第十四話「嘘から出た実 4」
着せ替え人形役を終えた俺は城を後にすることにした。
レイが参加している会議はすぐに終わるものではなく、結構な時間がかかる。
加えるのであれば、王国の重鎮と森国の客人であるレイとの懇親会がその後予定されており、今日中には終わらないことをローラから聞いた。
一応、俺にも参加するかどうか聞かれはしれたが丁重にお断りした。
ローラも答えは予想していたようで、特に引き留めることもなく、すんなりと俺の意思を尊重してくれた。
というわけで、城での用事を終えた俺はとっとと寮に戻ることにした。
転移で戻っても良かったのだが、まだ日が沈む時間まで大分余裕もあるので、自らの足で戻ることにする。
正面の大門から出ては、謁見の時に来ていた服よりも現在着ている服がいくらカジュアルなものとはいえ、逆にそれが現在の俺との容姿が加わり、余計に目立つことは簡単に予想できる。
なので王城で働く者たちが使う裏門からこっそり出た。
「うーん、疲れた!」
『マスターは特に何もしていないですがね……』
「気持ち的な問題で疲れたんだよ」
城から少し離れたところで大きく伸びをする。
ローラが着付けてくれた服は白いブラウスに簡単な刺繍が施されたデザインで、下は涼し気な淡い緑色のフレアスカート。
髪型は今朝のメイドにリクエストした首筋にかからないとの要望をローラはどこで聞いていたのか、俺の意に沿ったものへ。
ただ、先程とだいぶ趣がことなる。
今の髪型は首の左右から髪を垂らした所謂ツインテールと呼ばれるものだ。
ツインテールというと日本のアニメ知識でツンデレキャラによく見かける髪型を想像してしまうが、スタンダートな頭の上部分を結ぶものではなく、下の方で髪を結んだ髪型で、いつもとは一味違う落ち着いた雰囲気に仕上がっていると思う。
ローラさんグッジョブっと心の中で賞賛を送る。
「ちょっと寄り道でもして帰るかな」
『目立ちますよ?』
「……目立つかな?」
歩みを止め、スカートの端をつまんで、今の自身の姿を見返してみる。
先程着ていた服に比べれば遥かに地味だと思うが。
『マスター、周囲をよく見てください』
「んっ」
今俺が歩いているのは東門へと続く大通りから一本外れた通り。
大通りに比べれば人通りは少ないが、それなりの人数が行き来している。
そんな中、ヘルプの忠告に従い、周囲を見てみると。
「おいおい、あの娘」
「どこかの貴族の御令嬢かな?」
「だったら周囲に御付きのものがいそうなもんだが」
「もしかして迷子か?」
「俺、ちょっと声かけてみようかな」
めっちゃ注目されていた。
なぜ。
『デザインはシンプルかもしれませんが、マスターが着ている服は傍目から見ても高級品であることが想像できますから……』
確かに、今通りを歩いている人の服を観察してみると、なるほど。
ヘルプの言う通り、デザインこそシンプルかもしれないが太陽の光を浴びればキラキラとした光沢を帯びた生地の服を着ている者は見当たらない。
目立ってる。
すごく。
聞き耳をさらに立てていれば。
「ん?私は彼女に見覚えがあるぞ? 彼女、いえあの方は剣聖様じゃないか」
「嘘だろ? こんな街中にどうして?」
「にしてはずいぶん幼い」
「なんだお前さん、知らんのか。現剣聖様はな――」
なんて会話をしている、ちょっといい服を着た商人の声が聞こえてきた。
ひいいいいい、ばれる。
俺は足早にその場を離れることにした。
通りからさらに路地を曲がる曲がる。
なるべく人目のつかないようにしながらこそこそと移動するのであった。
「あやうくばれそうだったんだけど。というか何で俺の人相というか容姿が知れ渡っているんだよ!?」
『マスターの黒髪は珍しいですからね』
「サチちゃんとかジンさんも黒髪じゃん……」
『それでも珍しい部類ですから』
「髪を隠す帽子かぶっとくべきだったな……」
やっぱり転移しようかとも考えたが、レイに誰が見てるともわからぬ場所でむやみやたらに使うなと釘を刺されていたので、悪いことをしているわけではないのにこそこそと小走りで街を抜け、学校の敷地へと戻るはめになったのだった。
◇
王立学校の敷地内に入るには、手続きが必要だ。
といっても学校に通う生徒は入学時に与えられるバッジを門番に渡して、魔術具で照会すれば完了だ。
「アリス様、お待たせしました。バッジをお返しします」
「はい、ありがとうございます」
お礼を述べ、学校の敷地内へと入っていく。
ここから更に歩くこと十数分。
ようやく寮が立ち並ぶ区画へとたどり着いた。
区画の少し外れに俺やアニエスが暮らす寮がある。
多くの生徒が暮らす寮ではあるが、俺と違って他の者は現在試験に挑んでいる時間。
靴が踏みしめる石畳の音以外何も聞こえない。
閑静な通りを抜け、ようやく目的地の場所が見えた。
「ん?」
暮らす寮の前に見慣れない馬車が停まっていた。
それも馬車の造りがかなり豪華な装飾が施されていることから、この主はかなり高位の貴族であることが予想できた。
(アニエス姉さんのお客様かな?)
試験直前まで王城で公務に励んでいたので、そのあたりの関係だろうか。
ゆっくりと近づくと、馬車の側に控えていた御者が俺に気づく。
背筋をピンと伸ばし、綺麗な一礼。
「アリス様でございますか?」
「そうですが?」
髪が短く切りそろえられていたが、声音から御者が女性であることに気づく。
御者はホッとした表情を浮かべ、言葉を続けた。
「突然の訪問で申し訳ありません。我が主がどうしてもアリス様に会いたいと我儘、こほん。アリス様に会いたいと仰せでして、予定も確認せずに参ってしまいました。少しお時間を頂けないでしょうか?」
「はぁ。私は構いませんが?」
本音を言えば突然押しかけてきた貴族との面会なんて御免であるが、お断りすると余計にめんどくさそう。
ついでに目の前の御者さんから滲み出る苦労しているオーラで首を横に振ることができなかった。
「それは良かった。ソフィア様、アリス様が――」
馬車の入口に周り込み、声を掛けたタイミングでちょうど扉が開かれた。
御者は扉に痛打され、「はぅっ!」と涙目になりしゃがみ込む。
そんな光景にどうするべきかと目を点にしながら眺めていると、馬車から主が出てきた。
その人物を一言で表すなら女神であった。
太陽に照らされた髪は白銀。
ただ馬車のタラップから一段一段降りてきている、それだけの動作であるはずなのに思わず見惚れてしまう。
一つ一つの挙動が、作法に疎い俺でも洗礼されていると理解できてしまった。
そして地面に降り立った女神は俺の方を向く。
「初めまして。私の名はソフィア・サザーランド」
「サザーランド……?」
「ええ、アリス。つまり私はあなたの義姉になります」
そう名乗り、ソフィアはニコリと微笑んだ。
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