第十九話「王都の夏休み 2」

 最初に冒険者ギルドへと向かう理由は単純だ。

 気乗りしない、嫌なイベントは早く終わらせる。

 もしかしたら約束を破っているので怒られるかもしれないので、寮にこもっていた方が精神的に楽だ。

 でも問題を先延ばしていると、余計に冒険者ギルドへ行けなくなる。

 どこかで踏ん切りをつけて行くしかないのだ。

 どうせいつか行かなければならないのであれば、少しでも早く行った方がいいに決まっている。

 それに冒険者ギルドからの条件である王都迷宮の探索を今からでもこなすのであれば、なるべく時間に余裕があったほうがいいとも考えた。

 そんなわけで、夏休みの最初にやることは冒険者ギルドへ行くだ。

 ……でも怒られるに行くと考えるとやっぱり憂鬱なので、冒険者らしく何か適当な依頼を受けに行く心積もりで行こう、そうしよう。

 学校がある3区を南下し、大通りに出て冒険者ギルドがある14区へと向かうことにした。


(って冒険者ギルドに行くのにこの格好はまずいか)


 大通りに出て、周囲で歩く人々を観察しながら歩いていると今更ながら、今着ている服が王立学校の制服であることを思い出す。

 学校内であれば最もポピュラーで目立たない服ではあるが、街中、それもこれから向かう冒険者が多くいる場所には明らかに場違いな服。

 失敗したかな。

 制服ではなく私服を着てくればよかった。

 でも私服は私服で主な贈り主であるローラさんの選りすぐりのものばかりで、冒険者とは言い難いビジュアルとなってしまう。

 ……それに比べれば今着ている制服の方が幾分かましかもしれない。

 少し小道に入り、考えた結果収納ボックスから黒色の外套を取り出し、上に羽織る。

 ついでに以前アレクから貰った帽子も被る。

 うん、これなら下に着ている服も見えないし、たまに見る魔術師らしき人の格好と変わらない。

 ……少し熱いのが難点だが我慢できないほどではない。

 プチ着替えもすぐに終わり、小道から出て冒険者ギルドへと真っ直ぐ向かう。

 14区へと近づくにつれ、冒険者と思われる人の往来も多くなってきた。

 そして久しぶりの冒険者ギルドにたどり着く。

 扉を開き中に入る。

 中は依頼が貼りだされている場所に人がぽつぽつといる程度だった。

 けっして王都の冒険者ギルドに閑古鳥が鳴いているというわけではない。

 冒険者にとっておいしい依頼は争奪戦であり、一般的にはまだ朝の早い時間ではあるが、この時間でもすでにおいしい依頼はほとんど受注が終わってしまっており、今は冒険者にとって、少し遅い時間なのだ。

 出遅れ冒険者達は残った依頼の中でどちらの方が良いかの吟味に集中しているようで、俺が入ってきたことには気付いていない様子。

 俺自身、ここがこのアリスの姿では場違いであることを理解しているので、余計な注目を浴びずにすみ助かる。

 ……久しぶりの冒険者ギルドなので、あの中に混ざってどんな依頼書があるのか見たい気持ちもあるがここはぐっと我慢する。

 受け付けカウンターにも幸い人が並んでいない。

 この機会を逃す理由もないので、真っ直ぐに受付カウンターへ向かう。

 向かっている途中で俺の存在に受付のお姉さんが気付き、首を傾げる。

 受付カウンターにたどり着くと、俺が口を開く前に、お姉さんが柔らかな口調で問いかけてきた。 


「うーん、どうしたのかな? もしかしてお父さんを探してるのかな?」


 誰かの冒険者の娘と思われたみたいだ。

 ……まぁそうなるよな。

 これは想定の範囲内。


「いえ、そうではなく」


 俺自身が冒険者であることを示すために、肩から掛けていた鞄から冒険者の証である金属板を取り出して見せようとする。

 そこにはしっかりと俺の名前とランクが記載されているので、証明書としての効力はばっちりのはずだ。

 が、それよりも早く、声を掛けてくれた受付のお姉さんの同僚が俺の姿を一瞬不思議そうに見た後、何かに気付いたようで。


「ちょ、ちょっと……!」

「えっ……!?」


 ごにょごにょと何やら耳打ち。

 さーっと目の前のお姉さんの顔色が変わる。


「ア、アリス様、し、失礼しました」


 さっきの子供相手の柔らかな声音から一変し、緊張した上擦った声に。

 どうやら同僚の人は俺の顔と名前を知っていたみたいだ。


「えーと、これは必要ないかな……?」


 行き場をなくした、水戸黄門の印篭よろしく見せようとしていた、冒険者の証を手にプラプラさせながら尋ねる。 


「はい、もちろんです! ……それで今日はどのような御用件でこちらまで?」


 そんなに畏まって話されなくてもいいのだが、自身の姿で冒険者であることを何も知らない人に説明するのは手間を省けたことを考えれば微々たることと割り切る。

 とっとと用件を伝えようとするが、肝心なことを忘れていた。


(……ここまで来たのはいいけど、誰に取り次いでもらえばいいんだ?)


 記憶の片隅にいる偉い人を呼べばいいのだが、記憶力に神様のチートは介入していないようで、誰だったか思い出せない。

 最初に冒険者ギルドに来た時や、王都での人攫いに関する依頼説明をしてくれた人。

 さらには最近色々な人に会う中で、名前なんで思い出せるわけもなく。

 だが、近くに頼もしい味方がいた。

 

『ロベルトです。ロベルト・ラデッケ』


 そうだそうだ、何度か会った偉そうな人はそんな名前だった気がする。


「ロベルトさんはいますか?」

「支部長ですか?」

「はい」

「お約束はされてますでしょうか?」

「いえ……」


 受付のお姉さんは俺の答えにやや困り気味ではあった。

 そりゃそうだよね、約束もせずに突然訪ねて来た俺が悪い。

 申し訳なくなる。


「確認して参りますので少々お待ちください」


 だが、お姉さんは一応確認に行ってくれたみたいだ。

 そう時間が経たない間に戻ってくる。


「支部長がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」


 アポなし訪問であったがどうやら会えるみたいだ。

 残念なような、良かったような。

 ……さて怒られてきますか。

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