第十話「放課後のお茶会 3」

 俺は焼き菓子を口に入れ、勉強で疲れた脳に糖分を補給しながら話を聞く。

 最初に話題に上がったのは本日から基礎魔術の担当となったレイについてであった。

 

「メリッサがレイ様に噛みついた時は、私ひやひやしましたわ」


 コロコロと鈴の音のような笑い声をあげながらからかうのはリコ。

 身分ではメリッサが公爵として上ではあるが、呼び捨てを許し、歯に衣着せぬ様子からも二人の仲の良さが伺えた。

 リコの言葉にメリッサは顔を赤くする。


「リコ、思い出したら恥ずかしくなるからやめてください」


 恥ずかしさを紛らわすためか、ティーカップを手に取りメリッサは口に含む。

 そんなメリッサの様子をニコニコと眺めるクレア。

 クレアは勉強会が終わるなり、再びお茶の準備をし、今はメリッサの横で仕えていた。


「メリッサ様は身分、出身に関わらず実力を評価されるかたですから」

「実力がある方を評価するのは当然ですわ」


 クレアの言葉に当然よ!と胸を張るメリッサ。

 このお茶会の場にいるものはメリッサがレイの言葉に最初大変反発していことを知っていながらも敢えて口にせず、温かい眼差しを送っていた。

 その後も学校の話題が続く、などと考えていたが違った。

 話題は政治の話に。

 どこどこの領では今年の麦の収穫が芳しくないだの、どこどこの領は誰々が後を継いだだの、どこどこの領では野盗が発生しただの。

 おおよそ学生、それも日本であれば中学生くらの女生徒が話題にする内容ではなかった。

 せめて王都のどこどこのお菓子が美味しいだの、どこの服が可愛い、そういった話をするものだと思っていた。

 当然、政治のことが分からない俺は3人の会話を聞きながら適当な相槌を打つ機械となるしかない。

 そんな中では俺が話題についていけていないのは見る方も明らかであったようで、気を利かせたリコが話題を振ってくれる。

 

「サザーランド領はそれでもさすがですわね。サザーランド公が不在にも関わらずアリスさんのお兄様であるエドガー様が見事統治されていると聞きます」


 ニコニコと優雅にお茶を飲みながらリコは言ってくれたが、俺は答えに窮する。

 何せお兄様なる存在を俺は今初めて知ったのだから。


(公爵家なんだから子供がいないなんてわけないか……)

 

 その辺りを一切説明せず北の遠征に旅立った義父であり師匠であるリチャードに問題がある気もする。

 ……俺もあまり自身の周り事に興味がなかったのも問題であるが後悔しても遅い。

 表情を隠すのが下手な俺はそのまま表情に、つまり困った顔が表に出てしまう。

 今更取り繕うこともできないので正直に告白することにした。


「実は私、養子にはして頂いたのですが師匠――義父以外のサザーランド家の者とは面識がないのです。養子になる前は、アニエス様のご厚意で王城でお世話になっておりましたので……」

「そうでしたか……。てっきり学校を休まれている間、ご実家に帰られているものかと思っていましたわ」

「お、王都に屋敷があるのでそこで療養しておりました」

「なるほど。それもそうそうですわね。サザーランド領に王都から行くには時間がかかりますから」


 王都にサザーランド家の屋敷があるのか知らなかったが、リコは俺の説明に納得してくれたようだ。

 そんな中じーっとメリッサがこちらを見ていることに気付く。


「あの、メリッサ様? 私の顔に何か?」

「いえ……」

 

 少し言葉を濁して、すぐにメリッサは続きを言う。


「サザーランド家の方々は皆銀の瞳を持っておられるので、アリスさんは本当に血縁者ではないのですわね」


 メリッサは瞳を観察していたようだ。

 俺の瞳は元の姿と同じ濃い茶色。

 かつての世界ではよく見る、特徴のない色彩だ。

 

「アリスさんをサザーランド公の隠し子であるという噂を耳にしていましたので、少し気になってしまいました」

「か、隠し子ですか」

 

 義父の不貞が疑われているかと思ったが話を聞いているとそうではなく、彼女たちの価値観では貴族が本妻以外にも女性を囲うのは当然のことであり、別にリチャードを非難しているわけではなかった。

 ただ、義父であるリチャードは珍しく愛妻家であり、妾をとらず、その妻が亡くなった後も後妻は迎えなかったので、アリスという存在が公になったことで社交界で隠し子なのではと楽しい噂話として酒の肴にされた、サザーランド公も公爵家として保険の血筋を残していた、真の愛妻家は国王陛下くらいのものだと社交界の話のネタにされていたようだ。

 ……こういう話を聞いてしまうと俺はサザーランド家の本筋の方々にどう思われているのか恐ろしい気もする。

 真実は俺とリチャードに血縁関係などないのだが、話を聞く限り俺という存在はサザーランド家としては汚点にも思える。 

 リチャード以外のサザーランド家の者と面識がないので会うことは中々なさそうだが、波風たてぬように会わないのがよさそうに思えた。


(それに……)


 本妻やら愛妾といった単語が12歳の、俺の実年齢から下の子達の口から自然と出てくるのは如何なものかと俺は思ってしまう。

 そして自然な流れで結婚の話題に。

 はぁとメリッサとリコの二人は揃って重々しい溜息をつくのであった。

 理由は単純。

 先の災厄により多くの有力貴族の男子が亡くなったからだ。

 貴族としては血筋を残すのは重要なこと。

 今王国では歳の差など考慮せず、まだ成人前であろうと関係なく男は婚約が決まっているのだとか。

 そして当然ながら女性は成人済みの者から決まっている。

 これはメリッサやリコにとっては由々しき事態であるようだ。

 男女比が崩れていることからも、当然未婚の女性が増える。

 先に話題になっていた愛妾といった地位であれば結婚のしようはあるかもしれないが、爵位もちの、それも上の位が実家であるメリッサやリコは本妻としての地位、そして相手にもそれなりの格が求められる。


「家が決めたらしょうがないとはいえ、私は中年貴族の後妻はいやですわ……」

「だとしてもこの様子ですと私達の婚約者が決まる年には上か下かしか残っていないでしょうし……」

「「はぁ……」」


 結婚という単語を聞くと、どうしても先日思いを聞いたラフィを思い出してしまい、やや顔が熱くなるのを感じる。


(……ただ結婚とか考える前に、俺は元の身体に戻れないとな)


 結婚とかを考えるのはそれからだと思う。

 メリッサは行き遅れたくないなと嘆いているのを聞きながら、少し冷めたティーカップの茶を口にふくむ。


「そうそう、王都ではアリスさんとガエル殿下が結婚するべきだとの声が大きくなっていると聞きますよ」

「……っ!???」


 突然のリコの発言でお茶を噴き出しそうになった。


「わ、私と、ガエル殿下が、どうして?」


 ガエル殿下、隣に立つとやたらとキラキラしていたイケメンの友人を思い出す。


「あら、私もアリスさんがガエル殿下のお相手に適任と思いますわ」


 俺の発言を聞いたメリッサは目をぱちくりさせながら、さも当然であるように言う。

  

「ガエル殿下と結婚なんて恐れ多いです……」


 というか男と結婚するとか何の地獄だそれは。

 ガエルも何の罰ゲームだと思うに違いない。


「それこそ、メリッサ様の方が適任ではありませんか? 私はサザーランド家に養子として迎えられましたが、元は平民の出ですし」

 

 メリッサは俺の発言に肩を竦める。


「何をおっしゃいますの。私には確かにラーゼフォードという家の名がありますが、それだけですわ。アリスさんには剣聖としての実力、そして王国民からの圧倒的人気。加えてアニエス様にも可愛がられていることからも王族の方々との関係も良好。強いて汚点を挙げるのであれば、アリスさんがおっしゃた通り家柄の問題ですが、サザーランド家の養子であれば何も問題はございませんわ。私も王国の臣民としてアリスさんとガエル殿下の婚姻は非常にいいことだと思います」

「剣聖様を称える歌に王妃として迎えられる描写も追加されると思いますと、私、その輝かしい未来にうっとりしてしまいますわ」


 逆に本来であればあり得ない身分からの王妃へのサクセスストーリに王国民はきっと熱狂するに違いないと、メリッサとリコはきゃっきゃっと意気投合する。

 お作法とか全然わからないし、こんな田舎娘に王妃なんて務まりませんよと言えば、メリッサが実家のマナー講師を呼びましょうかというので、慌てて夏季休暇中にサザーランド家の者にマナーを教わるので大丈夫だと嘘をつくことになった。

 

(俺とガエルが結婚……?)


 冗談じゃない。

 恐ろしい未来予想図を聞きながら、もしそんなことになったら森国に転移して逃げようと固く決意した。

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