第十三話「それぞれの休日」


「今日はアリスと街で遊ぶ予定だったのに!」


 エルサの目の前で不満を露わにするお姫様――アニエスが叫ぶ。

 足をバタバタさせ、その姿は一国のお姫様の態度としてはいかがなものかと思うが口にはしない。


「私はアリスの代役ってわけね」

「代役ってわけではないけど……」


 二人が居るのは商業区、そして王都で人気の菓子店「シャフラート」。

 その2号店だ。

 隣の1号店が販売のみを行っているのに対し、2号店はカフェをメインとし営業する予定だ。

 内装は落ち着いた木目調の壁紙に、ゆったりとした座席スペースが確保されている。

 といっても開店するのは来週。

 今は開店準備中であるため二人以外のお客はいない。

 エルサの実家が資金を援助している縁と、「シャフラート」のオーナーの厚意で開店前のお店でこうしてお茶をしていた。

 エルサ一人の訪問でも快く開店前のお店に入れてくれたであろうが、今回はアニエスも同伴ということもありオーナー自ら厨房で腕を振るっていた。

 アニエスの言葉を聞きながらエルサは机に置かれたティーカップを静かに手に取り香りを楽しむと口に含む。

 自慢の菓子も楽しみだが、入れられた紅茶も厳選された茶葉であることがわかった。

 クセのないすっきりとした味わい、ほのかな苦みが口に広がる。

 

「で、何でアリスちゃんを先に取られちゃったの?」

「勇者様の仲間の一人がアリスちゃんを訪ねてきてね」

「ほおほお」


 ちょっと前のエルサなら勇者様の仲間の一人が訪ねてくる、その言葉だけで度肝を抜かれたことであろうが、今は「ほーん、今度は勇者様のねー」くらいにしか感じなくなっていた。

 

「話を聞くところによると、迷宮でアリスを助けてくれたみたいなの」

「じゃあ、無事アリスを助けてくれたのだから感謝しないと」

「それはそうだけどー」


 ぶーっとアニエスはほっぺを膨らませる。


「アリスもアレク様に嬉しそうについていっちゃうし」

「へ、アリスちゃんが男の人と一緒で嬉しそうなんて珍しい」

「そういえばそうね」

「これはあれね。アリスちゃんはアレク様のことが好きなのね!」

「え!? 何でそんな話に――」


 エルサの唐突の発言にアニエスは声を荒らげるが、何かを思い出しポツリと一言。


「そういえば、アリスが珍しく呼び捨てで呼んでた……」

「それは決まりね。

 大体、アリスちゃんって勇者様達によって災厄から助け出されて」

「うん」

「今回は、アレク様が身を挺して迷宮まで助けに来てくれたんでしょう?

 私だったら惚れるわー」


 冗談交じりのエルサの発言であったがアニエスは衝撃を受けたように固まる。

 興味本位でエルサは言葉を繋ぐ。


「アレク様って顔はイケメンなの?」

「私はあんまり男の人の顔はわからないし、そんなに顔をまじまじと見たわけじゃないけど」


 思い出すように、アニエスは顔を傾げやがて結論をだす。


「うん、イケメンって言ってもいい風貌だったかな?」

「アリスちゃんにとってはまさに物語の王子様ってわけだ」

「そう……なのかな。そうかも……。

 お姉ちゃんは複雑な心境だよ……」


 せっかくの美味しい紅茶をちびちびと口にしながらアニエスは項垂れる。

 アニエスの様子をエルサは観察しながら、本当に「お姉ちゃんとして」の気持ちで落ち込んでいるのか疑問に思うが口にはしない。

 本人は否定するが、アニエスのアリス好きは、本当に「好き」なのだとエルサは思っている。

 そして、アレクがアリスを迷宮で助けたという話も嘘が混じっていると睨んでいた。

 「剣聖」の称号を持つアリスに助けが必要と思えない。

 エルサはふと思いつく。 


(実は勇者の正体もアリスちゃんだったりして)


 それこそあり得ない。

 勇者は今は遠く北の大地にアニエスの兄ガエルに同行したと聞く。

 思い付きを否定しながら、エルサは目の前で意気消沈し、己の恋心に気付かぬ友人をどう励ますものか悩むのであった。 



 ◇



「いよいよ始まるな。調子はどうだ?」

「はい、問題ありません」


 ザンドロ・ヴァーグナーは休日、実家に戻り父リヒャルト・ヴァーグナーと話していた。

 始まるのは何か言うまでもない、剣舞祭だ。


「今年は例年にない人数が参加するようだ」

「聞き及んでおります」

「お前の実力なら予選は問題なく勝ち上がられるだろう。

 幸いなことに、同じブロックに脅威となりえる実力者はいない」


 リヒャルトが握る紙にはザンドロが配置された予選ブロックのトーナメント表が記載されていた。

 剣舞祭と呼ばれる、メインの試合は本戦と呼ばれ二週間後に開催となる。

 その本戦に参加できるのは三十二名。

 本戦参加者を決める予選が来週から行われるのだ。

 久しぶりに剣舞祭が開催されためか、またはザンドロと同じく剣聖が決まり、来年以降剣舞祭が開催される可能性は低いからか、例年にない人数が参加している。

 毎年予選の段階で二百人ほどの参加人数が今年は千人に迫る。

 発表された予選表には所狭しと名前で埋め尽くされていた。

 自身の名前を探すだけで一苦労であった。

 予選表には対戦者の名前、場所、時間が記載されている。

 ザンドロの一回戦は二日後の十の時。

 運がいいことに場所は学区から最も近い商業区の広場だ。

 対戦相手の名前は知らないが、どんな相手であろうと倒すだけだ。

 そうザンドロは決意する。


「今年はジンも参加するようだ」

「それはまた……。

 剣舞祭で一度優勝した者は参加できないのでは?」

 

 リヒャトルが口にした名前にザンドロは驚き、疑問を口にする。

 ジン・タチバナ。

 剣舞祭に参加するものでその名を知らぬ者はいないだろう。

 四年前の、つまり前回剣舞祭の優勝者だ。

 ザンドロの疑問にリヒャトルが答える。


「優勝者が二度と剣舞祭に参加しないのが慣習みたいになっているが、そもそもそのようなルールは存在しない」

「そうだったのですか?」


 ザンドロは驚き目を丸くする。


「ならば、此度の剣舞祭に父上も参加すればよかったのでは?」


 優勝者が参加してはならないというルールがないのであれば、以前の優勝者である父リヒャトルも参加して問題ないはずだ。

 ザンドロの考えはリヒャトルに笑い飛ばされた。


「それこそまさかだ。今の俺ではお前に勝てん。

 剣に奇跡はない。

 実力が上のものに挑むのだ、剣士にとっては愚かな選択だ」

「ご謙遜を……」

「お前が俺を評価してくれるのはありがたいが、歳には勝てん。

 心配はしていないが、予選から存分に力を発揮しろ」

「はい」


 リヒャトルの言葉にザンドロは力強く頷く。


「そういえば剣聖の名を教えていなかったな。今更だが名は――」


 リヒャルトの言葉をザンドロは遮る。


「父上、名は聞く必要ありません。

 剣聖を名乗る者を倒す、それだけです」

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