第六十二話「発動」
図面から何の魔法陣かを推測するには情報が足りなかった。
ラフィが先日、図書館で結論付けたように描かれている魔法陣の法則が一般的なものに当てはめることができないためだ。
詳細を知る最も手っ取り早い方法は、やはり俺が捕らえた男から聞き出すことだろう。
この場にいる全員の意見は一致した。
部屋にある魔法陣に意味がないことがわかったので、見張りに立たせていた騎士を引き上げ、団長であるエクトルも俺達と共に捕えた男の元へと向かう。
捕えた男は俺達が戻ってきたタイミングで目を覚ました。
目を覚まし、自身の置かれている状況を理解する。
男の身体は俺が適当に生成した金属で手足を縛り身動きを封じ、さらにラフィが男の周囲に対魔術師用の拘束結果を敷いているめ、抵抗する手段は全て奪っていた。
「このような場所で会うとはな……、ノイマン神父」
エクトルが男に声を掛ける。
その言葉で俺は、初めて男の名前がノイマンということを知った。
「これはこれは、誇り高き騎士団団長殿ではございませんか。
このような薄汚れた場所にご足労頂くとは」
捕まってるとは思えぬ態度でノイマンは返事をした。
ノイマンはエクトルの横に立つ俺に視線をやる。
「どうやら最後の最後に私は詰めを誤ったようだね。
一緒にいるその少女は囮だったか。
これは計算外……、私が知らない伏兵が潜んでいるとは思いもしなかった。
念入りに情報は集めたはずだが、はて。
団長殿、王国の将来を憂う者同士、その少女が何者か教えてはくれないか?」
エクトルはノイマンの質問には答えない。
ノイマンも答えてくれると期待してたわけではなさそうだ。
黙り、腰の剣を抜くと、ノイマンの眼前へとやり口を開く。
「私の質問に答えてもらう。
王都で流通が制限されている巻物を犯罪組織に横流ししていたのはあなたか?」
「ああ、そうだ。
そして、その対価として私は攫った子供を何人か要求した」
「嘘こけ。
仲介人を操り人形にし、攫った子供は全員お前のもとに流れていたんじゃないのか?」
アレクが言葉を挟む。
ノイマンはその言葉を受けニヤリと笑った。
「中々に鋭い。
さすがは勇者様のお仲間といったところか?」
「……つまり子供を攫っていたのもお前ということか」
エクトルが剣を一段と強く握る。
「ああ、そうだ」
「……随分とあっさりと認めるのだな」
「今更隠すようなことでもない。
それに、子供たちは敬愛なる神の贄となり素晴らしい役割を果たしてくれた。
誇るべきことだ」
「お前は狂ってる」
「私は正気さ。
そして、名残惜しいが時間だ」
「なに?」
突然、部屋に魔力が収束する。
目の前のノイマンは未だ魔術を封じられている。
どうやって!と疑問は残るが、魔術が発動する気配を察知した俺とラフィが防御障壁を瞬時に張った。
だが予想外であった。
黒い靄がノイマンの心臓を貫いたのだ。
鮮血が舞う。
貫かれたノイマンは笑っていた。
「ククク、お前たちもじきに神の贄となるだろう……!
残り少ない時間を君達も有意義に過ごすといい」
「どういう意味だ?」
ノイマンの言葉にエクトルは疑問を投げかけるが、すでに事切れていた。
ラフィに尋ねる。
「魔術をどうやって?」
ラフィは鋭い目で周囲を見回し、結論を口にする。
「予め仕掛けられていた魔法陣が発動した。
魔力が充填されてる」
部屋のあちこちから黒い靄が噴き出し襲い来る。
「無差別かよ……!
でも魔力はどこから!?」
俺は助け出した子供たちの周囲にも防御障壁を展開し、攻撃を防いだ。
「これは自然に魔力が集まったもの」
「自然に……?
そんなことがあるのか?」
「ある。
例えば私の故郷では世界樹の影響で、その木陰は年中魔力に充ちてる。
世界樹は極端な例だけど、自然に魔力が集まることは稀にあること」
「ナオキの疑問に付け加えるようだが、自然に魔力が集まったというには不自然すぎるタイミングじゃないか。
こんな狙って魔力が集まるか?」
「集まる。
アレクは今日が何の日か思い当たらない?」
「俺は魔術に詳しく……。
いや、まて。
そうかわかったぞ」
「そういうこと」
二人のやり取りから疎外感を俺は感じた。
全くわからない。
発動した魔法陣は効果を終え、再び部屋に静寂が訪れた。
防御障壁を解除しながら、俺は素直に教えを乞うことにする。
「……俺にもわかるように教えてくれ」
「ナオキには馴染みがないかもしれないが、今日は特別な日なんだ」
「剣舞祭の決勝が行われてるから?」
「違う。
すまない、俺の言い方が悪かった。
今日は月に一度の特別な日なんだ。
月に一度、月が満ちた夜にのみ中央大陸六か国に設置された転移陣が使用可能になる。
つまり、今日は王都に自然に魔力が集まる日なんだ」
ようやく得心がいく。
「この部屋に仕掛けられた魔術からして、人攫い事件の捜索に来た連中を一網打尽にする気だったんだろう。
まんまとはめられた。
俺はお前とラフィがいたから助かったが、近くに魔術を使える奴がいなかったら助かりようがない」
アレクの言葉ではっと俺はエクトルの方に視線をやった。
王立学校を卒業し、騎士になったものであれば多少は魔術の心得があるかもしれない。
だが、先程俺達を襲った魔術は恐ろしい威力を秘めていた。
つけ焼き刃の魔術では防ぎようがない。
俺達とは別に、この地下を捜索していた騎士がどうなったのかは想像に難くない。
「糞、あれだけ派手に人攫いをやっていたのはそもそも隠す気がなかったからか。
腕の立つ冒険者を殺したのは、そうすれば腕利きの冒険者や騎士団が捜索に加わる。
ナオキのお陰で多少は計画に齟齬が生じたかもしれないが、概ねこいつの計画通りに事が進行してるとみていいだろう」
殉じた騎士を思ってか、一度目を閉じたエクトルだが、すぐに目を開き、厳しい顔をしながら口を開く。
「ラフィ君は確か、王都に何か仕掛けられてると……。
つまり、あの部屋でみた魔法陣は今まさに魔力が充填され、発動されようとしているということか?」
「そう」
「こいつは死ぬ間際に"残り少ない時間を"と言っていたな」
「あれは、俺達をさっきの魔術で葬るって意味じゃないのか?」
「ありえない。
あの男は俺のことを勇者の仲間の一人と知っていた。
ラフィのことも当然知っていただろう。
それに、お前の実力も把握済み。
あの程度の魔術で葬れると甘い考えを持つ男じゃない」
アレクの疑問に俺は答えるが即座に否定された。
「そして、そんな奴が自身満々に"お前たちもじきに神の贄となる"と宣言した。
これは相当まずいぞ……!」
王都に何が仕掛けられたか、未だ全貌は掴めない。
だが、碌でもないことが今この時も着々と、取り返しのつかない事態に向かって進んでいることを俺は改めて理解した。
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