第四十三話「酒宴」
「それでは全員の無事を祝って、乾杯!」
『乾杯!』
ゲルトの音頭に合わせ、ジョッキがぶつかる音が気持ちよく響く。
場所は黄金色の宴。
「ぷはあ、久しぶりの酒はうまい!
すみません、同じのを」
「はーい! 少々お待ちください!」
アレクは一気に麦酒を飲み干しすぐさま次の一杯を注文する。
今日も給仕の少女たちは忙しそうに、店の右へ左へと動き回っていた。
横に座るラフィは大人しく蜂蜜酒を飲んでいる。
醜態を先日晒したばかりだが、蜂蜜酒の誘惑は振り切れなかったみたいだ。
ほどほどにしとくように後でもう一度念押ししておこうとアレクは心に決めた。
あの竜との戦いの後、迷宮から地上へと一日で一気に戻ってきた面々で集まっての酒宴である。
残念ながら、ナオキ――今はアリスと名乗っているらしい――は地上に戻るなり、
「俺は急ぎの用事があるからあとは任せた。
今は王立学校の寮で暮らしているから、そこを訪ねにきてくれ!
後日ゆっくり話そう」
とアレクに一方的に告げて、大通りの人波に消えていってしまった。
そんなわけで今回の酒宴は、主役の一人であったアリスを除いた面々でテーブルを囲んでいる。
ゲルトも豪快にジョッキを呷り、おかわりをすぐさま注文をする。
「しかし、マリヤ達二人でよく無事だったよな」
「ほとんどアリスちゃんのおかげだけどね」
「アリスちゃん、ほんとすごいよな。
魔術が一級品なのは散々見てきたが、剣の腕前も相当だった。
ゲルトよりも上だろ?」
「否定できん……」
「あんな小さい子に差を見せつけられると自信を無くすよな……」
剣をメインに使うゲルトとミハエルは肩を落とす。
「そういえば私、アリスちゃんに魔術を教わったのよ」
マリヤの発言にクロエが慌てる。
「え! マリヤが魔術まで使えるようになったら私の立場が……うぅ」
「基礎を教わっただけだから、その心配はないわよ」
クロエの肩を叩きながらマリヤは笑い飛ばす。
気を取り直し、クロエはマリヤに問いかける。
「アリスちゃんからどんな風に魔術を教わったの?」
「うーん、基本はまずアリスちゃん教えてくれて」
「うん」
「あと、関係する魔術書を見せてもらって?」
「……魔術書を持ち歩いてるの?」
マリヤは少し、しまったという顔をする。
ただ、アリスは隠していたといっていたが、他の皆には秘密とまでは言っていなかったはずだ。
マリヤはそう自分に言い聞かせ、軽く収納ボックスについて話すことにした。
「うん、アリスちゃん物を収納する魔道具を持ってるみたいでね。
その中に魔術書やら日用品を入れてるみたい」
「そんな便利な物があるのか。
勇者様から頂いた魔道具だったりするのか?」
ゲルトも驚き、魔道具の出所を探るようにアレクに視線を向ける。
「いや、違う。ナオキはそういった魔道具は持ってなかったな」
ラフィもコクコクと頷く。
「それで魔術書を見せてもらって、あとはどうしたの?
やっぱり同じ魔術を何度も何度も反復詠唱?」
クロエは魔道具よりもアリスがどのように魔術を教えていたのかが気になって仕方がないようである。
「うん、そんな感じ。
あとは基礎魔力を鍛える!とかで、最後に残ってる魔力を全部絞り出すように言われたかな……」
「魔力を使い切る、それに何か意味があるの?」
「使い切って自分の魔力量を把握できて、あと魔力量を鍛えることができるって」
「え、魔力って魔術を使えば増えるんじゃないの!」
「アリスちゃんは使い切らないと基礎魔力は鍛えられないって言ってたかな」
「知らなかった……」
二人のやり取りを横目に、アレクは運ばれてきた麦酒を飲みながらラフィに尋ねてみた。
「今の話って正しいの?」
「正しい」
一杯を大事に飲んでいるのか、蜂蜜酒のジョッキを抱えながらラフィは肯定する。
その答えにアレクは嘆息する。
アレクの知るナオキは「脳筋」。
恵まれた能力で敵を蹂躙する姿だ。
しかし、アレク達と別れたナオキはどうやら「知識」を多く身につけまた一段と強くなっている。
(才能のある人間は羨ましいね)
どうしようもないモヤモヤした気持ちを振り払うためジョッキを呷る。
こういう時は飲むに限る。
アレクは次の一杯を注文するのであった。
◇
酒宴は続き、皆大いに飲み騒ぎ、混沌とした様相を呈していた。
アレクは比較的酒に強い。
白い目で目の前の光景を眺めていた。
「それでねナオキがね!」
「うんうん」
饒舌に語るラフィ。
同じ同族からの仲間意識か、マリヤを捕まえ一方的に聞き相手にさせていた。
今日は大人しく飲んでいるとアレクは思っていたが違った。
静かに飲み静かにお替りを注文しており、現在。
ラフィの被害者となったマリヤだがニコニコと話を聞いていた。
酔っ払いラフィ。
語り疲れ意識がたまに朦朧としているのか、たまに頭部がふらついている。
アレクはマリヤに声を掛ける。
「そいつの話は適当に聞き流しとけばいいからな」
「いえいえ、私も楽しく聞いてますよ。
普段の勇者様の話なんて聞けるものじゃないですからね」
「ま、困ったらすぐ言ってくれ。引き剝がしてやるから」
「うーん、困ってないですけど一つ聞いてもいいですか?」
「答えられることなら」
それなら、と嬉しそうにマリヤは口を開く。
「男性が女性に姿を変える呪いってご存知ないでしょうか?」
マリヤから放たれた言葉にアレクは固まる。
予想外の問い。
どう答えていいかアレクは逡巡する。
「……いや、聞いたことないな。そういった呪いがあるのか?」
「いえ、勇者様の御一行の方だと色々な知識を持っていそうだなーと思って聞いてみました。
昔読んだ物語にそういった呪いがあったので興味本位です」
「そ、そうか」
(もしかして、こいつナオキの正体に気付いてる?)
訝し気にアレクはマリヤの様子を眺めるがニコニコとしている表情からは何も読み取れない。
更にマリヤの口が開かれる。
「そういえば、アレクさん達が一瞬アリスちゃんをナオキって呼んでたような?」
「あの時は、えと、そう!
ナオキが助けた奴って声を掛けたんだよ。
記憶喪失で俺達と別れるまでは名前も思い出せなかったみたいでな。
いや、あの子アリスっていったんだな」
さすがに苦しいか。
アレクの背中に冷や汗が流れる。
じーっと目をみつめてくるマリヤ。
アレクは溜息をつく。
「降参だ。
このことを知ってるのは?」
「私だけです」
「……そうか、一応公にできない話だから秘密に頼む」
「ええ、わかってます」
「マリヤさんだっけ、こいつと同じでナオキに惚れたクチか?」
酔いつぶれているラフィを指さしながらアレクは冗談気に問うと、マリヤの顔はほんのり赤くなる。
(酔いではないな)
図星であったみたいだ。
その様子にアレクは呆れながら眺める、「またお前か」と。
「ラフィ、喜べ。ライバルが増えたみたいだぞ?」
「ふぇ?」
朦朧としているラフィにアレクは意地悪気に囁いた。
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