第二十八話「交渉未満」
工房内で響いていた音が止む。
男は鎚を横に置き、先程まで叩いていた赤い固まりを水の中へと浸ける。
水に触れた瞬間、白い蒸気が覆う。
そして現れたのは美しい輝きを放つ剣であった。
「ふむ」
男は出来栄えを確認し、満足気な声を上げる。
再び剣を作業台に置くと、鏨と鎚を握り、再び工房内に音が響く。
そして全ての工程を終え、今度こそ男は道具を手から放し、立ち上がる。
長時間の作業で凝り固まった身体をほぐすように首を右に左に、二度三度折る。
ゴキ、ゴキっという音が響いた。
男が振り返る。
そこで初めて男は工房内の鍛冶場へと繋がる扉が開かれ、黒髪の少女――俺がじーっとこちらを見ていたことに気付いた。
「誰じゃ?」
睨みつけるような目つきを男は俺に向け、低い声が響く。
俺が見た目通りの年齢であれば、泣いていてもおかしくないのではと思う。
だが、見た目通りの年齢でない。
寧ろ目の前でみた剣を鍛える現場に俺は若干興奮していた。
男の声で初めて我に返った俺は、勢いのまま男のもとへと近づく。
「な、なんじゃ?」
別に邪険に扱っているわけではないのだが、男は自身の風貌と低い声のせいで子供には怖く思われることを自覚していた。
声を掛けると子供は脱兎のごとく逃げていくのが常であり、目の前の少女も同じような反応をするだろうと思っていた。
そのため、慣れない俺の行動に男は困惑の声を上げる。
俺は目を輝かせながら、口を開ける。
「すごかったです! 剣を鍛えるところを初めてみましたけど、その、すごかったです!」
色々と伝えたい思いが脳内を駆け巡るのだが、俺はうまく言葉に出来ず、ひたすらすごいすごいを連呼する形となってしまった。
自身の語彙力のなさを少し後悔しつつ、声に出すことで少し落ち着き、改めて我に返る。
「あ、ごめんなさい。つい興奮して。
えと、私はアリス・サザーランドと言います。
初めまして」
ぺこりとお辞儀をし、自己紹介をする。
男は俺の行動に呆気にとられる。
「わしはジュゼッペ・ガルネリという」
ガルネリは蓄えた顎髭を触りながら名乗り、言葉を続ける。
「して、ここは子供の遊び場じゃないぞ。
どこから入ってきた?」
「ふ、普通に店の入り口が開いていて、誰もいなくて。
そしたら、奥から音が聞こえてきたので……」
「ふむ。そういえば店を開けっぱなしにしていたか。
して、どうしてここに? 迷子か? 親は?」
目の前のガルネリは第一印象強面であったが、どうやら面倒見のいい性格をしているようだ。
俺が迷い込み、工房に入り込んだと勘違いしているようであった。
ドワーフ族のため、身長は高くないガルネリである。
それよりも更に身長の低い俺に合わせ、腰をかがめ、目線を合わせながら心配そうに話しかける。
「ま、迷子じゃなくて、ジンさんの紹介できました」
「……あいつ、わしの工房を何だと思ってるのじゃ」
その言葉にジンが何故このような子に紹介したのか、訳が分からず、ガルネリの眉間にしわが寄る。
俺は単刀直入に用件を伝えることにした。
「私、ガルネリさんに剣を打ってもらいたくて!」
ジンに紹介してもらった工房ではあるが、俺はいくつか工房を見て回り、打ってもらう鍛冶師を決めようかと思っていた。
しかし、実際に剣を打っているガルネリの姿を見て考えを改めた。
(この人に剣を打ってもらいたい!)
と。
迷うことなく、俺はガルネリに剣を依頼した。
俺の言葉と勢いにガルネリは呆気にとられるが、少し間を置くと。
「もう少しでかくなったらな」
やれやれと、子供の戯言と、真に受け止められなかった。
確かに俺の見た目では戯言と言われても仕方がない。
しかし、ここで引き下がるわけにはいかないと、更に食い下がろうとしたが。
「さぁ、帰った帰った。子供の遊び場にしては物騒なもんが転がってるからな」
「ちょ、ちょっと」
「よっと」
取り付く島もない。
そして、俺はガルネリに軽々と肩に担がれた。
バタバタと足を泳がせるが、がっつりと固定されておりガルネリの腕から逃れらない。
……全力でやれば逃れる術はあるが、間違いなく俺へのガルネリの好感度は滝のように下がること間違いない。
故に抵抗する術もなく、そのまま工房の外へと連れ出された。
ちょうどのタイミングでガルネリが知り合いを見つけ声を上げる。
俺は肩に担がれ、視界が後ろ向きのため、誰がいたのかはわからなかったが、答えはすぐにわかった。
「ちょうどいい、ジンじゃねえか」
「おう、あんたが工房の外に出るなんて珍しいな」
どうやらジンが来たようだ。
(いいタイミングで!)
俺の剣を知るジンが直々にガルネリと話してくれれば、少しは取り合ってもらえるはずと考えた。
「たっく、うちは子供の遊び場じゃねえんだ。
この子を親御さんのもとに送ってやってくれ。
わしは一仕事終えたから、今から飲む。
頼んだぞ」
よっこいしょと担いでいた俺を下ろし、一方的に言い放つと、踵を返し店の扉を閉めた。
続いて錠前の落ちる音が耳に届く。
何か言う暇もなく、ぽつんと店の前に立ち尽くす。
隣にジンが近寄ってくる気配がした。
「あーなんだ。うまく剣の依頼はできたか?」
「できたと思う?」
俺の様子が結果を如実に表していた。
「はぁ……」
と、俺は自身の小さな身体を恨み、溜息をもらす。
改めてジンの方へと身体を向けた瞬間、どんッと何かが抱き着いてきた。
「アリスちゃん、あーそーぼ!」
ジンの一人娘、サチであった。
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