第五話「黒髪のアリス」


「知らない天井だ」

 

 目を覚ますと最初に飛び込んできた天井を見ながら呟く。

 ずいぶん長く眠った感覚があり、体全体がここちよく痺れている。

 ゆっくり体を起こす。

 ここはどこだ?

 寝ぼけた眼をこすりながら部屋を見渡し、ゆっくりと記憶を遡る。


 確か、俺は凱旋パレードに参加していたはずだが。

 

 扉が開く音が聞こえた。

 音の方に目を向けると金髪の少女が本を抱えて立っていた。

 目が合う。


「おはよう」

 

 怖がらせないように、軽く微笑みながら挨拶する。

 少女はお化けでも見たかのように驚き、本を落としてしまった。

 本もそのままに扉から踵返してしまった。

 ……そんなに俺って怖いか、ショックだ。

 一年間もアンデッド狩りばかりしていたせいで人相が悪くなったかもしれない。

 

「ヘルプ、いるか」

 

 呼びかけると反応がすぐに返ってきた。


『はい、マスター』

「ここはどこだ。どうして俺はここにいる」

『アルベール王国の城内の一室です。

 王都での凱旋パレードの最中に呪術を受けマスターは倒れ、ガエル様によりここに運びこまれました。

 マスターは今日目覚めるまで、四十一日もの間眠り続けていました』


 息を呑む。

 四十日もの間眠り続けていた?

 何かの冗談だろ。

 ヘルプの会話で少し思い出してきた。

 そう、あの時俺は不死の王ノーライフキングの最後の悪足掻きの術である《死者への誘い》を受けたのだ。

 止めを刺したときに仕掛けてきた術は抵抗レジストしたものだと思っていたが、今振り返ると時限式の術だったのだろう。

 『情報収集』サーチで術の内容を調べると出てきた。

 対象者を永遠の死へと誘う。また、その者によって殺された者にも永遠の死を与える。

 王国内に帰ったタイミングで術が効果を表し、最悪の場合は俺自身が第二の不死の王ノーライフキングとなってた可能性もあるわけだ。

 イオナが与えてくれた呪術に対する諸々の加護に感謝しておこう。


「四十日間も眠って、体は大丈夫なのか?」


 前世の知識だと長い間寝たきりだと、体の節々が動かなくなってそうだ。

 体を動かしてみる。

 まずは腰を軽く。

 次に腕を伸ばしてみる。

 動く。

 大丈夫そうだった。

 いつまでも寝てられないので、ベッドから出て立ち上がる。

 うん、体に異常は見られない。

 が、何か違和感がある。

 何だろう?と首を傾げると、髪が視界を邪魔する。

 んんん?

 自分の足元を見る。

 何かがおかしい、気付いた。

 俺は今白いネグリージュを着ている。

 女性が着る服だよね?

 誰が着せた?


「あ、あ、あ」


 発声。

 最大の違和感。


「ど、どういうことだ! ヘルプ!?」

 

 声が高いのだ。

 

『マスターはその……。

 呪術の影響で女性化してしまった模様です』



 ◇



 状況を整理した。

 ヘルプが推測するには不死の王ノーライフキングの呪術を防ぐには、イオナから与えられた加護をもってしても防ぎきるのは難しかったらしい。

 本来の術は発動しなかったが抵抗レジストする過程で何らかの反作用が働いたのでは、とのことだ。

 女性化だけではなかった。

 『ステータス』を確認すると年齢も十歳になっていた。

 うちだなおき、おんなのこ、十歳である。

 

「ははは……」


 現状を確認し、変な笑いが出てきた。

 起き上がってきたばかりのベッドに再び突っ伏す。

 少し思考停止し枕に顔をうずめていると、扉が開く音が聞こえた。

 今度は見知った顔だった。

 ガエルだ。

 付き従えてた者に目配せで外で立ってるように伝えると、扉を閉めた。


「ナオキ……、よかった」


 反射的によかねえよ!っと言いそうになったがガエルの表情をみてやめた。

 よほど心配してくれたのだろう。

 心から安堵してくれていることが表情からわかった。


「ああ、ガエル。色々となんだ、ありがとな」

「何、友として当然のことをしたまでだ」


 ヘルプに聞いて状況はあらかた理解していたが、改めてガエルから事の顛末を聞いた。


「少女の姿になった時は驚いたよ……、ナオキが実は女性だったのかってね」

「俺は生まれてちょっと前までずっと男だったよ」

 

 冗談めいた会話もできた。

 聞いてみると、この姿には倒れた直後に変化したらしい。

 ガエルの命で王国内の様々な識者に俺の症状を診てもらったらしいが、全員が口を揃えて「異常はない」との結論に達したとのことだ。

 

 半月ほど前まではラフィ、ヴィヴィ、アレクの三人も王国内にいたが、何か国に帰れば手掛かりとなる情報があるかもしれないと話し合い、それぞれ帰国の途についたらしい。

 今度あったら皆に謝らないとな。


「ナオキ、一つ君に謝らなければならないことがある」


 はて、ガエルが俺に謝らないといけないことがあるだろうか。


「君が昏睡状態に陥っていたという事実は一部のものしか知らない。

 未だ国の混乱は続いており、その希望となるのが君だ。

 悪いとは思っていたが影武者を仕立て上げさせてもらった。

 本当にすまない」


 ガエルが深々と頭を下げる。


「いやいや、頭を上げてくれ。

 謝る必要はないよ、そもそも俺は目立つの苦手だし。

 むしろ影武者は助かるよ!

 勇者だ、英雄だ、なんて祭り上げられたら自由に身動きできなくなるしな」

 

 これが俺の紛れもない本音だ。

 相変わらずだな、と笑みを見せてくれた。


「そう言ってくれると救われる。

 仮に、その姿では自分が勇者と名乗っても嘘だと言われるだろうがね」

「違いない」

「……一応、今の君の、その少女の立場だが。

 周囲のものには死者の国で勇者が救った唯一の生存者、ただ昏睡状態のまま目覚めない。

 そういう設定になっている。

 本当のことを知る者は少ないので口裏合わせを頼む」

「分かった」


 その時、扉が控えめにノックされる。


「誰だ、今は人を入れるなと命じたはずだが」


 目つきを鋭くしガエルが問いかける。


「ガ、ガエル兄様、も、申し訳ありません」


 外から少女の声が聞こえた。

 その声を聞きガエルの先ほどまでの姿が嘘のように和らぐのを感じた。


「アニエスか……、いいよ。入っておいで」


 少し思案し入室を許可する。

 扉が開くと、そこには目を覚ました時最初に出会った少女がいた。

 怖がられて逃げ出したのかと思ったが、あれは俺が起きてて驚いたというのが真相だったわけだ。


「紹介するよ。アニエス・アルベール、私の妹だ。仲良くしてやってくれ」

「ア、アニエス・アルベールです」


 ちょこんとスカートの裾を摘み、あいさつをしてくれる。


「初めまして、俺はうち……」


 と言いかけたところでガエルに口を塞がれた。


(何をしやがる!)

(いやいやいや、今本名を言おうとしていただろ。

 君とウチダナオキは別人ということになっているんだ、いいね)

(……じゃあ、何て名乗ればいい)

(……ナオキのセンスに任せる)

(逃げたな! 設定付けしたなら最後まで責任をとれよ)


「ガエル兄様?」


 小声で会話している俺達をいぶかしむ。


「ああ、すまない、アニエス。そういえば私も貴女の名前を伺っていませんでしたね。

 名前を伺っても?」


 爽やかな顔で尋ねてくる。

 あとでおぼえてろよ。

 即興で名前なんて思いつくかよ!

 

 後から思えば記憶喪失で名前が思い出せない……という設定にしておけばよかったのに。

 慌てていた俺は適当に思いついた名前を言ったのだった。


「あ、アリス」


 それは目の前の少女、アニエス。

 金髪碧眼、その出で立ちから「不思議の国のアリス」を連想し咄嗟に出てしまった言葉だった。

 

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