第三十九話「仮面の奥」

(俺を知っている?)


 記憶を遡ってみても、俺に、仮面を被った知り合いはいない。

 そもそも本人が「初めまして」と挨拶した、初対面であるはずではあるが、仮面の言葉が嘘である可能性もある。 

 なにより、見るからに怪しい。

 仮面という要素に加えて、全体的に身体のシルエットを隠すような服、声も中性的で男か女かの区別もつかない。

 わからないが、俺は一先ずそいつのことを仮面野郎と呼ぶことにする。

 確かに、最近王都で俺の名は広まっている。

 しかし、顔を間近で見た人間となると限られるはずだ。

 仮面野郎は俺が剣聖でることを確信を持っている口振りであった。

 思い出されるのはレーレの言葉。


 貴女という存在が、王都を、ひいては王国を滅ぼすのに邪魔だからですよ、勇者様。


(狙いは俺か?) 

 

 一瞬浮かんだ考えを否定するように頭を振る。

 冷静に考えると、もし、狙いが俺であるならば堂々と姿を見せる必要がないからだ。

 レーレが言っていたように、俺を剣聖であると知っているのであればなおさら、正面から攻撃を仕掛けてこないはず。


(しかし、ミスったな……)


 俺は白い敵相手に立ち回ることしか考えておらず、レーレにせっかく教えてもらった「潜む」相手に対する対処が全くできていなかったことを反省する。

 

 人族 レベル35

 それが目の前の仮面に対して知りうる情報の全て。

 決して低いレベルではない。

 むしろ相当な腕利きと見ていいだろう。

 だが、俺を正面から倒せる可能性は低いレベル。

 こうやって目の前に姿を見せた時点で狙いは「俺の命」ではないと断定する。

 だからといって、偶然この霧に居合わした、不幸な通行人Aという可能性もあり得ないが。

 どう考えても怪しいし、この霧とも無関係とはとても思えない。

 油断なく、再度、仮面野郎を観察する。

 ぱっと見た感じ、武器は所持していないように見える。

 あくまで剣といった目立つ武器を持っていないだけだが。

 服の中に短刀といった武器が隠されている可能性は十分にある。

 レベルで判断すれば、仮面野郎は俺の敵ではない。

 抵抗させる隙を与えず、無力化することはおそらく可能だ。


「偶然、この場に迷いこんだわけではないですよね?」


 いつでも抜刀できるよう、柄に手を触れながら、確認のために問う。


「まあまあ、そう警戒しないで下さい。

 確かに貴女の言う通り、私は偶然この場に居合わしたわけではないですね。

 ただ誤解しないで頂きたい。

 決して、あなた達を害そうとした意図はありません」

「その言葉を、はい、そうですか、と鵜呑みにできるとでも?」


 俺を剣聖であると知りながら、不意討ちという手段を用いなかったことから、一応は仮面野郎の主張に納得できなくもない。

 だからといって全幅の信頼を寄せることができるかと問われれば、答えは迷わずNoである。


「まぁ、無理ですよね」


 仮面野郎は苦笑しながら、俺の意見に同意する。

 そもそも、仮面野郎からすれば、俺が信用しようが信用しまいが些細な問題なのかもしれない。

 俺にとっても重要なのはそこではない。


「お前はここで何をしていたんだ?」


 単調直入に問う。

 答えは無言。

 さらに言葉を加える。


「あんたが登場してから、白い魔物もでなくなったな」

「怖い怖い。そんな顔で睨んでいては、せっかくの可愛い顔が台無しですよ」


 仮面野郎はおどけた口調で、肩をすくめる。


「ご明察の通り。私が召喚していたからですよ」

「認めるんだ」

「ええ。否定したところで、私に向けられた疑いを晴らすことはできませんからね。

 なら素直に認めてしまった方がいい。

 それに、先程も言いました通り、私は決してあなた達を害そうとした意図はありません」 

「――!」


 俺は息を呑む。


(いつの間に!)


 仮面野郎の背後に突如として、白い魔物が二体現れた。

 いや、違う。

 現れたのではない。

 召喚したのだろう。

 だが、白い魔物は俺の想像とは異なる動きをみせる。

 最も近い人に向かい、音もなく、得物を振り下ろしたのだ。

 すなわち仮面野郎に対して。

 危ない、と声を上げるよりも早く。


「この子たちにはあるのは、破壊衝動のみ。命令など聞きませんよ」


 涼しい声で告げ、仮面野郎は指を一度、パチンッと鳴らした。

 音と同時。

 地面が隆起し、土で造られた槍が二本現れた。

 白い魔物の赤い瞳を貫く。

 魔術だ。

 槍に貫かれた白い魔物は霧散する。


「自分で召喚して、自分で倒した?」

「ええ。これで私が意図してあなた達を襲っていたわけではないことを理解していただけましたか?」


 その行動に理由を探すが、全くわからない。


「先程、私がここで何をしていたかと問いましたね。

 友好の証としてお教えしましょう。

 別にこの白い魔物、私達は霧の鬼ミストオーガと呼んでいますが、これら召喚するのは一つの手段に過ぎません」

「……」


 俺は黙って、仮面野郎の言葉に耳を傾ける。

 私達と表現したということは、この謎の白い魔物、霧の鬼について知っている者は複数人いることが推測できた。


「目的はこの場に出現した魔力溜まりを払うことにあります。

 剣聖殿も魔術の心得があるのであればよく知っていると思いますが、自然発生した魔力溜まりを消すのは非常に難しい。

 このまま放置しておけば、魔物が次々と沸いてきます。

 これは非常によくない」


 過大評価してくれているようだが、こちとら王都学校の一年生。

 別に魔術の専門家であるわけではなく、素人に毛が生えた程度の知識しか有しておらず、持っている知識も非常に偏っている。

 だが、仮面野郎の言葉から、視界を覆う霧が魔力溜まりということがわかった。


「ただ、ちょっと魔術で干渉すれば、魔力が実体化。魔物とも言えない中途半端な、半精霊とでもいうべき霧の鬼の完成です。

 図体はでかいですが、魔術で倒すのは容易。

 時間はかかりますが、これを繰り返せば、魔力溜まりを消すことができます。

 本当であれば私が処理するはずである霧の鬼を倒して下さって、剣聖殿には本当に感謝しているわけです。

 ですので、このように直接お礼を言いに来た次第。

 どうです? 納得してくださいましたか?」


 仮面野郎の言葉を吟味し、俺は言葉を発する。


「納得できないな」

「それは、非常に残念です」

「仮に、あんたが善意の行いで魔力溜まりを処理していたとしよう。

 だとしたら、意図してないとはいえ、何で私達や他の冒険者が霧の鬼に襲撃されているのを看過した?

 あんたにとって、霧の鬼をあいてするのは造作もないことなんだろう? 想定より一度に多くを実体化させすぎたなんて言い訳はなしだぜ」


 目を細め、仮面野郎を睨む。


「うん、やっぱり無理がありましたか」


 あっさりと、


「なら本当の理由を話してもらおうか?」

「残念ですが――」


 仮面野郎が流れる動作で指を再び鳴らそうとする。

 俺は踏み込む。

 指の音が、先程見せた魔術の発動に紐づいていると考えたためだ。

 そうはさせない。

 瞬く間も与えない速度で接近。

 仮面野郎の右腕を斬り飛ばした――はずだった。


「なっ……!?」


 先程まであった仮面野郎の姿はそこにはなかった。

 刀が空を斬る。

 どこに消えた。

 混乱する。

 そんな俺をよそに、声だけが響いた。


「今日は自己紹介までに。また、機会があったらお会いすることもあるでしょう。

 機会があればですが」

「くそ、逃げられたか」


 悪態をつく。


「最初から、姿を見せたのは幻影だったのかもしれないね」

「青は気付いていたの?」

「残念だけど、気付いたのは君が斬りこんだときだよ」


 そして気付く。

 先程まで、あれほど濃く、視界を潰していた霧が晴れていた。

 どうして、との問いを飲み込む。

 霧とは別に、大きな影が俺を飲み込んでいた。

 顔をあげ、呟く。 


「このための時間稼ぎか」


 やられた。

 会話などしている場合ではなかったと後悔する。

 影の主、白い大蛇が鎌首をもたげ、赤い瞳が俺を捉えていた。

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