第十一話「嘘から出た実 1」

「おはようございます、アリス様」


 意識が覚醒すると同時に瞼を開くと、栗色のふわっとした髪をもった柔らかな笑みを浮かべる女性が映った。


「おはようございます……?」


 俺の挨拶を聞いてにこりと微笑む女性。

 ようやく焦点が定まり、その人物が誰であるかを認識する。

 名はローラ。

 アニエスの教育係兼メイドであり、普段は王城で勤めている。


(どうしてローラさんが……?)


 俺が寝ていたのは学校の寮、アニエスの部屋だ。

 期末テスト前日、久しぶりにアニエスは寮に戻ってきた。

 暫く会えない間にあった出来事の雑談をし、一緒にベッドに潜ったところまでは覚えている。

 だが寝ぼけた頭で記憶を辿ってみるが、昨日の時点でローラはいなかったはずだ。

 助けを求め、視線を横にやる。


「すぅ……すぅ……」


 天使の寝顔のアニエスが横にはいた。

 最近お疲れだったのか、熟睡している様子。

 説明を求めるために起こすのは躊躇ってしまう。

 ……というか外に目をやってみると、まだ少し薄暗く、朝も早い時間であることがわかる。

 ここは直接ローラに尋ねることにした。


「ローラさんがどうしてここに?」

「アニエス様の専属メイドですから」


 それはそうだが、そもそも王立学校の寮内ではお姫様の専属メイドと言えども身の回りの世話をすることはできない。

 何か用事がなければ基本立ち入りは禁じられている。


「……というかまだ森国にいたはずじゃ?」


 森国と共和国を繋ぐ転移陣が起動するのは一ヵ月に一度きり。

 俺達が転移陣を使って共和国から森国に行った時からまだ一ヵ月経過していないのだ。

 それに転移陣を使って移動しても、共和国から王国に戻ってくるまで数日はかかる。

 明らかに計算が合わない。

 

「アリス様、飛竜を使えば森国から王国まで3日で着くことができるのですよ。

 ただ飛竜は少人数しか搭乗できないので、私だけ一足先に戻らさせて頂きました」

「……それってよっぽど重要な人物じゃないと使わない移動手段なのでは?

 というかそんな手段があればアニエス様の行きも飛竜にすればよかったのに」

「そう単純な話でもないのでございます。アニエス様は王国の使者としての立場でしたから。

 それに飛竜を使った移動は少々過酷なので、何も訓練していない方は搭乗できません」

「……その飛竜に乗れるローラさんは何者なんですか?」

「ふふふ、秘密です」


 いつものようにローラは悪戯っぽく笑うだけだ。

 

「さぁ、では始めちゃいましょう」

「へ?」


 パンパンとローラが手を叩くと扉からさらに2人入ってくる。

 ローラと同じ格好、つまりはメイドだ。


(あれ?)


 そして2人のメイドには見覚えがあった。


「剣聖様、失礼します」

「こちらに」


 ベッドから手を引かれ連れていかれたのは姿見の前。

 見事な寝癖がピコーンと天井に伸びている何とも情けない姿が映る。

 両脇にたった2人が丁寧な動作で寝間着を脱がしていく。

 そして記憶のどこかで引っかかっていたのかを思い出した。

 

「剣舞祭のときの?」


 そう、剣舞祭の時に衣装の着替えを担当してくれた2人だ。


「はい!」

「憶えていて下さったんですね!」


 現在の俺よりも年上――15歳くらいだろうか? 

 声を掛けた2人は破顔し、嬉しそうな表情を浮かべる。


「ローラ様が本日は剣聖様の着付けに行かれるとのことで立候補させていただきました!」

「気合い入れて頑張ります!」


 張り切る2人の言葉とは裏腹に、俺はなぜ着付ける必要があるのか、その理由を考え、スリープ状態から復帰した脳が答えらしきものを導き出す。


(そういえば……)


 昨晩、アニエスが帰ってきた時に一通の手紙を貰った。

 その手紙は王家の紋章で封蝋された指令書とでもいうものではあるが。

 記された内容はメインは明日、転移の術を用いてレイを王城まで連れて来て欲しいという旨のものであった。

 ついでに、騙し討ちのような形で剣聖に命じたことに対する謝罪。

 謝罪しながらも明日は俺に対しても剣聖として王城に参じて欲しいこと。

 何のために行くのか、具体的な内容は書かれていなかったが、レイを伴って来て欲しいということは転移陣絡み、もしくはレイも警戒していた王国、森国に対する攻撃を企てた者について何らかの話し合いが行われるのではと想像する。

 少し悩みはしたが、俺はアニエスに了承の旨を伝え、すぐに寮まで護衛として付き従っていた騎士によって城へとそのことが伝えられた。

 ……これ、更に大義名分をもって期末テストさぼれるじゃん? ラッキーと内心考えていたのは秘密だ。

 つまりは今ここで着付けを担当してくれているのは俺が王城に参上しても恥ずかしくない恰好に仕立てるために派遣されてきたということだろう。

 

「剣聖様、こちらにお座りください」

「ん」


 そうこしているうちに下着姿の上にキャミソールを被せられ、後ろに椅子が用意されていた。

 指示に従い着席する。

 片方のメイドが後ろにまわりこみ、ぐちゃぐちゃになった髪を丁寧に梳いていく。


「何か希望の髪型はありますか?」


 質問に少し考える。


「できれば髪が首筋にかからない方が嬉しいです」


 長い髪が汗ばんだ首筋にくっつくと鬱陶しい。


「あ。あとそれから」


 パっと椅立ち上がり椅子を離れ、ベッドの側、丸テーブルに置いていたアニエスに貰った花を模った髪留めを手に取りメイドに見せる。


「これがつけられる髪型がいいです」


 それを見たメイド2人は顔を見合わせて、なんだか温かい眼差しを送ってくる。

 なんだか少し居心地が悪い。

 最近は常に身に付けているアニエスがプレゼントしてくれたアイテムだ。


「お任せください、剣聖様」

「最高の剣聖様に仕上げてみせます!」


 2人のメイドはやる気を漲らせるのであった。

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