第十一話「ラフィの奇行」

 

 酔っぱらったラフィはよくしゃべる。

 そして抱き着き魔であることが判明した。

 隣に座った俺に終始抱き着き、だらしない笑みを浮かべながら得意の魔術談義を披露していた。

 お酒を飲めぬ俺は、酔っ払いのテンションに若干引きながらも話を聞く。

 だがラフィの酒を飲む勢いも長くは続かず。

 唐突に電池が切れた人形のように会話は途切れ、俺の肩に身体を預け動かなくなった。

 小さな寝息が横から漏れ聞こえた。

 店内はだいぶ遅い時間になっているが未だ喧噪が止む気配はない。

 ひとまず注文していた果実ジュースを静かに飲み、机の上の料理をゆっくり味わう。

 すでに運ばれてきてから時間が経っているにもかかわらず美味であった。


(お酒が飲めるようになればもっとおいしいのかな)


 静かに黙々と机の上を片付けていると、ガタイのいい男性が俺達のテーブルに顔を出す。


「おう、やってるか……ってアレクが潰れてるのか。珍しい」


 俺は会釈し、食べてた物を飲み込む。

 声が厨房の奥からたまに漏れ聞こえてくる人物のものと気づいた。

 つまり、この店の店主。


「やれやれ、小っちゃい子を残して大人二人が潰れてるとは……。

 嬢ちゃんも大変だな」

「いえ、料理すごくおいしいです!」


 笑顔でにっこりと微笑む。

 お世辞抜きに、ここのお店の料理は格別だ。


「おう、ありがとうな!」


 俺の笑顔に店主も嬉しそうに笑う。

 そういえば、と俺はラフィとアレクがここに宿泊していると説明していたことを思い出す。


「アレクとラフィ、ここに泊ってるって聞いたんですけど二人を部屋まで運んでもいいですか?」

「あー、そうだな。こりゃ起きんか。

 手の空いてるやつに手伝わせよう」


 店主は店内の給仕の少女を呼ぼうとするが。

 俺は身体にもたれかかっていたラフィの身体を優しく横にやると、背中と膝下に手を回し持ち上げる。

 お姫様抱っこと言うやつだ。


「いえ、部屋の番号を教えてもらえれば運んでおきます」


 小さい俺が軽々と同じくらいの背丈であるラフィを持ち上げたからか、店主は目を丸くする。


「お嬢ちゃん、見た目によらず力持ちなんだな」

「ラフィは軽いので……」


 少し店主は考えるが。


「まあ、アレクは俺が担いでいくか。

 ラフィはお嬢ちゃん頼む」

「はい」


 店主もアレクに肩を貸し、足を引きずりながら運び始めた。

 俺も後に続く。


「マーサ、こいつら部屋に運ぶから鍵とってきてくれ」

「はーい!」


 二階に上がり、部屋の前に着く。

 ちょうどのタイミングでマーサと呼ばれた少女が鍵を手に戻ってきた。

 錠前に鍵を差し込み扉を開く。

 まずはアレクを部屋に転がし、続いてラフィの部屋へ。

 ラフィの部屋に入り、俺はそっと横にラフィを寝かすと外に出る。

 外に出ると、二人に礼を述べた。


「ありがとうございました」


 ペコリと。

 その様子に店主は感心する。


「小さいのによくできた嬢ちゃんだ」

「本当! そういえば結局聞きそびれてたけど、アレクさんとはどういう関係なの?」


 好奇心旺盛のマーサは目を輝かせながら俺に問う。

 どういう関係かと言われ、答えるなら仲間?

 一緒に旅した仲?

 少し悩み、結局俺が口にした答えは。


「以前、アレクさん達に命を助けてもらったことがあって……。

 王都に来たついでに私の顔を見に来てくださったみたいです」

「命って見た目によらずハードな人生送ってるのね……。

 その制服、王立学校のものでしょう?」

「はい、そうです」

「どっかのお嬢様をアレクさんがさらってきたのかと思ったよ」

「ハハハ、違いないな! まあ、あいつにそんな度胸はないだろうだ。

 そういえばお嬢ちゃん名前は何て言うんだ?」

「アリスです」

「アリスちゃんか!年は何歳なの?

 学校に入ってるってことは十二歳?

 それともラフィさんの知り合いってことは見た目に依らず、実は私より年上だったりするの!?」


 十七歳ですと答えても話がややこしくなるので大人しく設定どおりの年齢を俺は告げる。

 

「いえ、十歳です」

「あれ、十歳で学校に入れたの?」


 俺の答えにマーサは驚き目を丸くする。


「色々あって、特別に入学を許可されました」

「ひえー、可愛いだけじゃなくて才女だったのか」


 ころころと表情を変えるマーサは俺の答えにすごいすごいと素直に褒めてくれる。

 これだけ褒められると悪い気はしない。


「そう言えば聞いてなかったが嬢ちゃんは今日、どこに宿をとってるんだ?

 この辺りの治安はいいが、小さい子が出歩くにはだいぶ遅い時間だぞ」


 店主の言葉で俺ははっとする。


(そういえば宿なんかとってないぞ!)


 アレクに学校で拾われ、今日どこで泊るかなど一切考えていなかった。

 

「その表情は、宿をとってなかったんだな。

 今日はもう、うちの宿は一杯だったな……」

「あ、あのアレクの部屋に雑魚寝でいいので泊めさせてはもらませんか?」


 恐る恐る俺は提案する。

 内心は「誘ったのはアレクなのだから部屋の一角くらい貸せ!」である。

 だが、その提案を却下したのはマーサであった。


「駄目よ、男性と一緒の部屋なんて!

 アリスちゃんは女の子なんだから!」


 いえ、実は元男なのです。

 と言いたいが言えない。

 ならラフィの部屋で……とも言えない。

 マーサの言葉は続く。


「というわけで父さん、この子今日だけ私達の部屋で一緒に寝てもいいでしょう!」

「まぁ、それしかないか」


 マーサの言葉に店主は頷く。


「この店の従業員が寝泊まりしてる部屋で、客室のベッドよりは質が落ちるが空きベッドはある。

 それでもいいなら泊っていくかい?」

「お願いします!」


 俺はありがたい店主の提案を受けることにした。



 ◇



 次の日。

 朝の目覚めは最悪だった。

 ラフィはガンガン鳴り響く重い頭を持ち上げる。

 二日酔いである。

 いつの間に部屋に戻ってきたのか。

 状況を確認する。

 確認し、昨日の惨状を思い出す。


「……!」


 ナオキの前で饒舌に。

 話すだけでなく、ナオキに淑女の面影なく抱き着く醜態。

 ばっちり憶えていた。


「~~~~~~!!!」


 起き上がった枕を手に取り顔をうずめる。

 恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


(よりにもよって! よりにもよってナオキの前で!

 はしたない女と思われた!

 うわああああああああああああああん!!!!)


 記憶よ消えろ!!!!!!

 と消えるはずもないがベッドに頭を幾度も打ち付ける。 

 ボスンボスンと。

 周りが見えていなかったラフィは故に気付かなかった。

 部屋の扉が開いていることを。

 ラフィを心配し、ナオキ――アリスが覗いていたことを。

 ふっと枕から顔を上げた時、初めて扉が開いていることに気付いた。

 ばっちり、アリスと目が合う。


「……」

「……お邪魔しました」


 そっとアリスは扉を閉めた。


「~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!」


 暫くラフィは部屋から出てこなかった。

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