第十二話「初依頼」
朝、俺達は冒険者ギルドに向かうことにした。
昨晩ラフィが話していた通り、アレクに迷宮に行くことを伝えると、
「俺もついていくわ、暇だし」
すぐに快諾した。
なお、ラフィは朝食を取りに一階に降りてきた時から終始無言。
昨日あれだけ飲み、今朝も体調は大丈夫か心配し部屋に行くと謎のヘッドバンギングを繰り返していた。
後ろを歩いているラフィは普段通り、終始無言無表情。
体調は悪くなさそうに見える。
ただ、顔を下に向け俺と目を合わせてくれない。
(俺、昨日何か怒らせることでもしたか?)
一年の旅の付き合いで、何となくはラフィの感情の機微はわかる。
今のラフィは理由はわからないが、やや不機嫌。
昨晩はあれだけ機嫌がよさそうであったのに。
「ふああ、何か寝すぎて逆に眠いわ」
横を歩くアレクが大きな欠伸をしながらぼやく。
「大分早い段階から寝てたもんな」
「みたいだな。確かにいい感じで飲んでたが、酔いつぶれる量ではないと思ってたんだが。
俺も年をとったか……」
ボヤキながら、頭に載せていた帽子を取り、トレンドマークである耳が露わになる。
「目立つんじゃないの?」
「やっぱ耳を塞がれると、どうも気持ち悪くてな。
今更だし、目立っても問題ないわ」
頭をかきながらアレクは言葉を続ける。
「この辺りは冒険者ばっかだから気にしない。
うぜえのはちょっと偉そうな輩くらいだ。
そういう連中はこの辺を歩いたりしないよ。
ほら」
そう言うとアレクは俺の頭にボスンと帽子を乗っける。
でかい。
「やるよ。お前、何故か帽子を羨ましそうに見てただろ」
「まじで! やった!」
俺は年甲斐もなくはしゃぐ。
中身だけの問題で外見上は年相応にはしゃぐ少女でしかないが。
クルクルと回りながら。
「何でそんな帽子欲しかったんだ?」
アレクの疑問に俺は収納ボックスから杖を取り出し、ポーズをとりながら答える。
「魔術師っぽくない?」
とんがり帽子、杖、あとはローブがあれば完璧だが、これが俺のイメージする魔術師だ。
あと間近に見ていたラフィが帽子を被っていたのもあるか。
テンションが上がった俺はラフィの手を取り、横に並ぶ。
手を握られたラフィは驚き顔を赤くしていたが、俺は気付かない。
「……!」
「ほらほら姉妹みたいだろ」
「確かにな。背丈も似たようなもんだし」
「だろう!」
はしゃぐ俺。
が、握っていた手が突如引っ込められ素早い動きでラフィは俺から少し離れた。
俺、しばし硬直。
小走りでアレクの横に戻り、小声で相談する。
「アレク、ラフィが怒ってるんだけど。
何か心当たりはないか?」
「はあ? お前、あれが怒ってるように見えるか?」
「今朝から俺が何かしたのか様子がおかしいんだ」
ちらりとラフィの方を窺うと、一歩後退したラフィは視線を俺にやったり地面にやったりと落ち着かない。
明らかに変だ。
その様子でアレクには全て得心がいったようで、呆れたように言う。
「……昨日は上機嫌だっただろう」
「ああ、ラフィの意外な一面が見れた」
「俺にはよくわからんが長耳族では無口無表情がモテる女なのだとよ」
「何だそれ?」
「さあな。とりあえず、酔った勢いでお前さんにはしたない姿を見せたことをラフィは今更後悔してるんだよ。
というか、よくよく考えたら俺が麦酒でつぶれるわけがねえよ。
ラフィ、何かしたな……」
後半は独り言のようで、俺の耳には届かなかった。
「じゃあ、別に怒ってるわけではなかったんだな。よかった」
「とはいえあの様子で迷宮行くのはめんどいな……」
「どうすればいい?」
「じゃあ、魔法の言葉を教えてやろう」
「さすがアレク!」
ごにょごにょと俺の耳に魔法の言葉をアレクは教えてくれる。
教えてもらった俺は首を傾げ、顔にクエスチョンマーク。
そんな言葉でラフィの様子が改善されるものか、と疑問に思うが、一年の共闘の中でアレクは的外れなアドバイスを送ることは一度もなかった。
素直に従うことにする。
俺は再びラフィに近づき。
「ラフィ、ラフィ」
「……何?」
「昨日のラフィ可愛かったよ。俺は好きだな」
「……!!!!!」
そのままの言葉を告げると、今はお酒を飲んでいないラフィの顔は目まぐるしく変化し。
「……馬鹿」
一言だけ告げると、再びそっぽを向けられた。
俺は慌ててアレクの下に戻る。
「状況悪化してないか!?」
「いや、あれでいいんだよ。
後は放っておけ」
「そう、なのか……?」
ラフィの様子は先程よりも悪化しているように思えたが今はアレクの言葉を信じることにした。
「世話がやける二人だ……」
アレクのぼやきは賑やかになってきた街の音でかき消された。
◇
冒険者ギルドに着くと、俺は依頼書が貼られているスペースに向かう。
壁の一角が「王都迷宮依頼」として確保されており、びっしりと依頼書が貼られていた。
俺と同じように他の冒険者も、おいしい仕事はないか血眼になって依頼書を見ていた。
「別に依頼受けなくてもいいんじゃないか?」
真剣に依頼書を吟味する俺にアレクは声を掛ける。
確かに今回の目的は、レベル上げであり無理に依頼をこなす必要もないが。
「せっかくだから少し稼ぎたい」
「先日手に入れた竜の素材を売れば良くないか?」
実を言うと青の死体のほとんどを俺は回収していた。
「……これ、市場に出回ったらまずいだろう」
「だよな」
さすが神様お手製の竜。
爪一枚にしても、ドワーフ族が丹精籠めて打った剣よりも強靭な強度を誇る。
市場に出たら騒動になるのは明らかだ。
なお、青は全部燃やしちゃっていいよといったが死体のくせに火の魔術を
死体を放置するわにもいかず、今は俺の収納ボックスで文字通り死蔵している。
「これなんかどう?」
一枚の依頼書をラフィが指さす。
"レッドバジリスクの鱗入手依頼"と書かれていた。
アレクの言う通り、暫く様子のおかしかったラフィだが冒険者ギルドに辿り着くころには普段の様子に戻っていた。
俺が依頼をせっかくだから受けたいという言葉を聞き、まじめに依頼書を一緒に探してくれていた。
「うん、いいね。これにしよう」
即決。
レッドバジリスクがどういった魔物かはわからないが、依頼書に書かれている報酬の良さと何より指定されている鱗の量が一匹分と少なく、さらに攻撃による欠損が出ても報酬は支払い、状態が良ければ報酬上乗せという好条件だ。
壁の依頼書をはぎ取ると、俺は冒険者ギルド受付のカウンターへと足を向ける。
俺は気付いていなかったが、その依頼書を手に取った瞬間周囲の冒険者は硬直していた。
レッドバジリスクはAランクチームが2チーム以上合同で討伐することが推奨されている非常に凶暴な魔物であり、それを遠足にでも行くような軽いノリでアリスが受けることを決断したことに。
また、その決断した本人が冒険者の風貌には見えず、どうみてもただの少女であることに。
冷やかしだ。
ただの冒険者に憧れた女の子が何も知らずにはしゃいでるだけだ。
すぐに冒険者は温かい視線でスキップしそうな勢いで受付に向かう少女を見送った。
だが次に冒険者を待ち受けていたのは驚愕だった。
ありえない。
誰かが声に発した。
受付で繰り広げられている光景に。
アリスが受付のお姉さんに依頼書と、金属プレートを渡す。
「はい、アリス・サザーランド様ですね。
依頼書の受注を承認しました。
それではお気をつけて」
「はい! ありがとうございます」
金属プレート――ここにいるものなら誰もが知っている冒険者の証。
それには魔術の刻印が施されており、ギルドが持ち主が本人であることを確認するために使っている。
依頼書は代理の者が受注することは敵わず、さらに実力が依頼に見合わないとギルドが判断すれば希望の依頼書を受注できない。
つまり見た目幼い少女は、ギルドが認める実力者であることになる。
((((何者なんだ!?)))
その日、冒険者ギルドに衝撃が駆け巡った。
だが当の本人が自身が話題の中心になっていることなど知らず。
「アレク、ラフィ受注したよ。行こう!」
冒険者ギルドを後にした。
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