第六話「新しい日常」
結局、成り行きでアリスと名乗ることになってしまった。
時間を掛ければ名前を捻りだせたというわけでもないのであきらめよう。
ガエルはこの後執務があるとのことで部屋から出て行った。
入れ替わりに、メイドが入ってきた。
栗色のふわっとした髪、柔らかな笑みを浮かべている。
二十代前半くらいだろうか。
「姫様、お客様のお召し物を替えますので先に食堂でお食事を済ませておいてください。
お食事が済みましたら、部屋にお戻りください。
今日の午前は魔術からです。
いいですね?」
「わかったわ、ローラ」
アニエスは一度、こちらを一瞥し部屋から出ていく。
それを確認し、メイドさんがこちらに歩み寄ってくる。
「初めまして勇者様。私はこの城のメイドをしておりますローラと申します」
このメイドさん、ローラはどうやら事情を知っているみたいだ。
「初めまして、この姿ではついさっきアリスと名乗ることになった」
「はい、アリス様。
メイドの中では私とメイド長のアガサしか勇者様の正体は知りませんので、ご留意下さい。
暫くの間は私がお世話のほうをさせて頂きますのでよろしくお願いします」
ぺこり、と。
ちらりと目の前のローラの情報を調べてみる。
レベル二十五。
この世界の兵士でも高くてレベルは十台後半である。
見た目からは想像できないが、ガエルの信頼しているメイドだけあり相当な実力者のようだ。
……まぁ、レベルの目安はよくわからない。
なんとなくのものさしにはなるが、レベル=強さという単純式ではなさそうだ。
「では、アリス様。失礼します」
突然、服に手を掛けられる。
えっと思ってるのも束の間、為されるがままに着替えさせられた。
出来上がった姿は……うん。
人生でこんなヒラヒラな服を着る日がくるとは想像してなかった。
ローラはきびきびと俺の身だしなみを整えていく。
「あの、ローラさん。俺……男なんですけど」
「よくお似合いです」
そうじゃない!
事情知ってるでしょう!
恥ずかしくて顔が真っ赤になっている。
ローラは楽しそうに髪を櫛でとき、結いはじめた。
もう、好きにしてくれ……。
◇
ローラさんコーディネートのアリスが完成した。
満足気な顔と共に「さぁ、お食事にしましょう」と、食堂へと案内された。
広い部屋に一人で食事、傍には給仕のものが立っており落ち着かなかった。
食事が終わったタイミングでローラが訪れた。
ふと、先ほどのアニエスとローラの会話を思い出し、魔術の勉強に同席してもいいか聞いてみたところ、快諾してもらえた。
この世界で魔術といったものはどのように習得するのか気になっていたのだ。
アニエスの部屋を訪れた。
最初、俺を見ると驚いた顔をしたがそのうち目がきらきら輝き始めた。
勉強の邪魔にならないように、傍で魔術の勉強を静かに見ようと思っていたのだが、
「アリスは魔術をどれくらい使えるの?」
と尋ねてきた。
聖魔術ならエキスパートですよ、と答える訳にもいかない。
冷静に考えると、スキルとしては使えず魔術は数多くあるけれど基礎は全くであった。
ここは正直に答えよう。
「姫様、私は魔術を習ったことがなく全く使えません……」
「大丈夫、私に任せなさい!」
「えっ?」
そこからはアニエスによる魔術講座が始まった。
アニエスの勉強の邪魔をしているのはまずいと思い、ローラに助けを求めるが
「こんなに楽しそうな姫様は久しぶりなので、申し訳ないですがお付き合いください」
とのこと。
ローラさん、姫様に激アマである。
アニエス魔術講座だが、ローラがたまに補足してくれたこともあり非常にわかりやすかった。
魔術というものは大きく分類して二つに分かれるらしい。
自らの中から呼び出すものと、精霊から力を借りるもの。
前者は己の中の魔力を消費して発動する。
後者は己の魔力を与えて発動する。
世の中でよく見かける魔術の多くは精霊から力を借りて発動するものだそうだ。
アニエスが使っている『魔術基礎』と表紙に書かれている本も見せてもらった。
魔術名、効果、詠唱詞、詠唱詞の意味が順番に書かれており、魔術の辞書みたいだ。
魔術を習得するにはまず詠唱詞を覚え、その詠唱詞の各節の意味を理解しイメージできるようになれば魔術が発動し習得に至るらしい。
この詠唱詞は精霊との契約を文言化したものと補足があった。
己の魔力を消費して発動する魔術の詠唱はイメージを強化するためのものみたいだ。
火を起こしたい時に「燃えろ!」と叫ぶ、これも詠唱であるらしい。
俺の場合、『看破』によりスキルとして魔術も一度見れば習得できる。
理由はわからなかったが、習得した状態の魔術を行使するのに最初の一回は詠唱が必要なのだ。
だが一度使えば詠唱がいらなくなり、頭の中でイメージすれば術を発動することができた。
スキル説明を見ても、術の全容は理解できない。
だが一度、術を発動すると大まかなイメージが生まれる。
結局、魔術というのは強固なイメージをもって現実に具現化させる技なのだろう。
……詠唱詞の意味を理解しなくても魔術が発動しているのは精霊達が勝手に気を使ってくれているということになるのか?
とりあえず詠唱詞を唱えれば『看破』により、スキルとして覚えることができそうと思っていたら違った。
『魔術基礎』の本に触れた瞬間、その中の内容を全て習得したみたいだ。
この能力、チートだよね?
つまりは魔術を覚えたければ魔術書に触れればいいということだ。
魔術書の図書館とかないのだろうか?
あとでローラさんに尋ねてみよう。
質問もしながら話を聞いていたら、長いこと時間が経っていた。
「姫様、午前はこれくらいにしてお昼にしましょう」
だいぶお腹も空いてきた。
「姫様、すごくわかりやすかったです。ありがとうございました」
「このくらいいつでも教えてあげるわ! 私に任せなさい!」
◇
ローラが後から教えてくれたが、アニエスは毎日空き時間ができると俺の眠っている部屋を訪れていたらしい。
傍で本を読み聞かせたり、ただぼーっと一緒の時間を過ごしたとのこと。
昼食後、午後の算術も一緒に勉強することになった。
前世の知識があるので算術は俺にとって、非常に簡単なものであった。
アニエスは苦手なようだった。
私の方がお姉ちゃんなのに……と意気消沈していた。
どうもアリスの前で賢いお姉ちゃんを演じていたかったらしい。
ローラ談では、普段は算術の時間になるとすぐに逃げ出していたとのこと。
アニエスは必死にわからないところをローラに尋ねていた。
日が暮れてゆく。
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