第十二話「嘘から出た実 2」
「ふむ。なんだ似合うではないか」
「それはそれは、ありがとう存じます」
レイの褒め言葉に俺は適当にあしらいながら、慣れた手つきで棚に入っている茶葉を取り出し、ポットに小さじ1杯入れる。
ローラ直属のメイドに着つけられた俺は普段の制服ではない。
夏場なので半袖の涼し気な服装を期待していたのだが、やはり国王陛下との謁見であるためかきっちりと長袖のシャツが腕を覆っている。
ただシャツに使われている素材は光沢があり、見た目はシルクのようであるが、着心地は綿のように肌に心地よく、さらに夏であるにも関わらず通気性が非常に良く、暑さを感じない。
学校の制服のシャツにも是非採用して欲しいものだ。
その上から青を基調としたジャケットを羽織っている。
金と白の糸で刺繍がふんだんにあしらわれていた。
これは間違いなく俺の剣舞祭の衣装のイメージを反映した上着だ。
いつの間にやら剣聖アリスのパーソナルカラーになっている。
上着に合わせて青のチェック柄のスカート、その下には白いショースをはいていた。
そんな正装姿で学校内を歩いていては注目の的。
どうせ期末テストも受けないので、教室に行く理由もないためとっととレイの居室に転移を使って移動してきた。
まだ始業の時間まで時間はあるが、レイはすでに学校に来ていた。
転移で俺が突然現れたのを見て、驚いた顔こそは見せなかったが、若干眉間に皺が寄っていた。
「私も一杯頂こうか」
「俺はメイドじゃないんだが?」
「ここは私の居室なのだが?」
レイの言葉に少し反発しながらも、別に大した手間でもないので茶葉を2人分にしてお湯を注いでいく。
初日は殺風景な部屋であったが、今はお茶を淹れるセットや日保ちの良い焼き菓子やドライフルーツ、あとはレイが処理していると思われる書類や、趣味の魔術関連の本などが所狭しと置かれていた。
積み上げられた本に触れれば簡単に崩壊することが予想できたのでぶつからないように気を付けながら移動し、レイが座る机の上にティーカップを置いてやる。
正式な茶会でもないのでソーサを置くこともなくカップを直置きだ。
ティーカップよりも、最近はマグカップが欲しいと思う今日この頃。
今度、土魔術で作るか、もしくは街に出た時に探してみようと決意する。
ここ数日、学校の授業と引き換えにレイの居室で過ごすことが多くなっていた。
表向きはレイが魔術の個人授業のはずだが、どうも助手のように扱われている気がしないでもない。
いつもの定位置である応接セットの椅子に腰を掛ける。
……というかこの場所以外の椅子の上にも書類やら本が置かれており場所がない。
「で、いつ頃お城に行くんだ?」
「城には正午の鐘がなってから向かう。私も午前中は基礎魔術のテストを行わなければならないからな。
アリスも受けるかい?」
「謹んで遠慮するよ」
テスト内容的には別に絶対嫌というほどでもない。
単に今の恰好で出歩くのが嫌なだけだ。
授業の中ですでにレイはどのようなテストを実施するか宣言していた。
それは得意属性の初級魔術を無詠唱で行使する実技試験。
何だかんだレイが赴任して短い授業時間しかなかったが、今ではクラスメイトの全員が難なく無詠唱を扱えるようになっていた。
……他のクラスは知らないが。
「そういえば、アニエスね……様は」
何となく俺の正体を知っているレイの前では年下の女の子を姉さんと呼んでいるのは恥ずかしい気がしたので咄嗟に言い直す。
「レイの授業を受けていないけど。無詠唱の実技試験大丈夫かな……」
「大丈夫だろう」
レイがティーカップを机に置きながら答える。
「その根拠は?」
「私がこの学校に教師として来たのはセザール殿の指示だ。その際の条件に私の好きにさせてもらうことを確約した。そうは言ってもこれまでのカリキュラムを無視するのだ。どのような授業を行うかは王城にまとめて報告している。そのことはアニエス様にも伝わっているだろう」
「……内容知ってても実技だからそんなにうまくいくかな」
「向こうにも優秀な臨時教師がいるはずだから問題ない」
「優秀な臨時教師?」
「ああ。ラフィだ」
「ラフィ? 王城に居たのか……」
「何だ、聞いていなかったのか?」
「全く」
そうか王城に今はいるのか。
だったら連絡を取ってみて……とも考えたが冷静に考えると何だか時間が空き、ラフィと顔を合わせるのは何とも言えない気恥ずかしさがある。
もう少し落ち着いてからにしよう。
きっとラフィも同じ気持ちのはずだと自分に言い聞かせる。
「ラフィがいるなら確かに心配はなさそうだ」
自分で淹れたお茶を口に含む。
「話は変わるけど、レイが王城に呼ばれるのは分かるけど何で俺も一緒なんだ?」
「これはあくまで私の推測だが」
そう前置きした上で、レイが続きを告げる。
「今回の王城での謁見の主な目的は私ではなくアリスだろう」
「俺?」
「そうだ。思い当たる節はないか?」
「まったく」
即答したらレイに大きな溜息をつかれた。
「アリスは今の見た目は幼いが、実際は既に成人だろう」
こっちの世界では確かに成人に分類される年齢ではある。
「……おじいちゃんほどは長く生きていませんから」
「お、じいちゃんっ?」
ぶーっと口を尖らせ冗談で発言した言葉にレイは酷く傷ついた顔を見せる。
「私はまだおじいちゃんと言われる年ではない」
コホンと一度咳払い。
「話を戻そう。城で過ごしている間に君の噂は色々耳にした」
「俺のね……」
「聞いたところによると、剣舞祭の後、正式に剣聖となり一度も君は王城に参じていないのだろう?」
「……半ば詐欺みたいに任命されたからね」
「力を持ったものには望まなくとも、それなりの義務が大なり小なり付きまとうものだ。あきらめろ」
「今の話の流れからするに、俺が城に参上してないからいい機会だし、レイと共に参上させようと?」
「そうだ」
「うへ」
「まあ、君に注目を集めて私という存在を隠すためだろうがな」
「それはまたどうして?」
いいか、とレイは眉間にまたまた皺を寄せて諭すような口調で俺に言う。
「私は現在森国にいるはずなのだ。実際、転移陣がない状態で王国に居てはおかしいだろう。君が転移の魔術を扱えることを勘付かれてはたまらない。これは私達の国を襲って来た者達に対する大きなアドバンテージとなるからね」
「でも、転移の魔術を使わずとも飛竜などの移動手段があるのでは?」
「あるにはあるが、隠密に移動することが不可能だ。飛竜はどうしても一度中央諸国を経由するからな。
悪いが私は中央諸国、特に教皇国が今回の件に何かしらの件で関わっていると見ている。
秘密裏に移動したとしてもどこから情報が洩れるかわかったものではない」
レイはそこまで言うと、一度茶で口を潤す。
「まとめると今回の私を含めた秘密裏の会合のために王国も要人を集める必要がある。それも信頼できる者達をだ。だが、何もない時に彼らが一度に王城に参上すれば、どこにいるかわからない内通者に様々な情報が洩れる。そこで君を、改めて剣聖としてお披露目する会としてしまえば城に集まるのは何もおかしくはない。……まぁ、最初に前置きしたように全て私の推測だがな」
「……つまり俺は客寄せパンダ役ってわけか」
俺が嫌そうな顔をしている反面、レイは「パンダ?」と俺の言葉の意味が分からず首を傾げていた。
この世界にはパンダはいないようだ。
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