第十七話「嘘から出た実 7」

 咄嗟に口から出た「一人で寝るのが心細い」はソフィアに対して納得の行く理由であったようで、すんなりと受け入れられた。

 その代償としてソフィアの俺に対する印象が「甘えたがり」になってしまった。


(……余計な追及を避けれたのだから、結果オーライってことにしておこう)

 

 各方面で色々な属性が追加されている気がする。

 アレクとかガエルに知られたら絶対笑われるので、あいつらに伝わるのだけは阻止せねばと秘かに決意する。

 さて、当初の目的は部屋を見ることで俺の趣味嗜好を知るというものであったが、メインの生活空間であるアニエスの部屋への案内はソフィアが遠慮した。

 さすがに王女殿下の部屋へは本人の許可なく入るわけにはいかないとのことだ。

 結局、一階の応接間へと戻ってきた。

 来客用に備えられているティーセットを使いカリナがお茶を淹れてくれ、ソフィアがお土産として焼き菓子を持って来てくれていたので、ありがたく頂戴することなった。

 ソフィアは俺の部屋から好みを判断することは諦めたようだが、彼女の中で何か贈り物をするのは決定事項のようで、服の好みやらお得意様の商会はどこかなど質問攻めにあう。

 とはいえ、服の好みは正直アニエスやローラの趣味で貰ったものが大半。

 今は公爵家の姓を貰ってはいるが、元々一庶民でしかない俺にお得意様の商会なんてものがあるはずもなく、ソフィアの質問に対して明確な答えを返せない。

 なので俺は羞恥心を捨てやや上目遣いでソフィアを見て、


「私、お姉ちゃんが選んでくれた服ならなんでも嬉しいです」

「……っ!!! 私に任せなさい! アリスに最高~に似合う服を贈ってみせるわ!」


 これで解決した。


「わー、楽しみです」


 最後に目をキラキラさせてこう付け加えれば、完璧な妹を演じれたのではないだろうか。


『…………』


 なんだかヘルプは一言も発していないのに脳内に無言の圧がかかっている気がするのはきっと気のせいであろう。

 贈り物に関する話が一段落したところで、ソフィアが一度カップを一口、優雅な動作で運び、自然な動作でソーサの上へと戻すと、柔らかな視線が俺を捉える。


「そういえば、アリス。夏季休暇の予定は決まっているのかしら?」

「夏季休暇ですか?」


 あまりにも学校に行っている時間が短いせいで、長期休暇という実感がわかない。

 でも普段決まった時間が自由に使えるというのはやはり嬉しいもので。

 ソフィアの問いかけで、特に決まった予定はなかったが、幾つかやりたいことは思い浮かぶ。


(夏休みか。よくよく考えてみれば森都は観光で廻ったのに、王都はあんまり見れてないんだよな。

 せっかくだから色々巡ってみたい?

 ……というか思い出した。

 冒険者登録の条件に王都迷宮に一月に一回くらいは潜って欲しいっていわれてたけど、すでに約束破ってる……? 大丈夫?

 まぁいいか。駄目なら何か連絡くるだろうし、うん。

 ああ、あとサチちゃんのとこに顔出しといた方がいいかな。

 あと一応森都で世話になったからストラディバリにも礼を言いに行くべき……?)


 最後はあいつは戦闘を純粋に楽しんでいた戦闘狂なので必要ないと判断。

 案外夏休み、楽しめそうだ。

 でも、現状特に決まった予定があるかというと、答えはNo。

 何も決まっていない。


「特に予定は決まっていません」


 正直に答えることにした。


「王都で剣聖としての公務とかがあったりはしないの?」

「いえ。国王陛下からは特にそういった話は聞いておりません」

「そう。ならアリス、せっかくだから夏季休暇は公爵領で過ごすのはどうかしら?」

「へ? 公爵領ですか」

「そうすれば私も夏季休暇の間は一緒に過ごせますし、お兄様達もアリスに会いたがってましたよ」


 嬉しそうにソフィアは話すが、その提案は断りたい。

 何となく公爵家で過ごすとなると自由に生活できないのではと想像してしまう。

 ……そもそも公爵領ってどこにあるんだ。

 ともかく、ここは穏便に断ろうと決意する。

 非常に残念そうに視線を伏せながら言うことを心掛ける。


「あの、お姉ちゃんは気にしていないようですが、養子である私は元は田舎者で、作法に疎く、とても公爵家でお世話になるのは……」

「大丈夫よ」


 その訴えが全部言い切るよりも早く、ソフィアが胸に手をあて力強く言う。

 

「夏季休暇の間、私がアリスにしっかりと礼儀作法を教えてあげるわ」

「……えっ、いえ、わざわざお姉ちゃんの手を煩わすのは……」

「私がやりたいの。それにぶっちゃけ私、今暇なの」

「ええっ……、で、でもほら、お茶会とか、色々……?」

「大丈夫。私は今婚約者の喪に服してる、そういうことになってるから。招待状が届いても簡単に断れるわ」

「そ、それはお悔やみを申し上げます……?」

「大丈夫。全然気にしていないから。そもそもお互い親が決めて名前くらいしから知らなかった関係だし」

「ええっ……」


 確かに目の前のソフィアが婚約者が亡くなったことを嘆いている様子が微塵も見られない。

 

「今の私の使命は公爵家の娘として、アリスを立派に育て上げることです」

「あ、いえ。お姉ちゃんは私のことは気にせず、自分の為に時間を使った方が有意義かと……」

「アリスは他人思いのとてもいい子なのね」


 ニコリとすごくいい方向で解釈してくれるソフィア。

 いいえ、違います。

 単に礼儀作法とか絶対かったるいと思っているだけです。


「でも心配しないで。この夏季休暇でアリスを立派な令嬢として教育して、どこに嫁いでも恥ずかしくない子にしてみせるわ!」

「あ、あの……」

「大丈夫、お姉ちゃんに任せて」


 力強いソフィアの言葉だが俺にとってはいい迷惑だ。


「わ、私の話を聞いて」


 助けを求めて、給仕としてソフィアの後ろに立っていたカリナへと視線で助けを求めるが、無言で首を振られた。

 アキラメテクダサイと。

 どうやら俺の夏休みは花嫁修業になりそうだ。

 まずい。

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