第二十一話「失礼な招待状」

 立ち話も何なのでと、エレナのご厚意で、俺とローラは現在ラフィ家の居間で向かい合い座っていた。

 当然のように一角は青が占拠したまま。

 青を知らない者であれば驚くであろうが、元から青という存在を知っているローラには驚くに値しない光景であった。

 突然の来客にもかかわらずエレナはお茶まで淹れてくれた。


「ゆっくりどうぞ」


 一声掛けると、エレナは店番へと戻っていく。 

 残された俺とローラの目の前にはティーカップが置かれている。

 折角なので二人して一口頂いてから、口を開くことにした。


「で、ローラさんがどうしてここに?」


 言葉の後ろには「そもそもどうやってこの場所を突き止めたの?」と続けたい気持ちを抑えて問う。

 今回のラフィ家への訪問は突発的に決めたものだ。

 共和国でローラと滞在していた間にも、ラフィ家を訪問するようなことは口にしていない。

 一体どこで知り、どうやってここにローラが現れたのか、聞きたいことは山ほどある。

 だが、それらの答えを目の前の美女は笑顔で応じるのみで詳しくは教えてくれないと、俺も理解していた。

 案の定、俺が問いかけたことに対して、最低限の回答が返ってくる。


「こちらをアリス様に」


 俺の正体を知るローラは敢えてアリスと口にし、一枚の封がされた手紙を差し出す。

 それを無言で受け取り、眺める。

 封筒には何も書かれておらず、白い封筒に、赤い封蝋が唯一差出人を示すものだ。

 鷹が中央に描かれ、その横に花が模られた紋章。


(うーん、わからない)


 俺には紋章から差出人を判断するには知識が足りない。

 早々に諦め、開封することにした。


「こちらをお使いください」


 開封しようと思ったちょうどのタイミングでローラがどこから取り出したのか、ペーパナイフを渡してくる。

 できるメイドと手放しに賞賛していいものか悩むが、ありがたく使わせてもらい、中の手紙を取り出す。

 やたらと堅苦しく長い挨拶から始まった文。

 続く貴族らしい回りくどい文章に眉をひそめながら読み進めていく。

 俺の読解が間違えていなければ手紙の内容を要約すると次のようになる。


”剣聖様(笑)へ。森都で三日後に開催される夜会に招待してあげるから顔をだしなよ?”


 加えて遠回しな書き方ではあるが、ところどころ文から俺のことを小娘と馬鹿にしているように思える。

 書かれていることは招待状なのかもしれないが、高圧的にかつ見下した文面。

 俺は参加することが前提で書かれていることも腹立たしい。


「何ですか、これ?」


 怒りよりも困惑が先行してしまう。

 俺の反応にローラも苦笑しながら口を開く。


「三日後に森都で王国と森国との友好を深めるためのささやかな夜会が行われます。こちらはデニス・リットン侯爵からの、その夜会への招待状になります。私がその手紙をお渡しする役と、その返答を聞く役を担いこの場に参上したわけです。で、アリス様。夜会に参加してくださるでしょうか?」


 意味をはき違えているわけではなく、本当に招待状のようだ。

 そしてローラが手紙の差出人の名前を口にしたことで、ようやく俺はこの手紙の差出人がデニス・リットンなる人物であることを認識する。


「いや、お断りだろ。こんなの」


 当然の答えを口にする。

 ローラも俺の答えはわかっていたようで、「ですよね」といった表情。


「そのリットン侯爵様とかいう奴に、俺は面識がないと思うが……。なんかやたらと敵対視されているみたいなんだが?」

 

 こんな招待状を書く位なら誘わなければいいのにと思う。

 ローラにも手紙の内容を見せてやる。

 

「失礼します」


 受け取ったローラは手紙にさっと目を通す。


「これは……想像以上でした」

「ある程度、ローラさんは文面が酷いことを想像していたってこと?」

「ええ……まぁ」


 珍しく困惑といった表情を見せるローラは、気を入れ直すように一度息を吐いてから、やたらと険がある文章になった理由を説明してくれた。

 このリットン侯爵家と俺のサザーランド公爵家は仲が悪く、さらに義父であるリチャードがいなければ現在の宮廷魔術師という役職もこのリットン卿とやらがついていてもおかしくなかったという点も仲の悪さに拍車をかけていた。

 また先の災厄の際は、魔術の研究費として莫大なお金を国から提供されていながらも現場には赴かず、自身の領内に引き籠ったことから世間では「臆病者の金喰い虫」と揶揄され、現在非常に肩身が狭い立場に置かれている。


「そこに加えてアリス様のご登場と活躍です」


 そして目の上のたんこぶとでも言うべきサザーランド家が新たに迎えた養子が剣聖として名を轟かせた。

 ここまで聞けば、面識がないとはいえ、俺という存在が面白くないということはわかる。


「……そこまで聞いたら、尚更なんで招待状なんかよこしたのかわらからないんだか」

「あくまで推測ですが、こう考えたのでしょうね。”王国で今話題の剣聖に私が声を掛ければ、こうして会へと呼び出すことができるのだ”と」

「……誰にアピールするんですか?」

「森国に使者として訪れている王国の者にですね」

「そもそも、この夜会って王国のために催されるのではなく、森国との交流のためですよね……?」

「そうなんですよね……」


 隠すこともせずローラは溜息をつく。

 これだけ何度も溜息をついているローラの姿を見るのは初めてだ。

 どうやら、俺の知らないところで相当苦労していることがわかる。

 更に話を聞くと、どうやら今回の森国への使節団にも当初リットン侯爵が参加する予定はなかったのだとか。

 ここまでの人物像を聞いただけでも、このリットン侯爵の突発参加がどれほどありがた迷惑なのかがわかる。


「疑問なんですが、リットン卿は俺の居場所を把握していたんですか?」

「いいえ。リットン卿が持っていた情報は"どうやら剣聖もプライベートで森都を訪ねている"という噂程度のものです」

「それでどうやってこの招待状を俺に届ける気だったんですか?」


 呆れながら言う。


「なので、面倒事を起こされる前に私が処置させて頂きました」


 にこりとローラは笑っていたが目が底見えぬ冷たさを帯びていた。


「……で、ローラさんはどうしてここを?」

「それは秘密です」


 人差し指を唇に当てながら、いつもの調子で答える。

 俺も詮索しても答えが返って来ないのはわかっていたので話を進める。


「まぁいいや。で、この失礼な招待状を届けるためだけにローラさんが来たわけではないですよね?」

「ええ、もちろん。こちらを」


 ローラは新たに二通の手紙を取り出した。

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