第三十七話「噂話」
次の日。
アニエスは本日公務とのことで、朝食を食べるとローラと共に出掛けて行った。
ラフィは自室で読書でもしてるとのこと。
俺はというと、メイド勤務二日目。
昨日と同じように午前は各部屋の掃除を行い、終わったら厨房へと向かう。
フィオナと食材を下ごしらえしながら雑談にふけっていた。
内容は主に昨日作ったアイスの作り方、ついでにジャムにも興味をもって貰えたようだ。
砂糖をけっこうな量が必要である点を話したところ、若干顔を引きつらせていたが……。
そんな中、フィオナが聞いてくる。
「アリスちゃんってさ、アニエス様の側近候補なの?」
「側近ですか?」
包丁の動きを止め、首を傾げながら返答する。
「違うと思いますよ」
側近というと偉い人で、もっと偉い人の腰巾着というイメージ。
アニエスに慕われてはいるが、仕えているのとはちょっと違う気がする。
それに一国の姫であるアニエスの側近となれば家柄に加えて知識、礼儀作法といったものも必要になるであろう。
生憎と俺は貴族に関する知識には薄く、礼儀作法を何も知らなく、側近候補とはほど遠い位置にいる存在だ。
「何々、何の話してるの?」
ちょうどそこに、朝の仕事を終えたシンディが厨房へと入ってくる。
「アリスちゃんはアニエス様の側近候補なのか聞いてた」
「あー、なるほど。アリスちゃんが側近候補なら、フィオナはアリスちゃんを始末する気なんだね」
「違うわよ!」
ケラケラと笑いながらシンディは軽快な足取りで、俺の横へと陣取り、皮むきを始めた。
「私、アエニス様には良くして貰っていますけどお世話しているというより、お世話になっているような……?」
一応立場もあるのでここでは姉さんとは呼ばずに様付けでアニエスのことは呼んでいる。
本人に言ったら「何だか距離感を感じる」と不評であったが、立場があるので我慢してもらうしかない。
「そもそもアニエス様とアリスちゃんってどういう関係なの? というか知り合い?」
「それは私も気になった! 昨日のおやつの料理もそう。アニエス様は普段からアリスちゃんの料理を食べているような口ぶりだったし」
その疑問を口にした二人は手の動きをとめ、俺の方を見てくる。
(どうやって答えればいいのやら……)
あまり正直に答えていると、色々と口を滑らせそうだ。
(公爵家の養子であることは既に二人も知ってるし。後隠しておいた方が良いと思われる情報は俺が剣聖であるということくらいか?)
勇者であるという情報も当然だが、こっちに関しては口にしたところで誰も信じないであろうことのため、考えてみると俺がペラペラと口を開いたところで、この屋敷の人相手であれば特に問題ないような気がしてきた。
なので、正直に答えてもいいだろうという結論に至る。
「アニエス様とは学校でお世話になっているのですよ」
「学校って王立学校?」
「そうです」
俺の答えにシンディは「うん?」と首をひねる。
「アリスちゃんって何歳?」
「十歳ですが?」
「待って。王立学校って十二歳からだよね!?」
そうであった。
最初こそ騒がれてはいたが、最近は自分が学校に通っていることに対して何も特別なことはないと思っていた。
慌てて言葉を探す。
「えと、何か特別に許可を貰えました」
シンディは驚嘆の声をあげる。
「すご。家柄よし、王立学校にも入学できる才女。しかも、サザーランド家に迎えられるほどの魔術の実力の持ち主。加えて、可愛く将来は美人になること間違いなしときた。こりゃ、私達じゃ勝負にならんな。フィオナ、側近は諦めよう」
「別にそんな対抗意識を燃やしてないわよ」
「昨晩あんなにアリスちゃんの料理が美味しかった、悔しいって言ってたじゃん」
「わーわー! それはまた別の話! アリスちゃん誤解しないですね」
「でも、こうやって言葉を並べてみると、アリスちゃんて側近候補っていうより……」
「側近候補というより?」
「何ですか?」
「ガエル殿下の婚約者候補?」
「はい?」
俺は困惑の声を上げる一方、フィオナはシンディの言葉に喜色の声を上げ、賛同する。
「アリスちゃんなら確かに」
恋バナ好きは世界共通のようで、フィオナは目を輝かせる。
「それに、フィオナ。私思い出したのよ」
「思い出した? なにを?」
「ガエル殿下が女の子をお城に連れてきて囲んでるって噂、ほら」
話に若干置いてきぼりにされながら、シンディの言葉でフィオナが俺のことをじーっと観察して、何かを思い出したように叩く。
「ああ、なるほど」
「フィオナもそう思わない?」
「確かに」
「あの……、噂って?」
数か月前、お城で見習いとして働いている者達の間で噂になったという話をシンディが教えてくれる。
どこからか連れて来た黒髪の少女に部屋を与え、ガエル殿下が毎日のように通っているとの話であった。
火のない所に煙は立たないとはよく言ったもので、時期的にもその話の少女は確かに俺が合致してしまうし、事実その噂の少女は俺で間違いないであろう。
ただし、目を輝かせて話すシンディが噂から想像しているような色恋話ではなく、呪いによって倒れた俺を毎日ガエルが見舞いに来てくれていというのが真相であるが、説明するだけ無駄であろう。
何でもガエルはすでに結婚していてもおかしくない年齢でもあるにかかわらず、未だに婚約者の一人もいない状況。
縁談の話は数多くあるはずなのにだ。
……まぁ、縁談やら婚約やらの時期にタイミング悪く災厄が訪れ、色々と話が流れたようであるが。
そんな中で災厄が終息し、ガエルが王国へと戻り、さらに女性を連れて来たとの噂。
遂に意中の女性が現れたのかと、城内では当時大変話題になったようだ。
「で、で、アリスちゃん。噂の真相はどうなの!?」
シンディが目を輝かせ聞いてくる。
「噂になっているとは知らなかったです。確かに、時期的にその話は私のことでしょうね」
事実である部分は素直に認めることにした。
俺の言葉を聞いた二人は期待に目を輝かせるが、ここから先は面白くない話だ。
「ただ、私が城にいたのは、その療養のためです。ガエル殿下のご厚意で」
「療養?」
「はい。その私は元々、勇者様達に災厄から助けて頂きまして……」
やや俯き加減に、語彙をしぼませながらしゃべる。
傍から見たら思い出したくないことを思い出し憂いている姿に見える、はず。
話した内容に間違いはないが、事実は療養などではなく、災厄の主たる
だが、これは話すわけにもいかず、事実を湾曲するしかない。
この辺りの話は微妙なところで、俺の設定は「災厄から助け出された一人」というものしかないのだ。
そんな即興で架空の少女の設定をあれもこれも話せるわけもなく、最低限の言葉だけを提示し、あとは想像にお任せします、というとてもとても賢しい方法を思いつき実行した。
狙い通り、俺の言葉を聞いたフィオナとシンディは「まずいことを聞いた」と二人顔を見合わせ、どうしようといった表情に変わっていた。
「そんな暗い顔しないでください。そのおかげ……と言ってはおかしいですけど今はこうしてピンピンしていますし。その縁もありアニエス様とも知り合え、それにラフィ様にもよくして頂いています」
この話は終わり&誤魔化す気全開でいい話だ、で話を終わらしにかかる。
「そうだったんだ……。なんかごめんね、シンディがずけずけと聞いちゃって」
「なっ、フィオナだって話にのっかったじゃん!? でも、アリスちゃんごめんね、思い出したくないことを思い出させちゃって」
思った以上に二人が沈んだので嘘話で罪悪感が胸にチクチクささる。
だが、これでアニエスやラフィとどういった経緯で知り合ったのかを説明でき、ついでに友人であるガエルが俺を囲っているというロリコン疑惑も払拭できたので我ながら上手く立ち回れたのではないかと思う。
申し訳なさそうな顔をしている二人には悪いが、珍しくうまい立ち回りではなかったかと自画自賛で小躍りしたい気持ちであった。
勿論それを勘付かれては、色々と台無しであるので表には出さないが。
(そういえば、ガエルとリチャードさんは元気にやっているのかな)
話題に出たガエルと義父であるリチャードに時間がある時にでも手紙でも書いてみるとかと考えながら、再び食材の下ごしらえに精を出すのであった。
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