第三十話「秘密の暴露」
「うわぁ」
空間に足を踏み入れると、思わず声が漏れた。
まず目に入ったのが天井から枝を伸ばしている大樹。
広い空間、頭上を樹木が一面を覆っている。
迷宮内の通路を照らしていた青い光よりも、木々から生えている葉が一層強く光っていた。
地面には水面が見える。
ゆらゆらと青い光を反射し、より幻想的な空間を生み出していた。
(って見惚れてる場合じゃなかった)
思わず歩調を緩めてしまっていた。
すぐさま切り替え、アリス達を追っていた魔物を迎撃する態勢をとる。
しかし、予想していなかった出来事が起きた。
マップ上の赤点が、空間の手前で引き返していくのだ。
「どういうことだ? ここには魔物が入ってこられないのか?」
『理由は不明ですが、そのようです。
敵視も消えました』
「そうか……」
念のために周囲を注意深く索敵する。
迷宮内に風は吹かないはずだが、樹木が揺れ動くざわめきが耳に入る。
空間が安全であることを確認するとアリスは安堵の息を吐き出すと剣をしまい、召喚していた石像も還す。
「よっと」
マリヤを地面で寝かしとくのは忍びないので俺が抱える。
(軽いな……)
お姫様抱っこだ。
レベルの恩恵により、強化されていた俺の筋力であれば造作もないことである。
背中におぶるのも考えたが、身長差のせいでマリヤの脚を引きずる形になってしまうので、この形に落ち着いた。
マリヤを抱えながら空間の中を歩く。
「あの樹は何なんだろう? この世界の樹ってあんな風に逆さにも成長するの?」
『いえ、目の前の樹が特殊なだけです。詳細はわかりませんが世界樹と似た魔力を感じます』
「世界樹って
『そうです』
歴史や魔術の教科書にも書かれている世界樹。
天までそびえる高さを誇り、世界中の魔力が集まる場所と言われている。
俺の元の世界には無かった光景を想像し胸を膨らませる。
「いつか行ってみたいな。ラフィにも会いたいし」
『ええ、素敵なところですよ』
「あれ、ヘルプは行ったことがあるの?」
『私たちは――』
「う、うん……」
ヘルプが何かを言いかけていた時、抱えていたマリヤがもぞもぞと動き、目を開く。
「あ、マリヤ。良かった、目を覚ましたんですね」
俺が声を掛けると、きょろきょろと辺りを見回す。
周囲に広がる光景に驚き、目を二度三度と瞬きを繰り返す。
「私達、死んだの……?」
マリヤの第一声であった。
「いやいや、生きてますよ」
暫く俺の顔を見つめ、おもむろにアリスのほっぺに手を伸ばす。
むにむにと触られる。
一体何をしているのか聞こうとしたが、俺に触れることでここが現実であることを認識したようだ。
「お、おろしてもらってもいい?」
認識するやいなや、俺にお姫様抱っこされることに気付きマリヤは顔を赤く染める。
ゆっくりとマリヤを地面におろすと、今度は抱きしめられた。
「アリスちゃん、ありがとね。
あの時、落ちた私を見捨てないでくれて」
「マ、マリヤ」
真正面から抱きしめられるとマリヤの女性としてのほのかな良い香りが鼻をくすぐる。
少し照れくさかったが、抱きしめられた腕から逃れようとしたができなかった。
「うっ…、うっ」
マリヤの嗚咽が耳に入った。
死んでいてもおかしくない状況だった。
安堵したことで、落下の恐怖を思い出したのだろう。
何と声を掛けていいかわからず俺は黙ってマリヤの背中に腕を回し、ポンポンとあやすように叩く。
マリヤが泣き止むまで、二人は静かに抱き合った。
◇
「で、ここはどこなのかしら?」
泣きはらしたマリヤの目元は、元々白い肌もあいまって赤く目立っていた。
俺と向かいあい、状況を聞く。
ただ、頭上の摩訶不思議な光景にときおり目を奪われている。
「私にわかるのは迷宮の奥底のどこかというだけです」
「私達かなり深いところに落ちたのよね?」
「ええ。落ちた後、魔物に追われて逃げ回っていたら偶然この場所に。
理由は分からないですが魔物はここに入ってこられないようです」
「アリスちゃん、私を守りながら戦ってくれたのね。
ありがとう」
「い、いえ」
先程の泣き顔とはうって変わって、俺にほほえみ礼を述べるマリヤ。
面と向かって告げられた感謝に再びほっぺが熱くなるのを感じた。
(改めて向かい合って話すとマリヤさん、美人だもんな)
ぽけっとマリヤを暫く見つめる。
「私の顔に何かついてる?」
「い、いえ、何でもありません」
誤魔化すために視線を外した。
俺は改めて口を開く。
「現状、地上に戻る手段は地道に迷宮を探索して道を探すしかないです」
「そう……よね」
俺の言葉にマリヤは視線を落とす。
落下から生き延びられたはいいが、正直魔物がはびこる迷宮内。
無事地上まで戻れる可能性はゼロに近いとマリヤは考えていた。
マリヤの懸念はそれだけでなかった。
「元々、日帰り探索のはずだったから食料も水もほとんど持ってきてない。
水は奇跡的にここにあるけど、食料は二人で魔物を狩るしか手段が……」
「まぁ、食料はなんとかなりますけどね」
「え?」
俺は収納ボックスから次々と食料を取り出していく。
十分すぎる量、豊富な種類。
その光景にマリヤは幻でも見ているのかと驚き、目をパチクリさせる。
「どこに、そんな?」
「隠していたんですけど、これです」
手の指輪をマリヤに見せる。
「魔力を使って、ものを収納する魔道具です。便利でしょう?」
「す、すごい」
「なので食べ物の心配は当面大丈夫です。
まぁ、上に戻るために魔物との戦闘は避けて通れないですが」
マリヤは俺の言葉に目を伏せる。
「ごめんなさい……。私は年下のアリスちゃんに頼っていかないと生きて上に帰れない。
戦闘もできない、足手まとい。
情けないお姉さんでごめんね」
「そんなことないですよ。うん、せっかくだから私の秘密を教えますよ」
「秘密?」
「実は私、いや俺は元々男なんですよ。あと、マリヤが思ってるような子供でもなく本当は十七歳で、えと呪いで今の姿になっちゃったんです。
だから、どーんと俺に任せてください」
驚いた顔でマリヤは俺を見つめる。
「あはははは!そんな呪い聞いたことないよ」
「いや、本当に……」
「それに仮に十七歳だっとしても、私の方がお姉さんじゃない」
「そ、それは」
俺のほっぺに感触。
マリヤに再び引っ張られた。気に入ったのか。
「女の子が俺なんて言葉は使っちゃだめよ!」
「まりや、いたひれす」
ほっぺをこねこね。
すぐに解放される。
「でも、ありがとう」
今度は頭を撫でられた。
どうやらジョークとマリヤに受け止められたようだ。
(本当なのに!俺の一大暴露が笑って流された!)
「あのね……」
何か言い出したが一旦はやめるマリヤ。
口を開くが音は出ない。
しかし、再度息を吸いはっきりとした声で俺に告げる。
「アリスちゃん、私に魔術を教えて」
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