第六十九話「登場」
「おーおー、こりゃすごい人だな」
「うん、すごい」
「しかし意外だな。お前はこういうお祭りごとに興味がないと思っていたが」
「む、失礼。……好きな人が出るんだから見る」
「恋ってのは偉大だね」
ラフィはジト目でアレクを睨む。
二人は既に剣聖の正体を知っていた。
「くうううう、まさかこんな試合をこの目で観ることができるとは!」
「ゲルト座って! 子供じゃないんだから」
「でもマリヤ、剣舞祭のフィナーレだぞ!? しかもこんないい席で!」
「そういえばゲルトも予選には出場したんだっけ? どこまでいったの?」
「うっ……、それは」
からかうようなクロエの言葉にゲルトは答えに窮する。
アレクの隣にはラグマックの一行が座っていた。
この席は、今回の人攫い事件解決に尽力してくれたお礼として、報酬とは別に王国から招待されたものだ。
最前列に近い位置。
普通の剣舞祭のチケットの入手方法ではまず座れない場所であった。
「ああ、ゲルトがこの前珍しく防具屋で甲冑を買っていたのはそのためか」
「見てたのか……」
ゲルトの普段の装備は急所を守る部分は金属プレートで覆っているが、動きやすさを重視し、大部分が魔物の革で造られたものを使用している。
ゲルトに限ったことではなく、冒険者の多くは全身を金属で覆う、甲冑を装備するものは少ない。
理由は簡単。
長時間の移動に向かないからだ。
そういった理由でゲルトが冒険者稼業をするにあたり、甲冑を装備することはなかった。
「たまたま槍のメンテナンスのために通りかかっただけだよ。で、結果はどうだったの?」
いつもの笑みを浮かべながらライムントが問う。
「ちっ、だいたい察しがついてるくせに。二回戦負けだよ」
不貞腐れたようにゲルトは言う。
「へー、ゲルトでもそんなものなのか」
「ゲルトの相手はまだ成人したばかりくらいの子が相手だったかな。
でも、すごい強くて試合開始と同時にゲルトは首元に剣を突き立てられて、そのまま降参」
マリヤにより付け加えられた試合の詳細に、ゲルトはがっくしと肩をおとす。
その様子を見たライムントとクロエは苦笑する。
「いいんだ。俺は対人戦闘の経験は野盗くらいしかないからな。魔物相手に戦えれば冒険者として問題はない」
「年下に負けて、落ち込んでるかと思ったけど。意外と平気なんだね」
ライムントが珍しいものを見たといった様子で発言する。
「最近身近で小っちゃくてやばい奴がいたからな。その辺りは耐性がついたのかもしれん」
周囲の面々も「あぁ、なるほど」と納得する。
「そういえば、アリスちゃんはこの試合観に来てないの?」
マリヤが辺りをキョロキョロと見回しながら言う。
その疑問にアレクが答える。
「来てはいるがここにはいないぞ。今日は御学友と一緒だ」
「そうなんだ……」
少し残念そうなマリヤ。
「まぁ、アリスなら今日はあの辺りにいるだろう」
「あの辺りって、えっ!?」
アレクが指さす方向は貴賓室。
普通の人が立ち入れる場所ではない。
「そ、そっか。忘れてたけどアリスちゃんは公爵様の養子だったっけ? あれ、でも御学友って?」
「アニエス・アルベール殿下だ。学校の寮も同室らしいぞ」
「ええっ!?」
さらりと言ってのけたアレクの発言に、マリヤは驚きの声を上げる。
声は上げないまでも、ラグマックの面々も目を丸くする。
「おいおい、只者じゃないのはわかってはいたが。
姫様と同室? 王家がアリスの実力をかって、姫様の護衛にということか?」
「でもゲルト、今はアリスちゃんの身元はサザーランド公爵様の養子として保証されているけど災厄の被害で以前の記憶を失っているんでしょう?
アリスちゃんには悪いけど、身元がわからない人間にそんな大事な役目を任せるかな?」
「確かに、クロエの言う通りだな……」
答えを求めるように、ゲルトはアレクに視線を向けた。
「別にそんな複雑な事情はないぞ。俺達が助けた少女――アリスのことだが、ガエルの厚意で王城で面倒を見てもらえることになった。
その時、アリスを見掛けた姫様が大層気に入ったとか。
目覚めてからも姫様がアリスを妹のように可愛がっているだけだ」
一部嘘が混じった情報をアレクは淀みなく答える。
(まぁ、アルベール陛下はナオキを成り行きではあるが姫様の護衛に仕立て上げているのは間違いないがな。
お人好してっのは損な役回りだね)
心の中でだけ付け加えておく。
「まぁ、アリスちゃんは可愛いものね。
姫様の気持ちもわからなくないかも」
「……今更だけど、俺、アリスに対して滅茶苦茶無礼な振る舞いをしてる? 姫様に知られたら処分されちゃう?」
にこにこと納得するマリヤとは対照的に、ゲルトは青ざめる。
「でも、なんでアリスちゃんはわざわざ冒険者なんかになりたがったんだろう?」
「あー、確かに。私達みたいに別にお金に困ってるわけでもなさそうだしね」
ライムントとクロエは新たな疑問を抱く。
「ただの趣味だろうな」
「うん、ただの趣味」
アレクの発言に、ラフィもこくこくと同意した。
「よくわからない子だな……」
「まぁ、アリスの考えてることなんて考えるだけ無駄無駄」
「うん、無駄」
アレク達一行が雑談に興じていると、やがて司会の女性の声が場内に響いた。
『大変長らくお待たせいたしました!』
そこまで聞こえた所で、会場内が一斉に沸く。
声はかき消され、アレク達の耳まで何を言っているのかはっきりとは聞き取れない。
周囲も同じ状況であろう。
だが、場内の雰囲気に合わせて歓声はそれでも大きくなっていく。
アレクはあまりの大音量に耳をペタンと少し畳む。
辛うじて聞き取れた言葉から、まず剣聖に挑戦するものが入場することがわかった。
紹介と共に更に大きな歓声が起こる。
挑戦者の名はジン・タチバナ。
「強いの?」
ラフィがアレクに尋ねる。
「確か災厄が起きる前に行われた前回大会の優勝者だ。
今年も優勝したってことか」
「……流石、よく知ってるのね」
「耳がいいのが取り柄だから」
お道化た口調でアレクは返す。
そしてジンが中央に着く。
続いて剣聖の紹介だ。
司会が紹介を国王であるセザールへとバトンを渡す。
歓声がやや大人しくなる。
皆、セザールの口から発表される剣聖の名に耳を傾けているのだ。
『それでは紹介しよう。
百年ぶりに現れた七代目剣聖を。
その名を、アリス・サザーランド――!』
溜めていたものが爆発するかのように、歓声が沸く。
既に知っていたアレクとラフィは先程と変らぬ様子だが、ラグマック一行はぎょっとした表情をする。
「えっ?えっ?」
「どういうことだ?」
「今、聞き間違いじゃなければアリスちゃんの名が?」
「うん、間違いなく」
真偽を確かめるように、事情を知っているであろうアレクに視線が向けられる。
だが、アレクが何かを言うまでもなかった。
注目していた貴賓室。
セザールが後ろを向き、手招きしているような姿。
次に何かを持ち上げた。
そして大きく宣言する。
『アリス・サザーランドである』
セザールが持ち上げたのは一人の少女。
ここにいる面々はよく知っている少女だ。
間違いないと確信する。
だが、何も知らない場内の多くの人々は困惑した。
アリス・サザーランドと紹介された人物が剣聖であることは理解できるが、陛下が持ち上げた少女と剣聖が結びつかないためだ。
アレクは『遠見』のスキルでおめかしし、立派な衣装を身に纏うアリスの姿ををはっきりと捉えていた。
「ぶっ、あはははははははは!」
「アレク、笑いすぎ」
「ひぃーっ、ひーっ!、いやあ、可愛いじゃないか、あははっはは」
「アレク、笑いすぎ」
静まり返った場内にアレクの笑い声が響く。
やがて、場内はアリスの登場を、歓声ではなくどよめきにより迎え入れ始めた。
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