第三十八話「夜会準備」


 メイド業務に精を出していたら、夜会の日まであっという間であった。

 元男の俺としては、服を着て、多少見目が良いように髪をセットすれば準備完了くらいの感覚であるがそうはいかない。

 ドレスを着つけてもらうのにも時間がかかり、髪をセットするのにもそれはそれは時間がかかる。

 今後、この姿のまま年を重ねればさらに化粧の必要、さらには装飾品の合わせなども出てくるということ考えると、いつまでもこの姿ではいられないという危機感を若干募らせる。

 そんな理由で、と思うかもしれないが割と重要だ。

 というわけで、午前の業務が終わり、昼食を終えた俺は着替えの為に、同僚のメイド3人の手により、強制的に部屋へと連行された。

 ローラの指示によるものだ。

 俺が何も言わなくてもただ立っているだけで、メイド服は剥がされ、夜会に着ていく服に着せ替えられた。

 最後は鏡台の前に座らされ、なされるがままに、身を任せる。


「これでよし!」


 当たり前のように俺の髪をいじり、満足気な声をあげるのはメイドではなくアニエス。

 服への着せ替えが終わったところで当たり前のようにアニエスが俺のところを訪ね、髪のセットを買って出たのだ。

 この屋敷でアニエスの言葉に異を唱えられるものなどいないので、当然のように俺の髪をアニエスがセットすることになった。


「ありがとうございます、アニエス姉さん」


 お礼を述べ、鏡の前の姿を確認する。

 未だに鏡に映る自身の姿には違和感を覚えずにはいられない。

 そんな戸惑いの表情を浮かべた少女の本日の髪型は、長い黒髪を編み下ろしたダウンスタイル。

 いつもは嬉々として、アニエスと同じ髪型にされるのだが、本日のアニエスは違う髪型だ。

 夜会ではあくまで、ラフィの知り合いであり、そんな者がアニエスと同じ髪型をしていてはどういった関係か疑われてしまう。

 と、ローラに言われて渋々アニエスが承諾した。

 そのローラは現在ラフィの着付けを手伝っている。

 こうやって考えても、俺の着付けはメイド3人掛かりでやってるのに、1人でこなすローラはやっぱりすごい。

 セットした髪に仕上げとばかりに、アニエスの手によりラフィから貰った髪留めを付けてもらう

 白い花と赤い木の実で構成されたもの。

 この髪留めを見れば、その者が誰の関係者かが分かるという代物らしい。

 因みにアニエスは付けていない。

 というのも、これは森国独自の文化であるためだ。

 何でも花は架空のもので、ラフィの家紋のようなものであるとのこと。

 今日の俺はあくまでラフィの弟子という体で参加するのだからという理由で貰ったというわけだ。

 また、木の実はその者がまだ未成年であることを示す。

 森国でも15歳を過ぎれば成人と見なされるので、本来の年齢であれば俺は成人しているのだが、それは言うだけ無駄であろう。

 ラフィの説明を受けて、男も髪留めを付けるのかとの質問をしてみた。

 男は髪留めではなくブローチを服に付けるのだとか。

 何だかこっちの世界での俺の私物は女性もの一色になりつつある、というか女性ものしか持っていない。


(これ男に戻った時どうするんだ……)


 その時はその時考えるしかないと諦めよう。


「アリス、準備できた?」


 声のする方へと振り向くと、扉からラフィと、続いてローラが入ってきた。

 普段は見慣れない、パーティドレスを身に纏ったラフィ。

 まじまじと、そのドレス姿を観察してしまう。

 

「ラフィのドレス姿初めて見た」


 白を基調とし、ラフィの髪色に近い青でラインが入ったデザインだ。

 時間がないとのことで既存の服を買ったと聞いていたが、オーダメイドしたのではと疑ってしまうほど、よくラフィに似合っていた。


「あ、あんまりじろじろみないで」


 やや顔を赤らめる。


「うん、ラフィによく似合ってるよ」 

「……っありがとう」


 率直な感想を口にしたら白いラフィの顔は真っ赤に染まる。

 割とこういった表情のラフィはこれまで見れなかったのですごく新鮮。

 照れている姿も可愛いと思う。

 

「アリス様も準備はよさそうですね?」

「はい」

 

 ローラが緩やかな笑みを浮かべながら、ただ眼光だけは鋭く、俺の服、髪に問題がないかをチェックする。

 髪型はアニエスの手により仕上げられ、着ているドレスはメイド――エマに着せて貰ったので完璧だ。

 ……俺が自分でやったところがほとんどない。

 これが当たり前の世界なので仕方ないということにしておく。

 今日の俺はというと、ラフィと似たデザインの服を着ていた。

 剣聖の時に着る服よりも装飾は少なく、シンプルなものである。

 そして当然のように初めて着た服であるはずなのに、どこも手直しが必要ないほどぴったりであった。

 ローラさん、恐るべし。

 因みにアニエスの服も白を基調としたものであるが、俺が着ている服と違い、細やかな刺繍があちらこちらに施されており、全体的に煌びやか。

 並みの者が着たら成金趣味で悪印象を与えそうなのに、アニエスが身に纏うと不思議なことに可憐な服となり、まさにお姫様らしい服となるのだから不思議だ。

 こちらも先程、「素敵です」と思ったままの感想を口にしたらアニエスも嬉しそうにしていた。

 そんなことを考えていたら、フリーズしていたラフィがようやく再起動したようだ。

 改めて俺の姿を見て、言葉を口にする。


「うん、ア、アリスも大丈夫そうね。アニエス様、ありがとうございます」

「お礼なんていらないですよ! これは私の趣味ですから」


 アニエスは胸を張り主張する。

 

「ではラフィ様とアリス様は先に馬車に乗ってください。私共は少し後に参りますので」


 こうして俺達は馬車へと乗り込み、夜会会場へと向かう。

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