第十六話「嘘から出た実 6」

「お父様には失望しましたわ! 何だかんだ尊敬していましたのに……っ!

 まさか、こんな、こーんな可愛い娘に家名だけを与えてこのような扱いをするだなんて……!」

「いや……、あの」


 怒りで肩を震わせるソフィア。

 先程までは俺の部屋がどんなものか、楽しみに、からかい混じりの顔は一変していた。

 明らかに勘違いしている。

 部屋にものがないのは決してリチャードに俺という存在が蔑ろにされたからというわけではない。

 寧ろ逆。

 色々と物を与えられた結果、本が山積みの汚部屋と化し、アニエスやエルサに人が住むところではないと評されたくらいだ。

 更には世界樹の枝で作られた杖まで贈られているのだから、端的に見れば溺愛されていたと言ってもいいだろう。

 だが、贈られた全ての物は現在収納ボックスの中に眠っているわけだ。

 何も事情を知らなければ、この空っぽの部屋を見れば、今のソフィアのように俺という存在がぞんざいに扱われていると思われていると考えるのも致し方ないのかもしれない。

 そう勘違いされてしまう原因は俺が極端にモノを置かなくなってしまったのが原因ではあるが、実際の寮での生活する場所がアニエスの部屋であり、モノを置いておく理由もないのだから仕方なかろう。

 ただ、現在は怒りで声を荒げているソフィアも冷静になって見れば、この部屋の状況は明らかにおかしいことに気付くはずだ。

 そもそもベッドにタオルケット一枚もない木の上で流石に寝るはずもなく、他にも学校に着ていくための制服といったものが一切ないわけがない。

 今もローラから貰った、きっと自分で買ったら中々いいお値段がすると思われる服を身に纏っているのだから。

 あと、こんな何もない部屋を見たら真っ先に空き部屋と間違えたと考えて欲しいものだが、ソフィアの怨嗟の、というか父親であるリチャードに対する恨み節の中で「才能のある子を養子に迎えて、家の良いように使う貴族もいるとの話は聞いていましたが、まさかお父様がそんなことをするなんて……」と声を震わせて呟いていたので、養子には迎えても、けっこうひどい状況に置かれるという話はありふれているということなのかもしれない。

 とりあえずそれは誤解であることをソフィアに説明しようと試みるのだが、激怒したソフィアに俺の声は届かない。


「私の話を……っぐべ」


 再びソフィアの胸に抱きしめられる。


「辛かったでしょうね。でも大丈夫ですよ。

 お父様は知りませんが、私は血縁であろうがなかろうがそういったことは気にしません。

 アリスはサザーランド家の大事な娘であり、私の可愛い妹ですわ」


 自分の世界に没頭してしまったソフィア。

 それに伴い更に強く抱きしめられる。

 今日一日で胸で抱きしめらるという行為は全く嬉しくないことを学んだ。

 確かにやわらかな感触を肌に感じ、甘い香りが鼻孔をくすぐりはするのだが、それ以上に呼吸が苦しく、俺としてはプロレスの技でも掛けられている心境。

 声をあげようにも顔を抑えつけられているせいで「んぐぐっ!」とくぐもった声にしかならないがために意志の伝達ができず、他に手段がないのでペシペシとソフィアの背中を控えめに叩き、解放してくれるように訴えているのだが、これも伝わらない。


「お嬢様、その可愛い妹が貴女の手により窒息死にかかっておりますが」

「あらっ、ごめんなさい」

「ケホっケホっ」


 カリナの言葉はすんなりソフィアに届き、なんとか胸の圧力から解放された俺はなんとか窒息死を避けることができた。

 さっきも経験した。

 女神と第一印象を抱いていたソフィアであるが、胸で俺を殺しにきた刺客ではないのか本気で疑うべきかもしれない。

 何度か咳き込み、不足していた酸素を補い、ようやく呼吸が落ち着く。

 その様子を見ていたソフィアはオロオロと、さらにはしゃがみ込み、再度謝罪を口にする。


「本当にごめんなさい、アリス。私、感情の制御が効かなくなると周りのことが全然みえなくなっちゃう悪い癖があるの」 


 そのようですね、と口にしたいがようやく会話が成立しそうなこの状況で、恨み言を吐いても一切こちらにメリットがないのでグッと言葉を呑み込む。


「いえ、心配してくださり、ありがとうございます。

 それとお父様が私を蔑ろにしているのは誤解です」


 めんどくさいので収納ボックスからリチャードから貰った本を適当に取り出していく。

 その様子を驚いた表情でソフィアが見る。

 ドサドサと瞬く間に部屋は本で一杯に、立派なお汚屋へと変貌を遂げた。


「沢山本を頂いたのですが、置き場に困り、今は国王陛下に頂いたマジックアイテムにしまっているのです。なので、お父様には十分に可愛がってもらっております」


 リチャードをお父様と呼ぶのは何とも言えないむずがゆさを感じるが我慢だ。

 

(……俺の中ではただの気のいい近所の爺さんみたいな感覚だからな)


「そ、そう。なら心配したような、貴女を学校に押し込めておくだけ押し込めておいて、飼い殺しみたいにしているということはないのね?」

「はい。そんなこともありません。魔術に関しても師として色々教えてもらい、杖も頂きました」


 最後に世界樹の杖を引っ張り出し、手に持つ。

 その杖を見たとき、ソフィアは目を丸くした。


「お父様が、貴女にその杖を贈られたのですね。……なるほど、確かにこれは私の早とちりでした」


 先程までの打算無しの突然できた妹を愛でるソフィアの表情ではなくなっていたが、すぐに破顔し、元のニコニコした表情に変わっていた。


「でも、本は分かるけど、お着換えの服とか、あとはシーツとか布団とかはどうしてるの?

 毎回その中にしまっているのかしら?」

「あー」


 答えはアニエスの部屋で普段過ごしているだ。

 正直に答えるか悩んだが、ここは隠すのは得策ではないと判断し、全て包み隠さず打ち明けることにした。


「……その、普段はアニエス様の部屋で過ごしてまして」

「アニエス王女殿下と? またどうして一緒の部屋で……、あっ、もしかして王女殿下の護衛のためかしら?」

「いえ、ただ……」

「ただ、一人で寝るのが心細くて……」


 理由は嘘だ。

 真っ直ぐ見つめてくるソフィアの視線に耐え切れず、やや俯き気味に顔を動かし、視線から逃れる。

 言った後でもっとましな理由があっただろうと後悔するが、言ったことは取り消せない。


「まあまあまあ」


 その答えを聞いたソフィアは何故か目を輝かせる。

 正直にアニエス様に強要されたのでと言うべきだったか。


「何だか私の耳に届いてくるアリスの姿は立派な騎士様だったのに、こうやってお話してみるとまだまだ甘えたがりの、ただの女の子なのね」

「いえ……、そういわけでは」

「ふふふ、照れなくてもいいのよ」


 ソフィアにからかい混じりに、ほっぺをツンツンされるのを甘んじて受けることになってしまった。

 

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