第二十四話「姫様の我儘」
アニエスの出迎えを受けた後、俺達は場所を食堂へと移して座っていた。
いつもより少し遅めの食事。
「ローラさんも一緒に食べればいいのに」
料理を前に座っているのは俺とラフィのみ。
俺の言葉にローラは座るアニエスの横に仕えながら苦笑する。
「これが私の仕事ですので」
いつもの如くお手本のような笑みを浮かべながらローラは言い切る。
ちなみに何故俺とラフィの前に料理があり、アニエスの前にはないかというと非常に簡単だ。
アニエスは既に食事を終えているからである。
それもそうだ。
メッセンジャーとしてアニエスの命を受けてローラが出発したとはいえ、本日中に帰宅する保障もなければ、俺とラフィが招待を受けてくれない可能性もあったのだから。
今一度ちらりとローラの様子を伺う。
ローラも今日は同じ時間を共に過ごしてきたのだからお腹も当然空いているだろう。
加えてラフィ家に赴き、すぐに帰還。
馬車に乗っているだけでも相当身体には疲れが溜まる。
しかし、そんな様子はローラからじゃ微塵も感じられない。
完璧なメイド姿で、主たるアエニスにお茶を注いでいた。
未だにお仕事モードなのだ。
俺としては別に同じ席にメイドであるローラが座って食事をしても何も問題ないが、ローラ以外のメイドも仕えている屋敷の中では様々な目があり、無礼講にとはいかないことは理解している。
(貴族の世界は不自由だな……)
そうなると俺に出来る最大の気遣いは、早く食事を済ませることになり、ラフィと俺はどちらともなく食事を開始した。
並んだ料理は森国特有――ではなく王国由来の料理であった。
切り分けた肉を口に運び、王国料理の味を少し懐かしいと思うくらいには親しみを持っているのだなと感慨深く思いながら食事を進めていく。
こちらの世界でも食事に関して舌が肥えてきた俺でも、非常に良い料理人の腕で振舞われた料理であることが伺えた。
「美味しい……」
だから素直な賞賛の言葉が口から漏れ出た。
その言葉に反応したのはアニエスであった。
「でしょ!」
自分自身のことのように喜ぶ。
ただし、アニエスの口から続く言葉に少々冷汗をかくことになる。
「でも、私はアリスが作ってくれた料理の方がおいしいと思うわ」
「……ありがとうございます」
内心では「やめてくれ!」と悲鳴を上げていたが、声に出すわけにもいかず、そう答えるのが精一杯であった。
流石に料理が本職の人より美味しいわけはないので、いらぬ不興は買いたくない。
ただ、純粋に瞳をキラキラ輝かせながら本心で言ってくれてるとわかる言葉に嬉しくないかと言われれば嘘になるが。
「ねえ、アリスは森都をラフィ様と見て回ったのよね?」
「はい。ラフィに案内してもらって色々と」
食事中、話しながら食べてはならないというマナーはない。
寧ろ晩餐会とは社交界の場であり、会話をしながら進めるのが基本。
だからアニエスが喋っていても咎める者などいるはずがない。
それに現状ギクシャクしていたラフィともアニエスを会話の間に挟むことで、何とか普通に会話ができるようになった。
こうして穏やかな食事は終わり、俺達の前にもティーカップが置かれ、食後のティータイムになる。
「うーん」
食事を終えた俺達を見ながらアニエスは何だか難しい表情をして、横に立つローラへと声を掛けた。
「ねえ、ローラ。やっぱり、私久しぶりにアリスが作ったお料理を食べたいわ」
「駄目です、姫様」
何気ないお願いに思えるが、ローラは即座に却下する。
「何でよ」
アニエスは理由を理解してないわけではないが、それでも不満をこぼさずにはいられないようだ。
頬を膨らませローラへと抗議する。
「アリス様はこの屋敷に招かれたお客様です。お客様に料理をして頂く主がどこにおられますか?」
「それはわかってるわよ……」
王立学校の寮のように気ままに振舞うわけにはいかないことを、貴族社会に疎い俺も理解している。
だから見るからにしょんぼりとするアニエスを目にしながらも、俺は口を挟むことはしない。
だが、ここで予想外のアニエスの味方が現れる。
「私にいい考えがある。アリスをメイドにすればいい」
「はい?」「はい?」
前者はアニエス、後者は俺の声が重なる。
言葉の真意を測りかねている俺よりも早く、アニエスがラフィの言葉に理解が追い付いたようで、
「流石ラフィ様、そうしましょう!」
「えっ?」
トントン拍子に話が進みそうなので慌ててローラを見つめる。
「お客様をメイドにする主がどこにおられますか?」
と言うかと思ったが、ローラはふむと、何やら考え。
(あ、これ絶対面白そうと思ってる顔だ……)
表面上は普段通りのにこやかな微笑みだが、そこに違う表情が見えた気がする。
「それは、良い考えですね」
いつもより三割増しくらいの微笑みをローラを浮かべる。
俺は思い出した。
このメイドさんは有能なのに面白いことを優先する性格であることを。
「いやいや、お客様をメイドにする主なんていないのでは?」
言ってほしかった言葉を自ら言う。
「アリス様。申し訳ありませんが主の決定なので……」
ローラは目を伏せ憂いを帯びた表情をつくってみる。
「いや……ローラさんなら主の命令を諫めることができるでしょう」
と言う言葉はかき消され、
「やった! これでアリスの料理が久しぶりに食べれるわ!
ラフィ様もありがとうございます!」
「いえ。姫様が喜んでくれてなによりです」
ラフィは澄ました顔でお茶を口に運んでいた。
何故。
周囲に味方がいないことを悟る。
ラフィ何言ってるの! 何言ってくれてるの! と抗議の声を念話で送るが黙殺された。
こうして何故か、この屋敷に滞在中俺は臨時メイドとして暮らすことになる。
翌朝、ローラから俺の身体にピッタリのメイド服を渡される。
(いつ準備したんだ……?)
そんな俺の疑問に答えてくれる者はいなかった。
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