第十五話「嘘から出た実 5」

 突然現れた見知らぬ女性が俺の義姉であると。


(師匠、子供いたんだ……)


 全く知らなかった。

 冷静に考えてみれば、公爵家の長であり王国内で魔術師の最高位である宮廷魔術師であるリチャードに子供がいないわけはない。

 だが、サザーランドの家族構成から、そもそも公爵家がどういった立場にいるかなんて事情を話すことなくリチャードは北方へと旅立ってしまったのだから俺が知る機会なんてなかったと言い訳はしておきたい。

 とりあえず目の前の女性が俺にとって義姉にあたることは理解でき、そもそもこんな建物の前で立ち話をするわけにいかないので、ひとまず寮の中へと案内することにした。

 ソフィア、そして御者の者も続く。

 馬車の面倒は大丈夫なのかと思ったが、どうやら女性の御者ともう一人、馬車の運転席とでもいうべき場所に人が座っているのが見えたので、心配はなさそうだ。

 一先ず応接間へと案内し、ソフィアに座ってもらい、俺もその対面に腰をおろす。

 

「アリス、ありがとう。さて、突然の訪問で驚かせてしまってごめんなさいね」

「お嬢様が待ちきれず、申し訳ありません」

「だってカリナ、待ちきれなかったのですもの」


 ニコニコと微笑むソフィアと対照的に御者――カリナは徒労感たっぷりの表情であった。


「でもこうして早く来た甲斐もあって、アリスと会うことができたわ。もう一分一秒でも早く会いたかったんだから!」


 ソフィアは目を輝かせながら熱弁する。

 そしてカリナに向けていた視線が今度は俺へと再び向け、首を傾げながら問いかけられる。


「でもアリスは今日学校でテストを受けてるはずよね? まだ学校の時間だと思うけど……」

「それは……」


 心配そうな目。

 これは学校をサボったでも思われるかもと内心慌てる。

 もちろん本当に学校をサボったわけではないのだが、色々なことを言い訳に期末テストから逃れていただけに若干の後ろめたさを感じてしまう。

 しかし、事実サボったわけではなく並々ならぬ事情、王城からの呼び出しがあったので渋々、そう渋々期末テストを欠席し王城へと赴いただけだ。

 隠すほどでもないと判断し、転移の術のことはふせ、今日は王城に呼び出され登城していた旨を話した。


「まぁ、そうだったの。学校から帰ってきたアリスを待ち構えようと思ってましたから、入れ違いにならなくてよかったわ。でもだとしたら急に押しかけてきてごめんなさい。

 王城に行き、疲れていて迷惑なようでしたら今日のところはお暇しますわ」


 目をウルウルさせながら言うソフィアに対して「疲れてるので帰ってくれ」などと言えるはずもなく。


「いえ、私はこの通り全然疲れていませんので大丈夫です。お気遣い感謝します」

「そう。なら良かったわ」


 俺の言葉にソフィアは少しほっとした様子であった。

 さて、本題はここからだ。

 先程の言葉から俺に会いに来たとソフィアは言っていたが、そのためだけに公爵の令嬢がわざわざここまで足を運ぶとは思えない。

 何か用事があってここに来たはずだ。

 要件を聞かねばなるまい。

 ここで重大な事に気付いた。

 目の前の女性、ソフィアを俺は何て呼ぶべきなのだろうか。

 身分的に考えれば、ソフィア様と呼ぶのが正解かもしれないが血縁はないにしても、今は同じ家族、のはず。

 様付けは何か違う気もする。

 目の前の女性が呼び方に怒って激昂することはないと思い、無難に、家族として呼ぶのがいいだろうと判断した。


「あの……」

「はい?」

「……ソフィア、お姉ちゃん?」

 

 しかし、俺の言葉を聞いたソフィアは何故かピシリと硬直。


(ま、まずかった!?)

 

「お、お、お姉ちゃん……?」


 フルフルと肩を震わすソフィア。

 あ、やっぱりまずかったかと迂闊な言葉を発したことを後悔する。

 映画やドラマとかで、義理の姉妹となった下の者が「あなたと私は身分が違うのですから!」っといびられるシーンを見たことがあるが、まさか自身にそのような出来事が降りかかってくるとは思わなかった。

 ソフィアの言動から親しみやすさを感じ、うっかりお姉ちゃん呼びを選択してしまったが誤りであったようだ。

 肩を震わせたソフィアはゆらりと立ち上がりカツカツと近寄ってくる。

 もしかしてほっぺでも引っ張たたかれるのではと目を瞑り衝撃に身構えたが、襲って来たのはふにょんとした柔らかな感覚、そして何かの花のような心地よい香りが鼻を塞ぐ。


「わたし、ずーーーーっと妹が欲しかったのよ」

「ぐべぇ」


 服の上からではわからなかったソフィアの豊満な胸に思いっきり抱きしめられていた。


「ああ、可愛い! 可愛すぎる! お父様もひどいわ! こんな、こんな可愛い妹をずーーーーっと紹介してくれないんだなんて!」

「お嬢様、公爵家の令嬢がそのように大声を出すのははしたないかと」

「いいの! 誰もいないし! 見てみてカリナ、私の妹よ!」

「その妹はお嬢様のお胸で窒息死しそうになっておりますが」

「あっ、ごめんなさい」


 カリナさんありがとう、と感謝するのも束の間。

 胸による圧迫感から解放されたと思ったら今度はソフィアに頬ずりをされる。

 慣れない状況に俺は赤面することしかできない。

 

(この人、俺を猫か何かと勘違いしていないか!?)


 というか猫だったらとっくに逃げている過激なスキンシップだ。


「あ、あのソフィア様?」

「アリス、そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、私のことはお姉ちゃん!

 お姉ちゃんと呼んで下さい!」


 今度はむすっと表情がころっと変わる。


「お、お姉ちゃん?」

「はい。お姉ちゃんですよ」

「私に何か用事があって、こちらにいらしたのでは?」

「んー、あるにはあるけど、先程も話した通り一番の用事は可愛い妹に会いに来た、それだけよ」

「そ、そうですか」


 本当なのか判断に困り、ソフィアの後ろに立つカリナに視線で問いかけてみるが帰ってきた答えは一緒であった。


「本当です。お嬢様は単にサザーランド公がお迎えになったというアリス様にただ会いに来ただけですよ」

「そ、そうですか」


 幸せそうな表情のソフィア。

 最初の出会いで見た凛とした貴族の御令嬢という面影は残念ながら見る影もない。

 だらしない笑みを浮かべている。


「そうだわ。せっかくの私とアリスの記念日。何か贈り物を。お洋服とかがいいからしら?」

「お、お洋服は沢山もらっていますので、これ以上は」


 本当に沢山あるので遠慮する。

 それにソフィアが贈ってくれた服は想像しただけでも無茶苦茶高価なものになりそうだ。


「あら? そうなの。だったらぬいぐるみとか?」


 いや、ぬいぐるみという年齢はもう卒業している。

 青々としたふかふかのぬいぐるみがあるにはあるが、今日は外で気ままにお散歩中だが。


「もうぬいぐるみという年でもありませんし……」

「うふふ、そうね。そうだ、せっかくだからアリスの部屋に案内してくれないかしら?」

「?」


 唐突なソフィアの発言に首を傾げる。


「妹の趣味嗜好を知るのも姉としての務めなのです」

「はぁ」


 部屋に案内するのはいいのだが。

 必要なものは全て収納ボックスの中。

 しかもほとんどの寮での生活はアニエスの部屋であるため、すっからかんの部屋のままだ。


「……私の部屋、何もないので見ても面白いものは何もありませんよ」

「大丈夫よ。別に面白いものをみたいわけじゃなくて、アリスがどんな部屋で暮らしているか興味があるだけだから」

「いえ、本当に何もないので」

 

 そう、本当に何もないのだ。

 部屋に備えられた簡素なベッドが置かれているだけ。

 これはこれでいかがなものか。

 以前、アニエスがその部屋を見たときに家出したと勘違いしたのだ。

 だからといってアニエスの部屋に案内したら案内したで問題な気もする。


「いいからいいから」


 ふんふんと鼻歌交じりに俺の手を引き、すでに上の階へと移動を始める。

 すごい、この人全然俺の話を聞いてくれない。


「アリスは何階の部屋かしら?」

「あ、あの、部屋がすっごく散らかってましてね。とてもお姉ちゃんに見せられる部屋では。

 10分、いや、5分間だけ時間をください!」


 5分あれば収納ボックスから適当に物をぽいぽい置いて生活感のある部屋を演出できる。

 これだ、これしかないとソフィアに訴えるが。


「あはは。アリス、さてはお片付けが苦手なのね。わかる、わかるよ。私もここの学生だった時、部屋を片付けるのは苦手だったな~」


 寧ろ余計ソフィアが楽しそうな顔をする。

 違うんだ!と助けを求めてカリナさんに視線を向けるが。


「お嬢様。アリス様の部屋は二階、階段を昇って右の部屋でございます」

「さすがカリナ」

「ま、まって」


 なんてことを!

 というか何故知っている。

 意気揚々と階段を昇っていくソフィア。

 それに引かれていく俺。 


「さぁ、ここがアリスの部屋ね」 


 すぐに最近入っていない俺の自室へと辿り着きドアノブが回される。

 そして中を見たソフィアは。


「え?」


 驚きの声を上げるのであった。

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