時間がかかるが、ナオキの跳躍により止まることなく、一気に山を下っていく。
「視界がいいところと、悪いところ、どっちの方が守りやすい?」
「視界がいいところ」
「了解っと」
ナオキの質問に即答する。
大蛇の注意をひきつけながら移動しているのだ。
今更、身を隠すのも無理だし、正面から守るしかない。
私の返事を聞いたナオキはさらに加速。
視界のいいところ、そのリクエスト通り、周辺の視界が開けている道をみつけ、一直線で向かう。
「ラフィ、頼んだぞ」
「うん」
お姫様抱っこから開放され、足を地面につける。
ナオキの加速により、大蛇とは少し距離を離したが、すぐ接敵する。
大蛇とナオキの間に、一歩踏み出し、身体を割り込ませる。
「我、この世界の秩序を守りしもの――」
ナオキの詠唱が始まる。
詠唱に伴い、ビリビリと濃密な魔力が周囲から溢れていくのを感じた。
ナオキが何を行うのかも興味は尽きないし、胸のドキドキも未だ治まらないが。
(今は私に任されたことに集中する)
杖を両手でぎゅっと握り、一回深呼吸。
大蛇を見る。
全長十メートルといったところか。
「流れよ、流れよ、地を割き、染め上げよ《
本来であれば、非常に長い詠唱を必要とするが、詠唱を短縮して水系上級魔術を発動する。
大蛇を狙ったものではない。
空中より出現した大量の水が轟音と共に、私の目の前、一面にぶちまけられた。
私の得意な水系魔術、さらに発動しやすくするため、予めこの周囲に水精霊を呼び寄せるためだ。
(大蛇が吐き出す攻撃は防げる)
先の攻防で、吐き出される攻撃は魔術で防げることは確認済み。
また、魔術が効かなかったとはいえ、大蛇に命中した魔術は斥力が働き、私が魔術により放った氷槍は砕け散った。
100パーセントとは言い切れないが、大蛇の巨体も魔術であれば干渉はできる、つまり巨体を使った突進も防ぐことはできるはずだ。
防げるかもしれないとはいっても、例えるなら倒れてくる城を魔術で支える、そんなレベルの大仕事。
並大抵の魔術では支えきれない。
だが、私ならできる。
大蛇と接敵する。
「我らを守れ《
眼前に大蛇が迫る。
私の発動した魔術により進行を妨げた。
「……ッ!」
どれくらいの時間守り切ればいいか聞いておらず、効率よく、なるべく魔力は温存したい。
そんな考えをしている場合ではなかった。
氷壁が粉砕されぬよう、息を吐き出す動きと連動し、魔力をさらにこめる。
ただの体当たり。
(これは想像以上……!)
勢いが足りぬとみたか、一度大蛇が首を下げる。
ずっと魔術を発動していては、すぐに私の魔力が底を尽きてしまう。
その一瞬も、魔術を解除し、魔力を少しでも温存。
すぐに大蛇が再度、勢いをつけて体当たりをかましてきた。
「《
詠唱により、魔術が再度発動する。
こんどは正面から受けない、角度を調整。
大蛇に対して角度をつけた。
衝突した大蛇の攻撃をわずかに横に逸らす。
タイミングを見計らい、解除。
体当たりしていた、壁が突如消え、大蛇の巨体が勢いそのまま、横の地面へと激突する。
狙い通り。
「Syaaaaaaaaaaaaaaaa!」
大蛇が怒りの咆哮を上げ、すぐに起き上がる。
だが次の一手もすでにうってある。
詠唱と同時に、私は杖を用い、地面に魔法陣を描いていた。
紋様を一筆書き、最後に発動式、書き終わると同時に杖を陣の中央で叩く。
《
地面がめくれ上がり、大蛇を横から叩きつけた。
起き上がりかけに追撃の一撃。
大蛇が砂煙を挙げながら吹き飛ぶ。
もしかしたら、倒せるのではと一瞬頭をよぎる。
が、その考えはすぐに打ち消す。
ダメージを与えていてもおかしくない攻撃だが、やはり大蛇の外皮に傷がついていない。
それならば、当初の予定通り、ナオキを私は守り切ればいい。
私は次の詠唱を始める。
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