第二十三話「再び森都へ」

 森都で三日後に開催される夜会に参加するために、俺達はローラと共に森都へ戻ることを決めた。

 というのも、ラフィは夜会に着ていくような服を持ってないとのことなので早急に見繕う必要があったためだ。

 オーダメイドをする時間はないので、適当な服を探し、せめて裾直しをして貰う時間は確保せねばならない。

 そんなわけで慌ただしくラフィ家を出立することになった。

 ラフィが荷造りしている間に俺は台所の片づけを。

 

「パンなどにのせて食べてもらえれば。食べた後は密閉しといてもらえれば日保ちしますので」


 造ったジャムについて簡単にエレナに食べ方などを説明。

 一個は俺の収納ボックスに収まった。

 その後、簡単に別れの挨拶を済ませる。

 エレナは何かを俺に差し出してきた。


「邪魔になるかもしれないけど」


 いつこしらえたのか。

 それはラフィとお揃いの肩から掛ける鞄であった。

 受け取った鞄はずっしりと重量がある。

 中にはエレナお手製の薬類、俺が造ったポーション、他にも色々と詰められていた。

 鞄の中には大小のポケットが備えられており、大変使い勝手がよさそう。

 ラフィが愛用するわけだ。

 収納ボックスがあるから必要ありません、なんて無粋なことを言うはずがない。

 素直に嬉しかった。

 さっそく肩から掛けてみる。


「ありがとうございます。お世話になりっぱなしで……」

「ふふふ、いいのよ。そう思うならまたラフィと一緒に、また遊びに来てね」

「はい。また来ます」


 エレナと笑顔で再会を約束した。


「ラフィも気をつけてね」

「……ん」 


 続けて俺の隣に立つラフィへと声を掛ける。

 だが恋心をエレナによって俺に暴露されたラフィは、露骨にエレナに対して不機嫌であった。

 親子喧嘩中。

 頬をプクっと膨らませ、目を合わせようとしない。

 そんな娘の様子にやれやれといった表情を見せながらも、ラフィの耳元で何やらエレナが耳打ちをする。

 何を言ったのだろうか。

 驚いたことに、その言葉で険のあった表情が綻び、先程まで意地でもエレナの方を見ようとしなかったのに、じーっとエレナの顔を見るのであった。

 追い打ちのようにエレナが何かを言うと、ラフィはコクコクと何やら素直に頷く姿が見てとれた。

 さっきまでの態度が嘘のよう。

 一つの魔術みたいだ。

 娘の扱い方をよく熟知しているというべきか……。

 一先ずラフィ家の親子仲は無事和解し、エレナに見送られながら俺達はラフィ家を後にすることとなる。

 なお、ミリィは起きてこなかった。



 ◇



 森都へは行きの時のように相乗りできる荷馬車を探して乗せてもらうのではなく、ローラが用意していた移動用の馬車を利用した。

 お金は掛かるが、乗り心地・速度共に荷馬車とは別次元の快適度。

 しかし、快適な旅のはずの馬車内の空気は少し重い。

 狭い空間の中、俺とラフィは隣り合って座っていたが終始無言であるためだ。

 俺は何て話しかければいいかを悩み、ラフィの横顔を見てはドギマギし、ラフィがこちらを見そうになったら慌てて目を逸らす。

 ラフィも何か言いかけては口を噤む。

 そんな連続。

 ラフィとエレナの親子仲は解決したようであるが、俺とラフィの間で起こったギクシャク関係は何も解決していないのだから当然だ。

 原因は俺が思わず発してしまった一言に起因していることはわかっている。

 男らしく今一度、


「ラフィって俺のこと好きなの?(爽やかな笑顔)」


 位問いかける心の余裕があればいいのだが、そんな度胸俺にはない。

 ヘルプの言葉に何も考えずに乗っかったから口から出ただけだ。

 故に気恥ずかしさから言葉を発せない。

 同時に、その真偽を知りたいとも思う。


(……聞けるか!)


 声にならない叫び声を上げ、悶々とする。

 ……まぁ、ラフィの反応からエレナの言っていたことは間違いではなさそうとは思っている。

 だが、それでもやはり本人に確認しないと自信を持てないヘタレなのである。

 それに、真偽を確かめてどうするのだろうか。

 本当の本当にラフィが俺のことを好きと告白した場合、その後どう対処していいのかで今度は頭を悩ませることが目に見えている。

 結局、現在は少しギクシャクしてしまっているが現状維持を望んしまうのであった。

 こうして何とも言えない空気が流れる馬車の旅となった。

 ローラが介入すればもう少し穏やかな時間が過ごせたかもしれない。

 ただ、そのローラは明らかに俺とラフィの様子を楽しんでいるようで、ニコニコと微笑むに終始した。

 馬車は行きの時、朝から夕方まで掛かった道を半日ほどで踏破する。

 その間馬車の中では誰一人として一言も発さなかったのである。

 日が落ちたころ、やがて馬車は大きな門構えの屋敷の前に停まり、門番と会話し、門の中へと入っていく。

 門から屋敷の入口まで続く庭園も夜闇で細部は見えないが、丁寧に整備されているのが伺えた。


「これは王国所有のお屋敷なんですか?」


 久しぶりに口を開くと、ローラが応える。


「こちらは森国から、滞在中の宿泊先として貸して頂いたお屋敷になります」

「こんなでかいところをポンと貸してくれるんだ……」


 一国のお姫様が滞在するのだから、これくらいの用意は当然なのかもしれないが、やはり俺の感覚とは大きく違う。

 お姫様すごい、それで納得することにした。

 再び馬車が停まる。

 従者が扉を開け、まずローラが降り、それに続いて俺達も降りる。


「こちらになります」


 移動の疲れを見せない足取りで、ローラを先頭に屋敷の中へと入っていく。

 広いエントランスホール。

 外観から想像はできていたが高級ホテルと遜色がない場所であった。

 ぼんやりと眺めていると聞き覚えのある声が耳に届く。


「アリス!」


 アニエスが碧い瞳を輝かせ、喜色を浮かべながら二階から顔を覗かせていた。

 頭が引っ込んだかと思うと、勢いそのまま階段を駆け下りてくる。

 それをローラがやんわりと「姫様、はしたないですよ」と注意するが全く届いていない。

 

「アリス、会いたかったわ!」


 階段を駆け下りたアニエスは一目散に俺の元へ。

 当然の様にぎゅっと抱きしめられる。


「はい。お久しぶりです、アニエス姉さん」


 俺もそれを苦笑しながらも受け入れるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る