第十一話「宮廷魔術師」


 アルベール城の一室。

 上座には現国王が座り、その隣にガエル殿下が控えている。

 部屋にはこの国の行政を司る重鎮が重々しい空気を醸し出していた。

 リチャード・サザーランドもその中の一人である。


(老体には長時間座るのもきついわ。やれやれ)


 サザーランドは今年で六十となるが、現役の宮廷魔術師だ。

 宮廷魔術師は国で最高の魔術師に与えられる役職である。

 次世代に引き継ぎたいものだが、適任者が現れず未だに籍を置く始末だ。


 部屋では朝から会議が行われていた。

 主たる話は国政に関することだ。

 先の災厄で問題は山積みである。

 貴族の跡取りが死亡し混乱している家も多い。

 貴族だけではない。

 普段は農業などを行っていた志願兵の多くの若者も帰ってこなかった。

 兵員は通常時の十分の一も残っていないだろう。

 王国の精鋭である騎士は王都内の防衛に努めている。

 王都決戦に備え、騎士の半数は王都に残したが最低限の防衛しか行えない人数だ。

 本来は国内の魔物討伐も騎士の仕事であるが、今は冒険者ギルドに依頼するしかない現状だ。

 兵員だけでなく若い労働力も不足しており、王国の未来は暗い。

 ガーランド帝国の復興特需で王都は賑わっているが、それは王都内限定にすぎないのだ。

 王国内は未だ混乱が続いている。

 

「――次に教皇国からの件ですが」

「対岸の火事なのを良いことに言いたい放題だな!」

「我が国に他国の復興を支援するほど人も資材もないことをわかっていっているのか!」


 怒号が響く。

 昨日、イルミダス教皇国を中心とした中央大陸の国々からなる評議会から使者が訪れた。

 簡潔に書くと「隣国であるガーランド帝国の復興はアルベール王国が主導でやってね」といった内容だ。


「つい先日までは奴らが主導で復興を行うから手出しは無用と言うておったではないか」

「はっ。空白の土地が無償で手に入る腹積もりだったのだろう。

 現実は魔物を駆除する速度よりも早く魔物が湧き、北の大地は今や魔物の巣窟と聞いたぞ」

「ガーランド帝国の支配をガエル殿下に任せてみては?とは。

 白々しい。どこに支配する人々が残っているというのだ?」


 憎々し気に各大臣は吐き捨てる。

 建設的な意見は出されず、ただいたずらに時間を浪費して本日の会議も終了した。



 ◇



 やっと会議から解放され、サザーランドは城の西棟に向かう回廊を歩いていた。

 西棟には客室が用意されている。

 夜の会食まで少し体を休ませようと考えたのだった。


(おや)


 ふと、サザーランドが足を止める。

 西棟の中庭で黒髪の少女がしゃがみ込んで一心不乱に何かを描いていた。

 一ヵ月前、ガエルに頼まれ魔力を診た少女であることに気づいた。


(昏睡状態から目覚めていたのか)

 

 サザーランドが診た少女は不思議な状態であった。

 呪術に侵された体は魔力に異常な乱れが診られるのだ。

 しかし少女の状態は魔力に乱れはなく、ただ生きていくにはあまりにも少ない魔力しか身体に宿っていないように診れた。

 ガエルには異常がないとはいったが、正直この少女は永くないだろうとサザーランドは結論付けていた。

 サザーランドは興味本位で探知スキルを使い少女の魔力を調べる。

 

(馬鹿な……!?)


 サザーランドは驚愕する。

 少女の魔力がわからないのだ。

 探知スキルを使い魔力がわからないということは、目の前の孫くらいの年齢の少女がサザーランドより遥かな高位のレベルにいることを意味していた。

 サザーランドが宮廷魔術師に就任し二十二年になるが、その間自分より高位のレベルに出会うことはなかった。


 サザーランドはガエルが少女を診るように依頼してきた状況を思い出した。

 見知らぬ少女のためにガエル殿下があそこまで取り乱すじゃろうか?

 違う。

 

(いや、そうか。そういうことじゃったか)

 

 繋がった。

 サザーランドは一つの結論を出す。


(死者の国の唯一の生存者という話は嘘じゃな。

 この少女が勇者本人で間違いなかろう)


 王国内で勇者は黒髪の少年と姿が伝わっているが、本当はこのような幼げな少女とはな。

 サザーランドの推測は若干間違っているのだが、ここにそれを指摘できる者は存在しなかった。


 サザーランドは少女の後ろまで近づく。

 ブツブツと呟きながら一心不乱に何か書いている。

 少女の真後ろに立っているのだが、一切気づく素振りを見せない。

 覗き込む。

 書いていた、いや描いていたのは魔法陣であった。


(しかも、これは……!)


 そう、サザーランドが今年まとめた論文に記載した精霊召喚の魔法陣であった。

 所々改変されているが間違いない。

 中庭を見渡すといたるところに魔法陣が描かれていることがわかった。

 と、少女が手を止める。

 魔法陣が描き終わったようだ。

 すくっと立ち上がり、手を魔法陣に伸ばし、魔力を籠め始める。

 触媒は使用しないのかとサザーランドは疑問に思ったが、すぐ疑問は驚愕に変わる。


(人工触媒を魔法陣の上に直接生成してるじゃと!?)


 しかも詠唱する素振りも見せない。

 無詠唱である。

 

「む、駄目か……」


 と落胆する少女の声でサザーランドは我に返る。

 魔術に造詣が深くないものならば、適当な魔法陣で、適当なプロセスを踏まなかったがために魔術が発動しなかったと思うかもしれない。

 しかし、サザーランドは違った。

 

(天才だ……)


 サザーランドは震えた。

 これほど興奮するのはいつ以来であろうか。


(この少女ならば……)


 失敗したばかりだというのに、すぐ座り込みまたブツブツと呟きながら新たな魔法陣を描いていく。

 サザーランドは少女に声を掛ける。



 ◇



 夜になった。

 サザーランドは現国王セザール・アルベールと会食していた。

 二人は五十年来の友である。


「やけに機嫌がいいではないか」


 セザールがサザーランドに語り掛ける。


「わかるか。さすが長い付き合いだけはあるな」


 サザーランドも上機嫌に答える。

 ワインを口にする。

 一息つき、サザーランドは意を決する。


「セザール、ガーランド帝国にはわしが同行しよう」


 セザールが息を呑む。

 宮廷魔術師であるサザーランドは王国内の最大戦力であり、高位の魔術師は騎士千人に匹敵するとも言われている。


「お主、良いのか?」


 サザーランドに問いかける。

 目の前の男は国王としての顔ではなく友の顔をしていた。

 サザーランドが不在になる王国に対する憂いではなく、友の身を案じてくれているのだ。

 セザールはサザーランドが長年精霊召喚という魔術に固執していることを知っている。

 そして今回のガーランド帝国への派遣は何年かかるかわからない。

 何より魔の巣窟となっていると聞き及ぶ。

 生きて帰ってこられるかも分からないのだ。

 当然、魔術を研究する時間などないだろう。


「今回のガエル殿下の派遣は断れまい……。

 わしが行けば騎士を王国内に少しでも残せるじゃろ。

 長いこと宮廷魔術師に籍を置いていたが責務を果たす日がついにきただけだ」


 セザールに笑いかける。

 ――それにな。


「夢を託せる者を見つけたのじゃ」

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