第二十六話「我儘アリス(妄想)」

 フィオナは実家にいる妹の姿と重ねながら、ぼんやりと紹介された新人メイドのアリスのことを見ていた。


「この後午前中、私は姫様とお客様に付き従い森都の視察に向かいます」


 アリスの自己紹介が終わるとローラが言葉を繋ぐ。

 故に、フィオナは突然自分の名前が呼ばれることなど想像だにしなかった。


「フィオナ、その間申し訳ないけど、アリスの面倒を見てあげてくれますか?」

「はい」


 条件反射のように口から出た言葉。

 フィオナは口に出してから「しまった!」と後悔するがもう遅い。

 てっきりローラがアリスの指導にあたると当然のように決めつけていたため、そんな重大な役目が自分に来るとは思っていなかったのだ。

 助けを求めるようにフィオナは同僚二人を見るが、二人とも露骨にフィオナの方を見ようとしなかった。


「では、フィオナ。頼みましたよ。その前に、アリスはちょっと付いて来てください」

「はい」


 アリスを連れて、ローラが一度どこかへ出ていくのを見送るとフィオナは同僚二人に泣きつく。


「ど、どうしよう……! 思わず返事しちゃったけど、どうしよう!」

「落ち着きなさい。ほら、すぐローラさんが戻ってくるわよ」


 最年長のエマが嗜める。


「うう……、せめてエマなら。私には荷が重いよ」


 ただの新人への指導役であれば喜んで引き受ける。

 だが、今回の新人は公爵家の御令嬢。

 きっと花よ蝶よと可愛がられて育てられた子に違いない。


(でも可愛がられてるなら、こんなところでメイドなんてさせられないか……)


 そこまで考えてフィオナはハッとする。


(きっととても我儘な子で、家の使用人にとんでもない無理難題を押し付けて怒られたんだわ!

 それで使用人の苦労を知るため、王族に仕えるように言われた……!)


 そうに違いない、とフィオナは確信を持つ。

 三人の中でフィオナは比較的大人しい少女であったが若干妄想が入る残念な子であった。

 フィオナは三人の中で一番家の力が弱く、貴族とはいってもなんとか末席に置いてもらってる男爵家の出身。

 フィオナの周囲では運よくこれまで上の家の者を怒らせたということは起きていなかったが、見習いの先輩からそれに類する話は耳にしたことがあった。

 もし何か粗相があったり、私の態度が気に喰わなかったら彼女の一言でフィオナのような小さいな家は簡単に潰れてしまうと、よくない未来を想像し、さらに顔を青ざめさせる。

 

「エマ~~~」


 フィオナは頼れる年長者に泣きつく。

 エマは仕方ない子と苦笑しながらも頭を撫でながら後輩に優しい口調で語りかける。


「そんなに心配することはないと思いますよ。何だかほんわかとした方のようですし、ローラさんが連れて来た方なのですから。きっとそんな理不尽な事は言われませんわ」

「じゃあ代わってよ」

「これはフィオナが引き受けた仕事ですから」


 理不尽な要求をされるかもしれない可能性はないとは言えないのだ。

 貴族らしい見事な笑みを浮かべながらエマはフィオナの言葉をやんわりと断わる。

 横で聞いていたシンディが笑いながら会話に加わる。


「フィオナ、あきらめなって。あんなに元気よく返事をしたんだから」

「それはそうだけど……」

「それに公爵様のとこの子だからって、今私達は王族に仕えているのよ?

 それより格下の相手なんだから楽勝でしょう?」

「うー」


 確かにシンディの言う通り公爵家といえども王族と比べれば気が楽と言えなくはないかもしれない。


「シンディの言い方はどうかと思いますけど、事実、王族に比べれば気が楽とは思いますよ。

 それにフィオナだって、ここで姫様に気に入ってもらえるように頑張るんだって意気込んでいたではありませんか」

「言いましたけど……、これは姫様の評価に全然関係ないと思います」


 本来であればフィオナやのような格の家では王族の側で仕える栄誉を賜る機会は早々に巡ってこない。

 大抵が王族周辺の繋がりで側近が決まってしまうものだ。

 では、何故その様な栄誉ある役割が回ってきたのかというと、まずアニエスが未だ側近を決めていないということが大きい。

 とはいっても、元々アニエスが側近を決めるのは学校を卒業する直前になると予想されていた。

 それまでに国王陛下に根回しするなり、アニエス本人と学校で親しくなるなどといった機会を求めて貴族が水面下で動き回るのがいつもの慣例。

 つまり学校に入って間もないアニエスに側近がいないのは当然のことであり、そんな状況で決まったアニエスの森国行き、側で仕える者が誰もいなかったのだ。

 唯一すぐに決まったのが教育係としてアニエスの面倒をこれまでも見ていたローラ。

 そんな状況で、あとは誰が選ばれるんだろう、私達には関係ないよねー、と話していた三人娘が選ばれた。

 普通の選考基準であれば、三人娘は王族との繋がりも薄く、また忠誠心が厚かったり、見習いの中で極めて優秀ということもなく、選ばれることなど考えもしなかったのだ。

 だから、三人にとって今回の森国滞在中にアニエスの側でメイドとして仕えることはまたとないチャンスであった。

 ここで顔を売っておけば、自分には縁のない話であった王族の側近として仕えるかもしれない未来への可能性が開けるのだ。


「まぁ、本当に困ったらあとでローラさんに言いつけちゃえばいいんだよ」

「シンディの言う通りです。それにフィオナが本当に困ったら私達も手伝いますから」

「えっ……、私は関わりたくないような」


 と茶化しつつも、フィオナはシンディが本当に困っていたら助けてくれることはこれまでの経験から知っていた。

 だから、フィオナも少し気が楽になる。

 少しだけ。

 だからフィオナはシンディの手を握りながら言う。


「シンディ、頼りにしてるから」

「ええっ、私じゃなくてエマを頼りなよ」


 ちょうどのタイミングで部屋を出ていったローラ達が再びこちらへ向かってくる足音が聞こえた。

 三人は先程の立ち位置にそそくさと戻るのであった。

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