第二十一話「王都の夏休み 4」
話題が一段落したタイミングでロベルトは部屋に備えられている魔道具を使い冒険者ギルドのスタッフを呼び出し、二人の机の前にお茶を持ってこさせた。
今日までロベルトとは事務的な会話しかしてこなかったが、こうして一対一で会話することで大分打ち解けることができた。
いつの間にか俺に対する呼び方も名前からより砕けたものに変わっていた。
喉を潤すと、ロベルトが口を開く。
「そういえば、嬢ちゃんは今度公爵領に行くのだろ?」
「……何で知っているのですか」
公爵領へと行くことを積極的に喧伝した憶えはない。
俺が夏休みの間、サザーランド領へ行くことを話したのはアニエスくらい。
あとは、俺のサザーランド領行きを決定した義姉のソフィアしか知らない情報のはずをどうしてロベルトが知っているのだろうか。
「なに、簡単なことだ。嬢ちゃんの姉君であるソフィア様から、君が公爵領に行く際に護衛を雇いたいので信頼のおける冒険者を募ってくれと依頼を受けているからだ」
「……そんな依頼をしていることを、今初めて知りました」
俺は三日後に寮に迎えが来るとしか聞かされっていなかった。
てっきり先日、ソフィアが寮を訪ねてきたのと同じくらいの人数で公爵領に向かうものと思っていたのだが、どうやら違うみたいだ。
「……ちなみに護衛はどれくらい?」
「十人程。信頼おける者であれば人数は増えても構わない依頼を受けている」
「多くないですか?」
「公爵の御令嬢の護衛にしては妥当なところだろう」
「……その護衛対象私ですよ? そんな人数いりますか? ほら、私、ロベルトさんも知っての通り一応剣聖ですよ?」
「それは知っているが……」
俺の言葉にロベルトは少々困った表情で俺を見る。
「嬢ちゃんのなりからじゃあ、やっぱり実力者にはとても見えないんだよな」
「むぅ……」
まぁ、ロベルトが言わんとせんことはわかる。
俺だって何も情報なしに、街中を歩いている見た目幼い少女が相当な実力をもっているなどと判断することはできないと思う。
だから理解はできるのであるが、それでも俺としてはそんなぞろぞろと大名行列のような状態で移動したくないのだ。
一度お茶を口に含み、どうにか護衛依頼をうまいこと断れないかと思案する。
「……ほら、ロベルトさん。今は王都周辺の魔物討伐に人数が足りていないと聞きます。私なんかの護衛よりも、もっと優先度の高い依頼がたくさんあると思いますので、そちらに冒険者を割り当ててもらった方がいいような?」
「まぁそういうな。確かに、護衛依頼の他にも街道沿いの魔物の討伐といった片付けなければならない依頼は山積みだ」
「なら……」
「しかし残念ながら、その片付けなければならない依頼を受けてくれる冒険者がなかなかいないのが実情なんだよ。冒険者はいても、今王都にいる冒険者は迷宮での一攫千金を夢見て来ている者が多い。
さらに迷宮の方が王都周辺よりも珍しい魔物が出現し、素材は高値で取引されるときた。
冒険者だけでなく、商人も王都迷宮に出現した魔物の素材を高額報酬で依頼に出す。
さて、嬢ちゃんならうまみの少ない王都周辺の討伐依頼と迷宮の討伐依頼どちらを受ける?」
「……そんなのどう考えても後者を選ぶに決まってるじゃないですか。でも、今の話なら私の護衛依頼を受けてくれる冒険者もいないのでは?」
「そんなことはない。ようは旨味さえあれば冒険者は依頼を受けてくれる。
もうわかるだろう?
お嬢ちゃんの護衛依頼の報酬はなかなかのものだ。
まだ募集は出していないが、すぐに人は集まるだろう。
それに護衛ついでに王国から依頼されている公爵領へと向かう街道沿いの定期見回りも兼ねることができるから、冒険者ギルドからしても美味しい依頼なんだよ」
「…………」
「嬢ちゃんは冒険者に護衛されるのが嫌なのか?」
嫌だという思いが露骨に表情に出ていたのだろう。
分らんとロベルトは首を傾げる。
「冒険者に護衛されるのが嫌なのではなく、そんな大人数で移動して目立つのが嫌なんです!」
「嬢ちゃんは公爵家の御令嬢なんだから、それくらい慣れたものじゃないのか?」
「私は養子で、元庶民ですよ? そんな状況になったことありません」
「そういえば、そうだったな。なんというか……」
ロベルトは俺を上から下まで視線をやる。
「……何です?」
「いや、何でもない。とはいっても、剣聖となった今、目立ちたくないと言われてもな」
「……私だってなりたくてなったわけじゃ」
「普通はなりたくてもなれないんだよ」
「ってそこではなく、ロベルトさん、護衛が何人かつくのは仕方ないと思うことにするので、せめて人数! 人数は減らしてください! なんなら魔物とか出てきても私が対処しますから、それならそんな人数いらいないですよね!?寧ろ一人の方が動きやすいまでありますし」
「依頼はソフィア様から受けたものだから変更は無理だ。俺の一存で依頼と異なる護衛人数しか用意していなかったら俺の責任問題になるからあきらめてくれ。
それに護衛ってのは人数揃えるのは大事なことを理解しろ。
危険なのは魔物だけじゃない。
最近はまた盗賊が各地に出没しているとも聞く。
こう言ってはなんだが、嬢ちゃんは魔物と同じように盗賊も倒せるか?」
「それは……」
痛いところをつかれた。
確かに俺は人を殺すという経験はない。
忌避してきた。
こちらので世界では盗賊は捕えるものではなく、魔物と同じく討伐対象であることを理解はしているが、いざ殺せと言われたらきっと俺には難しい。
「まあ、そういった盗賊に襲われる確率は高くないが、俺から言えるのは、人数を揃えていたほうが盗賊に狙われにくいってことだ。
俺は嬢ちゃんが実力者ってことを知っているが、皆が皆知っているわけではない。
もし、運悪く少人数で盗賊の前を馬車で通ってみろ。
俺だったら格好の獲物が来たと判断するだろうな。
嬢ちゃんは大丈夫かもしれんが、そのために従者に被害が及ぶかもしれないのは本意ではないだろう?」
「……それは、はい」
「それにな」
真剣な口調で話していたロベルトは口角を上げ、続ける。
「今回の依頼は受ける冒険者にとっても、サザーランド家と繋がりが得られる貴重な機会だ。
嬢ちゃんが目立つのは嫌だというのは理解したが、今回は我慢してくれ。
そしたら今度、俺に出来ることであったらできるだけ協力してやるから」
こうして俺のサザーランド領行きはなかなかの人数でぞろぞろと向かうことが確定した。
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