第三十九話「夜会会場へ」
馬車は森都の中央へと向かっていた。
茜色に空が染まるにつれて、世界樹が薄っすらと淡い光を発光しているのが馬車から観察できる。
ラフィと久しぶりの二人きりであったが、この前の騒動から少し日が空いたこともあり、ギクシャクとした雰囲気は霧散しているように感じる。
ただ、どうしても意識してしまうのは仕方がない事だろう。
外の景色を眺めている、という体裁のまま、ラフィの方に顔を向けず口を開く。
「会場ってどこなの?」
実は全ての段取りを人まかせにしていたため、今回の夜会がどこで行われるのかということさえも分かっていなかった。
メイド仕事に一生懸命であり、他の事を気にする余裕がなかったということにしておこう。
知っている事といえば、ラフィの実家でローラから聞いた、王国と森国の親交を深めるための会であるとのことくらいである。
「ユグドラシル城」
俺の呟きに、隣に座るラフィから簡潔な答えが返ってくる。
「そりゃまた立派な場所でやるんだな……」
どのような所か具体的なことはわからないが、城という名称がついているのだ。
何の知識がない者でも、なんとなくすごそなうな場所であることくらいはわかる。
「アニエス様も参加される国と国との大事な場所なんだから当然」
「でも森都にお城ってあったけ?」
ラフィの口から出て来た言葉に、はてと首を傾げる。
記憶を遡ってみても、森都を散策した際に、城と呼べるような目立つ建物を見た覚えがない。
「中心部に壁があったでしょ」
「あったあった」
「ユグドラシル城はその中にあるの」
なるほど、道理で森都でお城を見た記憶がないわけだ、と納得する。
ラフィの言葉通り、馬車は森都の中心部へと進んでいき、やがて壁の前へ。
ゆっくりと壁を沿うように走り、城門とでもいうべき場所に辿り着いた。
馬車が門の前に停まると、騎士が近づいてくる。
御者が紙を見せ、一言二言交わした後、通行許可が下りたようで、馬車は再び走り始め、壁の中へと入っていく。
壁の中に入ると視界を遮るものがなくなったことにより、世界樹の巨大な幹を真正面に見ることができた。
やはり遠くで見るのと、こうして近くで見るのとでは迫力が桁違い。
呆けたように口が開くのを閉じることができない。
その下に白亜の建物が見えることに気付く。
周囲に他の建物が見えないことから、あれがユグドラシル城なのだろう。
だが想像していたのとは違い、城というより宮殿といった言葉がしっくりくる。
見慣れた景色である王国の城は、王都内であればどこからでも中心部にそびえる尖塔が見えたりと、巨大であり、非常に目立つ造りをしていた。
だがユグドラシル城は遠目からでも比較的簡素な造りに見えた。
もちろん巨大な建物ではあるが。
特徴を示すのは真っ白な外観であることくらいだ。
そのことを率直にラフィに「もっとゴテゴテした建物をイメージしてた」と話したところ、ラフィは俺が何を想像していたかは理解し、その理由を説明してくれる。
「私達の国の象徴は世界樹だから。わざわざ目立つ建物を建築する必要がなかったの」
説明になるほどと納得する。
世界樹という国の象徴が元から存在しており、わざわざ国の威光を示すような建物を建造する必要がないのだ。
やがて馬車は城の前に停まり、ラフィが先に降り、それに俺が続く。
「ようこそお越し下さいました。失礼ですが招待状を拝見しても?」
馬車が停まると、側に控えていた
建物の前で一直線に騎士が居並ぶ姿は壮観である。
それだけでなく、周囲を見れば、壁の周囲と同様に騎士が巡回している姿も確認でき、騎士の多くがこの会場に配備されていることがわかった。
そして皆、長耳族の者だ。
王国と森国が合同で開催する会ではあるものの、場所は森国であるため、森国主導で行われるので当然と言えば当然の光景かもしれない。
騎士の言葉に従い、俺達はそれぞれアニエスから貰った招待状を見せる。
それを騎士は確認すると招待状を返してくれる。
「ありがとうございます。それではこちらへ」
騎士はエスコート係も兼ねているようであった。
そうこうしている短い間にも次の馬車が到着し、列からまた一人騎士が進み出て、同じように応対しているのが見てとれた。
前を進む騎士に俺とラフィはついて行く。
建物の中に入り、巨大な廊下を進む。
(人のいない東京駅みたいだな……)
数十人が横に並んでも余裕がある廊下。
そんな中を3人だけで歩いて行く。
また石柱が立つ場所には当然のように騎士が立っており、歩きながらどうしても背筋が伸びてしまう。
ようやく一つの扉の前に着く。
扉の両脇に立つ騎士の手により扉が開かれた。
扉が開かれたことにより中より涼やかに奏でられる音楽が耳に入ってくる。
「では、私はここまで。今夜はお楽しみください」
騎士が一礼し、去っていき、俺達は会場へと足を踏み入れた。
広々とした空間。
高い天井には天井画が色とりどりの筆で描かれている。
絵に対する教養は深くないが、思わず目を奪われるものだ。
描かれている内容を正しくは理解できないが、精霊と人の交流を描いていると思われる。
「アリスこっち」
いつまでも扉の前で突っ立っていては邪魔になる。
ラフィに促され少し壁際へと移動。
視線を天井から下へと戻し、改めて会場を見回す。
すでに俺達以外の多くの参加者が中におり、各々談笑に興じていた。
そこでようやく、俺は重要な事に気付いた。
(騙された……)
そう、今居る場所は
俺が勝手に期待していたビュッフェ形式の料理といったものはどこにも見当たらない。
飲み物と、おつまみ程度のものが準備されているが。
何故このような思い違いをしたのか。
そもそも以前招待されたフェレール商会のパーティが料理をメインとした催しであったこと。
着ていくパーティドレスの話をしたときに、ローラがメイド服では会場で料理を食べれないという話をしたこと。
いつの間にか夜会 = 色んな料理が食べれる! と思い込んでいたのだ。
(やられた……)
今回の夜会がダンスメインであることを俺に話せば、参加を渋るであろうことは容易に想像でき、意図的にローラが情報を伏せていたのは確実である。
ちょっぴりテンションは下がり、脳裏には何も言わず、ただニコニコと微笑むローラの姿が浮かぶのであった。
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