第二十二話「姫様の招待状」

 手紙を受取ろうとしたタイミングで、ローラが視線を俺の後ろにやり、口を開く。


「ちょうど良いタイミングのようですね」


 どういう意味だ、と首を傾げる。

 しかし、すぐに廊下を歩く音、続いて食卓へと繋がる扉が開かれた音でローラが言った意味を理解する。

 ラフィであった。

 扉を開き、まず俺と目が合い、やや頬を染めながらどちらともなく目を逸らした。

 少し気まずい。

 ラフィは正面に座るローラへと目をやる。


「お母さんから、お客さんが来てるって聞いたけどローラさんだったんだ」

「お邪魔しております、ラフィ様」


 ローラは椅子から立ち上がりニッコリと挨拶をする。

 部屋の中に入ると少し悩む素振りを見せながらも、扉に近いこともあり俺の隣の席にラフィは腰をおろす。


「どうやって私の家を突き止めたの?」


 やはりラフィとしても教えたはずのない場所にローラが尋ねてきたことを不審に思うのは当然。

 ローラは慣れたもので、


「情報は色々と集め方がありますから」


 と微笑むのに留め、相変わらず回答は濁す。

 その答えで納得するはずの者などいるわけはないが、ローラにとっては別段こちらが納得していようがしてまいが関係ないのだ。

 この話題は終了とばかりに、ローラが話を進めていく。


「ラフィ様も良いタイミングで戻ってくださいました。これをお二人に」

   

 差し出していた二通の手紙は片方は俺へ、もう一方はラフィ宛であったようだ。

 ローラがそれぞれの前に封筒を置く。


「手紙?」

「はい」


 手紙を手に取る。

 先程受け取った手紙と違い、封蝋といった処置は施されていない。

 そのまま封筒から手紙を取り出し、読み始める。

 見覚えのある丁寧に綴られた字だ。

 内容は先程と同じものであったが、こちらは親しみのこもった文章。

 アニエスからの手紙であった。

 軽く内容に目を通した俺は、隣で同じように手紙を読むラフィへと目を向ける。

 その横顔はやや難し気な表情をしていた。

 二人が読み終わったのを確認し、ローラが口を開く。


「姫様から夜会への招待状です」


 どうやら俺とラフィが読んでている手紙は細かい文面は違うものの、内容は同じであるみたいだ。

 

「折角のお誘いですけど、私はこういった催しには……」


 ラフィは丁重に辞退を申し出る。

 送り主であるアニエスもラフィが辞退を申し出ることは予想できていたようだ。

 何故そうアニエスが考えていたかがわかるかというと、俺に渡された手紙には「おそらくラフィ様は私の招待を受け取っては下さらないでしょう」と書かれていたからだ。

 勿論手紙の文章はそこで終わりではない。

 その先には、俺になんとか説得して来てもらえないだろうかとの文が続く。

 これにはラフィまでではないものの俺も難しい顔を作らざるを得ない。


(そもそもあんまり夜会に行きたくないしな……)


 俺も知らない者との社交の場は苦手だ。

 そもそも経験値が圧倒的に足りていない。

 俺が参加した社交の場は、先日催されたフェレール商会が主催したものくらいだ。

 ただ、ラフィと違い即座に「参加しない」と意思表明しなかったのには理由がある。

 アニエスだ。

 先程、ローラから受け取った手紙も併せて、やはり本音は行きたくないであるが俺を妹で溺愛する姉からの招待状は純粋に「ただアリスに会いたい」というもの。

 加えてローラから校正も入ったであろう文面からでも、アニエスが慣れない政治という場に身を置き、疲れていることが読み取れたからだ。

 それに、


(あんなのが居たら俺でも疲れるわな……)


 あんなのとは勿論リットン卿を指す。

 文面からだけでもお近づきになりたくないのに、外交の場で毎日顔を合わせなければならないアニエスの心労は推して知るべきだろう。

 会うだけで、「アニエス姉さん」が元気になるのであれば参加しても良いかなと考えていた。

 表面上は難しい顔を俺も張り付けながら。

 そんな二人の表情を正面から見るローラはにこにことしているが、もしこのメッセンジャーの役割が俺とラフィをよく知らない者であったらならば、冷汗ものであったであろう。

 何せ、招待した二人が共に参加に難色を示しているのだから。


「……というかローラさん。一つ尋ねてもいいですか?」

「はい。私で答えられることでしたら」

「さっきの手紙、ローラさんが俺に渡す意味があったんですか?」


 この場にいるラフィもローラも俺が勇者ナオキであることを知る人物。

 素の口調で問う。

 リットン卿の手紙がなければ、負となる判断材料が一つ減っていた。

 そんな俺の疑問にローラは涼しげな笑みを携えながら答える。


「先程の手紙で姫様の心労が少し伝わったのではございませんか?」

「あぁ……なるほど。その為か」

「はい、その為です」


 先程の手紙を知らないラフィは何の話だろうと首を傾げているので、リットン卿の手紙をラフィにも見せてやると、顔をひきつらせた。


「ナオキ……、これに行くの?」

「行きたくない。行きたくないけど、アニエス姉さんが苦労してるみたいだし……」

「ふーん。お姫様も大変ね……」


 ラフィも短い期間ではあるが魔術を教えた教え子だ。

 アニエスを思い、若干を憂いを帯びた表情を見せる。


(さて、どうやって説得しようか)


 俺が共和国で寝ている間にアニエスは相当ラフィに懐いていた。

 アニエスもラフィと再会したいと思っているのは間違いない。

 手紙の文面では「王国に多大な貢献をして頂いたラフィ様には、王国と森国の友好の懸け橋になってもらうべく是非とも参加して頂きたく存じます」と堅苦しくは書かれていたが。

 元々、人を説得するといったことを得意としない俺には色々考えても意味のないこと。

 考えがまとまらぬままではあるが、流れに身を任せて口を開く。


「なぁ、ラフィ。一緒に夜会に参加しないか?」

「ナオキ……?」

「王国で催されるものと違って、今回は森国で行われるものだろう?」


 以前、フェレール商会主催のパーティにラフィが断った理由の一つを思い出す。

 王国の上流階級には亜人種に対する差別が根強く残っており、場を乱したくないとのもの。

 今回に限れば森国での開催、ラフィとの同族も多く参加しているはずだ。

 それに交流を目的とした夜会の場で亜人種に対する差別を口にする馬鹿者は王国側には流石にいないだろう。


「……」

「ほら、美味しいものとか。ラフィの好きな甘いものもたくさんあるかもよ?」

「た、食べ物なんかではつられないわよ」


 若干効いている気もするがまだ弱いようだ。

 じーっとラフィを見ながら言葉を探しているとふと目が合う。


「な、何?」


 照れ隠しから思わず考えていた言葉が口に出る。


「い、いや。ラフィのドレス姿も見てみたいな……って」

「…………ッ!」


 だが何も言葉を飾らなかった本音はラフィに届いたようで、


「…………ナオキがそう言うなら参加しようかしら」


 と顔を赤くし、視線を逸らしながらも夜会への参加を決めてくれた。

 その間相変わらずローラは微笑み見守っていたが、ラフィの言葉には少し胸を撫でおろしていた。


「これで私も堂々と姫様のところに帰れます。それとアリス様、一つ提案があるのですがよろしいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「今回の夜会、アリス・サザーランドとしてではなく、ラフィ様のお弟子様という体で参加されませんか?」

「それは、どういう……?」


 意味があるのだろうかと疑問に思う。


「別には今回の催しで剣聖としての威光を求めておりません」


 その集団の括りの中で誰が省かれているかは言うまでもあるまい。


「……でも、俺のこの外見はけっこう目立つからリットン卿と顔を合わせれば参加していることがわかるのでは?」

「ご安心ください。リットン卿は興味のないことにはとことん興味のない御方。そもそも王国内では剣術とは魔術が使えぬものが扱う野蛮なものと周囲に豪語しております故、リットン卿と親しい者も、卿の前でわざわざお嫌いな剣舞祭の話をすることはないかと。アリス様のお姿も詳しくは存じないはずです」

「それはそれで……」


 知られていないのは有り難いが。

 会ってもないリットン卿とやらの人物像は俺の中ですでに最底辺だ。


「姫様も、アリス様とラフィ様にはただ夜会を楽しんでもらえればと思っているはずです。

 ただ、その前に時間を割いて会いに来てくださったらきっとお喜びになると思われますが、いかがでしょうか?」


 俺とラフィはローラの言葉を拒絶する理由が見当たらなかった。

 こうして三日後に開催される夜会への参加が決まった。

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