第四十三話「お願い」

 大蛇の攻撃を防いだラフィはすかさず反撃、掲げた杖を降ろし、次の魔術を紡ぐ。


「水よ集え、凍てつき収束せよ《氷槍アイスジャベリン》!」 


 ラフィの魔術には一切無駄がない。

 俺のように魔力効率を考えない、無茶苦茶な発動とは違い、練達された魔術だ。

 目の前に複数の澄んだ透明な氷で造られた槍が出現。

 杖を身体の前へと薙ぐ。

 ラフィの動作にあわせ、氷槍が大蛇を目掛けて殺到する。


「むっ」


 だが、ラフィは予想した結果は得られず、表情を曇らせる。

 大蛇の固い表皮にぶつかり、自慢の魔術は、甲高い音と共に砕けたからだ。


「ナオキ、魔術が効か――」


 ラフィが何かを言い終わる前に、


「ラフィイイイイイ、愛してるよ!」


 打つ手なしと思っていた矢先に現れた光明。

 まさに救世主であった。

 

「な、な、な、な」


 俺は勢いのまま、ラフィに抱き着いてしまった。

 ラフィも身長が低い方ではあるが、今の俺はそれよりもさらに低い。

 ちょうど平坦な胸のあたり(口にしたら絶対殴られる)に顔を埋める格好になってしまった。

 やばい、これは怒られると思い、恐る恐る顔を上げる。

 よく考えたら、すでに杖が俺の後頭部に振り下ろされていてもおかしくないのだが。

 下から覗き見たラフィの顔は、帽子の影ではっきりとは見えないが、帽子のつばから覗く長い耳が真っ赤になっているのが見えた。


(や、やっぱり怒ってらっしゃる!?)


 それを認識した瞬間、俺は即座に離れる。


「ご、ごめん。つい……、あの……怒ってます?」


 恐る恐るといった感じで問いかける。


「お、怒ってはない。……ちょっとびっくりしただけ」


 なんだか挙動がおかしいラフィを訝し気に、再び観察しようとしていると、背中がバシバシと叩かれる。

 青の尻尾だ。

 同時に頭上から慌てた声が掛かる。


「アリス、ゆっくりおしゃべりしてる場合じゃないよ!」

「えっ?」


 なんて言ってる場合ではなかった。

 眼前に迫る大蛇の大口。

 俺達を飲み込まんとしていた。

 考えている余裕はなかった。


「……!」


 再びラフィを抱き留めた。

 微かにラフィが息を呑む音が耳に伝わる。

 怒られるといった心配をしている場合ではなかった。

 ラフィを腕に抱き留めると、跳躍する。

 遅れて、先程いた場所で大蛇の大口が閉じられ、周囲の樹々ごと飲み込む姿が目に入った。


「無茶苦茶だな……」


 今更ながら背中に嫌な汗をかく。

 頼もしい仲間、ラフィが来てくれたことで気が緩んでしまった。


「ラフィ、大丈夫?」


 胸元に抱き寄せ、お姫様抱っこする形となった、ラフィの顔を覗き込みながら問いかける。

 覗き込んだラフィの顔は、普段の雪のように白い肌は真っ赤に染まっていた。

 そして、俺の問いかけに対して、壊れた人形のようにコクコクと頷く。


(急激に加速したから頭に血が昇っちゃたかな?)


 若干の申し訳なさを覚える。

 だが、そんなことを気にしている余裕はない。

 謝罪は後。

 ラフィとは急ぎ情報を共有する必要があった。

 俺は大蛇を視界に捉え、火精霊の加護を活かした、魔力消費を抑えた攻撃を牽制に放つ。


「とりあえず、ラフィが来てくれて助かったよ。俺一人じゃどうにもならなさそうだったから」

「……そう。なら来てよかった」

「隊商の方は?」

 

 ラフィがこちらに駆けつけてきてくれたのはありがたいが、隊商の動向は気になる。


「テオの指揮で急ぎ道を進んでる。幸いなことに下り坂。

 霧が晴れたから荷馬車でも速度が出せるはず」

「つまりこの先に、こいつを進ませなければ隊商は大丈夫か」


 どうやら隊商はもう少し時間を稼げば十分に距離を稼げそうだ。

 もちろん、ここで大蛇をどうにかしなければ何処に向かっていくかわったものではない。

 大蛇をどうにかしなければならないという方針は変わるわけではないが、巻き込む可能性が少しでも低まるだけで十分だ。

 ずっと空中に身を躍らせていると、すぐに大蛇の攻撃が迫る。

 なので、着地、跳躍を繰り返しながら牽制していく。

 隊商とも少しは距離が離れたことを信じ、後方へと溶解液が逸れても多少は大丈夫だろう。

 それに隊商には、レーレがついている。

 実力を隠している彼女のことだ。

 何かあれば機転を利かせてくれることだろう。


「ナオキ、魔術を使ってなかったのは通用しないから?」


 頬から赤みがひいてきたラフィが、俺の瞳を見つめ問うてくる。


「それもあるが」

「何かとっておきの方法があるのね。それで魔力を温存してる」

「さすがラフィ、察しが良くて助かる」

「……だてに、一年間も一緒に戦ってない」

 

 プイと顔を逸らされがら言われた。

 俺もラフィと一年戦ってきたからわかる。

 今のラフィは若干ご機嫌斜めだ。

 緊急だったとはいえ、迂闊にベタベタと接触しすぎたか。

 ……落ち着いたら甘いものでも奢ってあげようと心に誓う。


「ラフィにお願いしたいことがある」

「なに?」

「あいつの攻撃から俺を守ってほしい」


 普通の魔術師であれば卒倒しかねないお願いであろう。

 自身よりも何倍も巨大な敵。

 加えて魔術が通じない相手だ。

 俺なら絶対断る。

 言い切ってから、もっと詳しい説明をしたほうがよかったか、と少し後悔する。

 無茶苦茶なお願いだ。

 一年間戦ってきて、俺が前衛をはることはあっても、ラフィが前衛で盾役を引き受けることなんてなかった。

 だが、そんな俺のお願いをラフィは一言。

  

「任せて」


 再び俺の瞳を見つめ静かでありながら、力強い口調で宣言した。

 

 

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