第二十九話「迷宮、奥底」


 俺が後ろを振り向いたのはたまたまであった。

 同時にヘルプの警告。


『マスター!』


 短い言葉。

 しかし、声のトーンに焦りが見られた。

 振り向いた先、たまたま目に入ったマリヤが消えた。

 いや、違う。

 地面が崩落し下に落ちたと理解した。

 即座に方向転換、マリヤが消えた穴へ飛び込み。


(間に合え!)


 落下したマリヤを視界にとらえた。

 抱き着く。


「な、んで」


 マリヤの驚いた声が俺の耳に入る。

 落下を止めるために魔術で空気を凝縮、固定しようと試みる。


抵抗レジストされた!?)


 何らかの作用により、魔術がかき消される。

 再度発動を試みるが結果は同じ。

 着地のタイミングを測ろうにも奈落の底とも思える闇。

 マリヤに抱き着いた俺だが、上から覆いかぶさる感触。

 お互いが抱き着くような姿勢で 落下速度は終端速度に達し、ぐんぐん下に下に、止まらない。

 空間に魔術を発動するのをあきらめ、自身の魔力が錬れる体の周囲にのみ魔術を展開しようと試みる。

 成功。

 『エアクッション』を体近くに展開し、いつ来るかわからない衝撃にそなえる。

 が、衝撃はすぐにおとずれた。


「くっ!」

「きゃああああああああ!」


 速度がエネルギーへと変り衝撃音を放つ。

 マリヤの俺を抱く腕にぎゅっと力が籠るのを感じた。

 魔術が発散しないように意識を集中する。

 一瞬の出来事、だが死と隣り合わせの一瞬。

 一生にも感じられる時が過ぎ、ふっと衝撃が和らぐのを感じた。

 俺は魔術を解く。

 予想した地面の冷たい感触ではなく、温かくやわらかな感触。

 マリヤの上、控えめな丘陵に頭をうずめているような形になっていた。

 慌てて上からどこうとするが強く腕で抱きしめられていたため、動けない。

 

「マ、マリヤさん何とか無事ですよ。腕から解放して下さい、息苦しいです。

 ……マリヤさん?」


 反応がないことを不審に思い、俺は視線をあげる。

 そこで初めてマリヤが気絶していることに気付いた。

 気絶してなお俺を腕から放さなかったわけだ。

 体勢が自由にとれない落下している状態で身を挺して俺を守ろうとしていてくれたことがわかった。 

 暫く胸の上に身を委ね、そのぬくもりを感じていたが、ヘルプの声が現実に引き戻す。


『マスター、多数の敵視ヘイトを確認』


 俺も視認した。

 マップウィンドウにも多数の赤点が表示される。

 仕方がないので強引にマリヤの腕から抜け出す。

 マリヤはまだ目を覚ます気配がない。


「ゲームでいうモンスターハウスのど真ん中に落ちたか?」


 唸り声が聞こえる。

 俺はマリヤを抱えて離脱しようと考えたが、抱えるにはこの身体が小さすぎた。

 即座に犬型石像ゴーレムを召喚し、マリヤを背に乗せる。

 

(ここで殲滅するか?)


 心配なのはまた、先程のように魔術の連続行使で倒れること。

 この場で戦えるのは俺しかいない。

 もし、倒れた場合魔物の餌食になるのが目に見えた。


(俺が倒れたら、ヘルプが魔術で戦うことはできないよね?)

『私が行使する魔術はあくまでマスターが行使してる魔術という括りなので、マスターが倒れた場合私は魔術を行使できません』

(倒れる寸前に強めの魔術で叩き起こしてもらうしかないか……?)

『推奨しかねます。魔物の数も不明、ここは無駄に消耗するより退くのが得策かと』

(いつも討滅を推奨するヘルプが退却を推奨するなんて珍しいね)

『私は状況を判断して提案しております』

(……どこに逃げればいいのかわからないがな)


 それでも俺はヘルプの提案を採用する。

 視認できる魔物の名前はわかっても、どういった行動や技を使ってくるかまではわからない。

 一人であるならばどうにでもなりそうだが、今はマリヤがいる。

 数も多い未知の敵を相手に、一人を守りながら戦うのは骨が折れそうであった。

 犬型石像を追加で二体召喚する。


「よし、退却!」


 召喚したばかりの二体を先頭に、中にマリヤを担いだ石像、最後尾に俺。

 道は分からないが、敵が見えてない方へと走り始める。

 俺達が走り始めたのを見ると、ゆっくり獲物を吟味するように近づいていた魔物も慌てたように追いかけてきた。

 走りながら収納ボックスから取り出した魔晶石を使い罠を仕掛ける。

 すぐに追ってきた魔物が罠にかかった。

 後方で爆発音が響く。

 魔晶石に『爆発エクスプローション』の魔術を籠めた簡易地雷だ。

 魔力をそこまで食わない割に、なかなかの威力、範囲。

 後ろの処理はこれの繰り返しで大丈夫そうと確信した。


 

「2号、3号は殿に配置変更!」

「「わおん!」」


 俺の声に即座に応え、前を走っていた二体の石像は並走し、後ろにつく。

 速度を上げ、一番前に躍り出る。

 杖を収納ボックスに仕舞い、陛下より下賜された剣を取り出す。

 俺にとっては杖がなくても魔術の行使に影響はない。

 多少威力は落ちるが、それでも魔物相手には十分であった。

 少し前方からは魔物がこないことを期待していたが、すぐ前方に魔物の気配を捉える。


「邪魔だ!」


 魔物が俺を捉えるよりも早く、加速、魔物を切り裂く。

 同時に魔晶石を探りだし、取り出す。

 魔術付与、『爆発エクスプローション』、地面に転がす。

 一連の作業を淡々と繰り返し、前へ前へ減速することなく繰り返していく。

 終わりが見えない戦いに思えた。

 通路を走り抜けていく。


(ん?)


 やがて、遠く先に淡く輝く場所が見えた。


(罠か?)

『わかりません』


 一瞬悩む。

 

(どうせどこに行っても迷宮の中、危険であることに変わりはないか)

 

 決断すると、淡く輝く場所に向かう。

 近づくにつれ、より煌々と光が漏れているのがわかる。

 やがて空間に辿り着いた。

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る