第二十七話「アリスのドレス」

 新人メイドとしての自己紹介を済ませた俺は、ローラに促され一度アニエスの部屋へと戻ってきた。


「アリス、可愛いわ! すごくよく似合ってる!」

「ありがとうございます」


 戻ってきたというよりは姫様直々の命令と言った方が正しいかもしれない。

 朝食の後、ローラに渡されたメイド服に着替えることになったが、別れる前に必ず部屋に姿を見せに来るよう、念押しされていたのだ。

 アニエスは俺のメイド姿に大層ご満悦のようだ。

 ニコリと表面上は微笑んでおく。

 そして俺はチラリと同じ部屋にいるラフィへと目を向ける。

 ちょうど俺の方を見ていたようで、慌ててプイっと目を逸らされた。


(ラフィはどう思ってるんだろうな……)


 男の俺がメイド服を着ている。

 そんなことを言っていたら、ここ最近いつも女性服だ。

 考えるだけ無駄かもしれない。


「さて、アリス様」

「ここでは様つけなんですね……」

「はい。ここではあくまで姫様の御友人であり、王国の剣聖であるアリス様として接しさせて頂きます」


 にこやかに微笑みながらローラは続ける。


「一応、私はこの屋敷のメイド長を務めさせて頂いておりますので、他の者と同様にアリス様がメイドとして仕えている間はアリスと呼ばさせて頂きますが、もしアリス様がお望みでしたら、皆の前でも様付けでお呼びしますが。いかがしますか?」


「すみません、みんなと一緒でおねがいします……」 


 一人だけ様付けで呼ばれたら余計に浮く。

 そんなことをしていたら暫くの間同僚となるメイド仲間にいびられるかもしれない。

 女性社会で除け者にされると、それはそれは恐ろしいと聞く。

 自らそんな困難な道を歩みたくはない。


「では続けますね。アリス様、今日のこの後の予定なのですが」

「森都に視察……もといアニエス姉さんの観光ですよね」

「アリス、言い方!」

「そうです。本命はラフィ様の夜会で着る服を決めることです」


 そう、今日の森都散策の目的はラフィの服探しなのだ。

 これは昨日の夜、食事の後にも話した。

 アニエスが付いて行くのは、ラフィに便乗して自分も森都を見て回りたいと、それはそれは強く主張したからだ。

 ちょうど明日の予定もなく、ラフィという実力者がアニエスの側にいてくれるのは非常に心強い。

 というわけで、今日の予定はお忍びではあるが森都への視察ということになった。 

 この場に居る中で一番上の立場は王族であるアニエスのはずなのだが、どう見ても全ての裁量がローラに委ねられている気がする。

 考えるだけ無駄だが。 


「それでアリス様はどうされますか?」

「どうするとは?」

「夜会で着る服です」

「……これでいいんじゃない?」


 メイド服の裾をつまんで答える。

 夜会では同じような服を着ている者もたくさん出入りしており、ある意味メイド服が俺にとっては一番目立たない恰好かもしれない。


「それは駄目!」


 すぐにアニエスが腕をバッテンにして、俺の案を否決する。


「せっかくなんだから可愛い服を着ないと!」

「私達のような恰好では社交の場で食事などをとれませんが、それでもいいのであれば」

「やっぱりなしで」


 ローラの言葉で即座に先程の言葉を取り消す。


「なら、これを着ていきます」

 

 メイド服案は俺も冗談交じりに言ったものだ。

 元より、その意見が通るとは思っていない。

 収納ボックスから先日王都で開催されたフェレール商会のパーティーで着ていた服を取り出して見せる。

 青を基調としたパーティードレス。

 身体にあてながら見せる。

 まだ仕立ててから日も浅いので裾直しの必要もない。


「わぁ、素敵」

「いいデザインですね」


 アニエスは目を輝かせ、俺の近くで服をまじまじと見る。

 ローラからも合格点を貰え、アニエス程露骨ではないが、ローラは微笑みを浮かべていながら視線だけは鋭く服を採点しているように見えた。


(そういえばこの服、俺が持っている自分で買った数少ない服の一着なんだよな)


 あまり服の選択に自信はなかったがアニエスの反応を見る限り、悪くないようだ。

 まぁ、買ったお店の選んでくれた店主のセンスが良かっただけで俺の服のセンスが良かったからというわけではないと理解しているが。

 などと考えていると、ラフィがおずおずと声を上げる。


「それって、フェレール商会のパーティに着ていった服よね?」

「そうだけど」


 ラフィの質問に同意する。

 するとアニエスとローラが顔を見合わせた。


「では、その服は夜会には使えないですね……」

「何で!?」


 俺の疑問にはラフィが答えてくれた。


「アリス、貴族の社交の場では一度着た服は着ない方がいいわ。お金に余裕のない家と思われてしまうの」

「この前のパーティーは貴族の集まりではなかったし、同じ服を着ててもバレないと思うけど……」


 何より別にお金に余裕のない家と思わようが知ったことではない。

 実害を被るのは俺ではなくリチャードかもしれないが、義父も割と周囲の目など気にしない性格であると思う。

 それにせっかく仕立てた服を一度しか着れないとかあり得ない。

 

「フェレール商会は貴族との繋がりも深い商会よ? 本当にその時のパーティに来ていた方が今回の夜会にもいないと言い切れる?」

「うぐっ……! でも、私が森都にいることを知ってる人なんて限られるし。

 それに一度パーティで私のことを見たくらいで憶えてるかな?」

「……本気で言ってる?」

「う、うん」


 俺の言葉にラフィは大きく溜息を一つ。


「私ならアリスの顔を一度見たら絶対忘れないわ。

 同性の私から見ても嫉妬しちゃうような、こんな綺麗な子を忘れるわけない」

「綺麗って……ラフィとかアニエス姉さんに比べたら霞むと思うけどな」


 鏡で見た俺自身の姿は確かに見目麗しいとは思うが、ラフィの発言は少々大袈裟だと思ってしまう。

 何故だか俺の言葉を受けて若干顔を赤らめたラフィ。


「っ……それに、黒髪に剣聖としての象徴でもある青い服なんて来ていたらどこかの余程世間に疎い貴族でない限り、一瞬でアリスの正体がばれるわ」


 それを誤魔化すように語気を強めながら言うのであった。


「そういうことならアリスも一緒に行きましょう」


 アニエスはさも当然のように森都への視察に俺を誘うが。


「駄目です」

「何でよ!」


 即座にローラが否定するのであった。


「アリス様は姫様たっての願いで暫くこの屋敷でメイドとして仕えることになった身です。

 それとも一度願ったことをすぐに取り下げるのですか?

 今取り下げてしまいましたら、再度アリス様に屋敷でメイドとして仕えて頂くのは難しいかと存じます。

 そうなると姫様が楽しみにしておられる、アリス様の手料理は暫くお預けとなりますね……」

「うっ……、そうだけど。でも、それとこれとは別! 夜会に服は必要でしょう!」

「はい。夜会に服は必要です。なので、アリス様こちらの服をお借りしてもよろしいでしょうか?

 アリス様の服も一緒に選んで参りますので」

「ローラ、いくら服を借りてもやっぱり実際に採寸しないと難しいんじゃないかしら?」

「大丈夫です」


 ニコリとローラは微笑む。


「アリス様の身体でありましたら、各箇所のサイズをきちんと把握しておりますので問題ありません」

「そう……、ならいいか。うう、アリスとの買い物は行きたいけど。

 アリス、ごめんね……!」

「いえ……」


 アニエスとの買い物はまた機会があるだろうからいいが、さらりと告げたローラの言葉が怖かった。


(どうして俺のサイズを把握してるんだよ!)


「姫様、アリス様のメイド姿は満足して頂けたようでしたら、私どもは一度下に戻りますので」

「はーい。アリス、お姉ちゃんがきっと気にいるとっても可愛い服を探してくるからね!」

「……楽しみにしてます」


 アニエスの張り切りように若干気圧されしながら答えつつ、ラフィに念話を送っておく。


『程々に、目立たない服でお願い』


 元々アニエスのために、ついでにラフィのドレス姿が見たいから夜会に参加するのだ。

 目立つのは避ける。

 これが基本方針だ。

 そこで気合の入った服なんか着ていたら本末転倒である。


『善処はするけど、期待しないで』


 頼れる仲間の奮戦に期待するしかない。


「さて、皆を待たせてますので。アリス様、下に戻りましょう」

「かしこまりました」


 切り替えて、ちょっとメイドらしく返事をするのであった。

 

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