第一話「新任教師 1」

 チュンチュンという鳥の鳴き声が聞こえる。

 王立学校の敷地内にある寮。

 その中でも限られた身分の者しか住めない寮の最上階が今の住まい。

 正確にはこの国のお姫様であるアニエスの為の部屋だ。

 そのベッドで俺は目を覚ます。


「ふわぁ~」


 大きな欠伸を一つしベッドから這い出ると、部屋に備えられているテーブルで丸まっている青い物体に声を掛ける。


「青、おはよう」

 

 ふかふかの羽毛。

 今はこんな姿であるが、実は竜というお伽噺の存在。

 俺の挨拶に右翼をパタパタと振るだけで動かない姿は、ただの家猫と変わらないように見えるが。


「着替えるか……」


 何とも適当な青の返しをやや不満に思いながら、今日から久しぶりに学校へ行くための準備を始めるのであった。

 俺達が森都より王都に帰還して三日が経過した。

 アニエスは与えられた役割、転移陣の再構築の協力依頼。

 これに関して見事、アニエスは森国からの協力を取り付けることに成功した。

 その報告のために帰還して早々にアニエスは王城へと戻っていった。

 森国の要人であり、その転移陣の再構築に協力してくれるレイもアニエスと共に王城へ。

 俺はというと、今回はただの運搬役テレポータ

 王城に行く理由がない。

 たまたまラフィと森都を観光しており、帰還に際して急ぐとのことで協力しただけの関係だ。

 森都で起こった女王様襲撃から森都で起きた事件に関して、俺はなんらかかかわりがない。

 あれはたまたま森都に居合わせた勇者ナオキが助力してくれただけだ。

 森都の魔物除けの役割として置いて来た竜である赤に関しても、勇者ナオキが協力してくれるよう赤にお願いした、そういう話になっている。

 それらは俺がワインをぶっかけられて風邪をひいて寝込んでいる間に起こった出来事であり、アリスという名の俺は何も関与していないわけだ。

 ……勿論、俺の正体を知っている国王陛下にはばればれの話であるが、レイから語られる森国で起きた事の顛末、その話を王国の他の者はそのまま受け入れることだろう。

 そんなわけで、アニエスとレイを送り届けた俺とラフィは王城に向かうことはなかった。

 森都で色々あり、ゆっくりラフィと話すことができなかったので、ようやく少し話す時間がとれるかと思っていたのだが。


「ナオキは早く寮に戻るべき」「学校の方も大分落ち着いたでしょう」「サボリは駄目」「アニエス様に怒られるよ」「またね」


 と一方的に告げられ、ラフィはそそくさと去ってしまったのだ。

 ……俺何か機嫌を損ねることでもしたかな?

 そんなわけで俺は一人寮へと帰ってきたが、ちょうど休日であった為何をするわけでもなく青と同様ゴロゴロと過ごしているうちに休日が終わり、今日に至ったわけだ。



 ◇



 寮から一歩外にでた俺は、この元凶である頭上の太陽を恨みがましく睨む。


「暑い……」


 森都の旅より戻った王都はすでに夏。

 動かなくともじんわりと汗が滲む季節になっていた。

 こっちの世界に来て感じる本格的な夏だ。

 災厄の為に旅した旧帝国領は北国ということもあり年中涼しかった。

 加えて、数日前まで滞在していた森国も、常に穏やかな風が吹いているため、まだ快適に過ごせていただけに、王都の夏は過酷に思える。


(あっち(日本)の夏よりは全然ましなんだろうけど……)


 文明の発達したあっちの世界では暑い日は屋内で冷房の効いた生活に慣れていた身体だ。

 暑いものは暑い。

 日本の夏と異なり、蝉の音は聞こえないのに僅かながらの物寂しさを感じはするが。

 そんなことを考えながら、重い足取りで学校へと向かうことにした。


「これは正解だったな……」


 今日の髪型は後ろにまとめ、アニエスに貰った髪留めをつけただけの非常にシンプルなものである。

 首元に風が当たるので、まだ暑さに耐えられる。

 長い髪をそのまま垂らした状態で、この炎天下の中を歩くと非常に鬱陶しかったことだろう。

 

(この髪型でもアニエス姉さんに見られたら咎められそうだけど……)


 貴族の女性にとって、髪というものは大事なステータスの一つ。

 如何に美しく魅せるかはとても重要であり、今の俺みたいに乱雑な縛り方をしていれば眉をひそめられることだろう。

 多少は一人で髪を編み込むことができるようになったがとても時間がかかるのと、やはり見えにくい後頭部を上手に編むのはまだまだ鍛錬が必要だ。

 今日は開き直り、まとめて縛って終わり。

 シンプルであり、今日のような日は首元に髪があたらず非常に快適だ。

 アニエスに咎められたら「だったら髪を切る」とごねる方向でいこうと固く心に誓う。


「あれ、アリスちゃん?」


 そんなどうでもいい決意をしていると突然背後から声を掛けられ、一瞬びくっと反応する。

 振り向き、その声の主が顔見知りでありほっと胸を撫でおろす。


「おはようございます、エルサさん」

 

 赤髪の少女の名はエルサ・ルシャール。

 アリス、そしてアニエスの友達だ。

 快活な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「おはようー! 何だか久しぶりだね。身体はもういいの?」

「ええ、お陰様で……」


 体調を崩して学校を休んだ、そういうことになっているのであった。


「寮にお見舞いにいったけど、誰もいない様子だったし。どっか別荘のほうで療養してたの?」

「そ、そんな感じです」

「でも元気になってよかったね! ちっこいのにすごいんだから」


 にかっとエルサは笑う。


「ま、それにアリスちゃんが休んでいる間、求婚やらで追いかけまわしていた馬鹿どもも反省して、学校内で無暗やたらと貴女に近づかないという暗黙の了承みたいなのが出来たから、少しは穏やかに学校生活を遅れるはずよ」

「それは助かります……」


 心の底から思う。

 今の時間、すでに暑さは振り切っているが、登校するにはやや早い時間。

 この時間を選んだのは勿論、学校に着くまでになるべく人目に付きたくなかったからだ。

 剣聖になった後に行った学校は軽いトラウマ。

 なので、先程声を掛けられた時は思わず身構えてしまったものだ。

 声を掛けた主がエルサでなかったら返事をすることなく逃げ出しただろう。 

 そんなことを考えている俺をじーっとエルサが見ていることに気付いた。

 その意味がわからず首を傾げると。


「ねえ、アリスちゃん。その恰好暑くない?」

「ん?」


 そういったエルサの恰好を改めて見て、俺は初めて気づいた。

 暑さのせいか、恥ずかしさの為か。

 俺の顔は若干赤くなっていたことだろう。


「……夏服、あったんですね」


 エルサの恰好は半袖であり、俺と比べると格段に涼し気な恰好。

 暑い暑いとは思っていたが、この季節に変わらず長袖ブレザーを着こんでいた俺がおまぬけさんであった。

 ……だって誰も夏服の存在を教えてくれなかったもんと言い訳をしておく。

 

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