第五十三話「集う」
策を披露するにあたり俺達は場所を変えた。
といっても先程まで居た大部屋から繋がっているバルコニーに出ただけであるが。
窓を開けているとはいえ、一つの部屋に多くの人が居るためやはり熱が籠っていた。
外にでると、肌にあたる風が心地よく感じられた。
建物の内側を向き、バルコニーは設置されているため、世界樹を一望することが出来る。
レイとラフィを伴いバルコニーの中央辺りで止まり、思いついた策を告げる。
「戦力が足りないなら戦力を増やせばいい」
そうパワーイズパワー。
一人でどうしようもないのであれば増強すればいい。
しかし、レイは俺の言葉に何を当たり前のことを言っているのだという顔。
眉間の皺を更に深める。
「それができないから困っているのだが」
「ナオキ、それだと言葉が足りない。どうやってその戦力を補充するのかを聞かせて」
「話すよりも見てもらう方が早いかな」
この策はとある魔術を活用するのが要だ。
その魔術の名は《転移》。
先程の襲撃者が利用していた魔術だ。
厄介な魔術であるが、今度はこちらが活用させてもらう。
一呼吸。
スキル欄に記された詠唱を読み上げていく。
「我は六星の鍵を担いしもの。
盟約に従い、陰に隠されし創世の扉を開かん。
道なき道をたどり、我が灯の元へと彼の者を誘え《
詠唱を終えると体の内側から代価として魔力がもっていかれるのを感じる。
今まで使用してきた魔術とは桁違いの魔力が要求されたようだ。
だが、今の俺ならば些細な量である。
詠唱と共に目の前に光が集う。
一瞬、眩く発光したかと思うと、唐突に光源は失われた。
残されたのは――
「あれ? ここは?」
間延びした声。
青い毛に覆われ、二つの翼を羽ばたかせた存在。
青だ。
「よし、成功」
「ん? 誰かと思えばアリスか。何だかいつもと恰好が違うからすぐにはわからなかったよ」
「あ、俺って分かるんだ」
恰好が違うどころか、性別も違うが大きさも大分違うがな。
「うん。主に魔力の在り方で人を判断してるからね」
「へー、なら話は早いや」
お前は誰だ? という展開になり青に襲われる未来も少し予想していたので楽でいい。
状況を青に説明しようとしたところで驚きの声が後ろから聞こえた。
「転移の魔術だと……?」
振り返って見ると、レイが目を大きく見開いていた。
「馬鹿な、あり得ない」
顎に手をやりブツブツと独り言をこぼすレイ。
見ていて少し怖い。
「でも、さっき俺達を襲撃してきた奴等が使っていた魔術ですよ?」
「なんだと?」
俺の言葉にレイは元の世界に戻ってきたと同時に、再び俺を鋭い視線で射抜く。
何だかアリスとして接してきた時より顔が怖いんだよ、と内心で愚痴をこぼす。
「襲撃犯は転移の魔術を使って、この場に現れたのか?」
「そうです。あと、この場から撤退するときも同じ魔術を使ったはずです。そのことは女王様から聞いたりは……?」
「していない。それどころではなかったからな。……はぁ、あの方は。
重要な事は全て話してからお休みになって欲しいものだ」
大きな溜息をこぼすレイ。
「だが、今の話で森国内に襲撃犯が潜んでいる可能性は低くなった」
「それはどうしてですか?」
「簡単な話だ。転移の魔術には膨大な魔力が必要であり、一人の力で到底発動できる術ではないからだ」
「俺は使えましたけど……?」
「だからあり得ないと言っているのだ」
「レイ、ナオキの規格外っぷりは今に始まったことじゃないから、気にしてたらきりがないよ」
「……だとしたら襲撃犯はどうやって転移の魔術を使ったのですか? 俺と同じく規格外の存在ということになるんでしょうか?」
レベルだけで判断するのであれば、精霊は規格外に近い存在であったが、仮面の男はそこまでの域に達しているようには見えなかった。
「考えられるのは何処かで大規模な儀式魔術を執り行った可能性。……となると組織だって我が国へと害意をもった存在がいることになり非常に厄介ではあるが」
再びレイの表情は険しくなる。
「もし、君のような存在が別にいるという可能性も否定しきれないが、そちらの方が可能性は低いと思いたい」
それは考えたくないなと、レイは頭を横に振った。
「今は不測の事態を考える前に、目の前の問題に対処するしかない。警戒はするが考えるのは後だ。話の節を折ってすまなかった。話を戻そう。君が転移を使って
まじまじと青を観察する。
儀式魔術という聞きなれない言葉について少し質問したいが、ぐっと堪え、レイの質問に答えるべく口を開こうとするが、それより先に青が答えた。
「魔物とは失礼な。僕は竜という存在さ」
ふんすと胸を張り青は自信満々に言うが、レイはその言葉に首を傾げる。
「これが竜だと……? そして、君のいう策はこの存在か?」
戦力になるのかという言葉が表情に出ていた。
「もちろん」
俺は自信をもって頷く。
再び青と向き直り、今の状況を説明する。
女王によって張られていた結界が解け、魔物の大群が森都に向かって来ているということを。
「ああ。道理で風が騒がしいと思った」
「魔物を倒すのに力を貸して欲しい」
「それは構わないけど、今の僕にできることは限られてるよ?」
赤い目をキラリと輝かせて青は言う。
間違いなく、俺が考えている方法を青は理解していた。
「つまり魔力があればその限りではないと捉えて問題ないな?」
「もちろん」
「どうやって魔力を渡せばいい?」
「僕の身体に触れて、魔道具に魔力を流し込む感覚で注いで貰えればいいよ」
「わかった」
青の身体を両手でつかみ、魔力を流していく。
「あぁ……いいよ!」
気持ちよさそうに目を細める青。
「どのくらい渡せばいい?」
「もう少し」
魔力を流す。
「どう?」
「もう少し」
魔力を流す。
「……どう?」
「もうちょっと」
『いい加減にしなさい駄竜。もう十分な量をマスターから貰ったでしょう』
ヘルプの怒りに滲んだ声が響く。
「ちぇえ。せっかくのご馳走なんだから、貰うだけ貰おうと思ったのに」
やや不満そうな声音。
だが、魔力はもう充足したようだ。
手を放すと、両翼を羽ばたかせ宙に舞い、青い光が身体を包む。
「なにが……っ!?」
「……」
突如溢れた光にレイは驚きの声を、ラフィは冷静にその様子を観察する。
光は瞬く間に巨大な輪郭を形成した。
包んでいた光が溶けると両翼を広げ、咆哮を上げる。
巨大な生き物。
先程までの姿が巨大化しただけで俺には愛嬌のある姿に思えるが、初めて見るものには恐怖と畏怖を植え付けるには十分な存在。
お伽噺で語られる竜という伝説の存在がそこには現れた。
咆哮を聞き、先程まで部屋に居たものも慌てて外に出てくる。
青の姿を見て、固まる者、腰を抜かす者、新たな襲撃かと思い武器を構える者。
「戦力としては申し分ないと思うけど、どうかな?」
同じくあんぐりとした表情で硬直しているレイへと問う。
「ああ……」
呆けたように頷き。
「あとは……」
再度、俺は《転移》を発動した。
光に包まれ現れた存在を目にして、またもやレイの表情が引き攣る。
赤い巨体は両翼を羽ばたかせ、俺の近くにずしんと大きな音を響かせ着地する。
この時ばかりはテラスが壊れるんじゃないかと一瞬ヒヤリとしたが、大丈夫であった。
青とは違い、羽ではなく分厚い鱗に覆われている存在、王立学校で最近は惰眠を貪っていた、俺が知るもう一体の竜、赤だ。
赤も俺の姿を見ると大きな咆哮を上げ、尻尾をぶんぶん振り、翼を容赦なくばっさばっさ揺らす。
『おぉ、主ではないか! 久しいな! 暫く見ないうちに随分と成長したではないか!』
俺に対しては念話のように赤の言葉が脳内に響くが、その声は竜の雄叫びのようにしか外部には聞こえない。
青の登場時よりも、周囲の顔は青くなっていくのが見てとれた。
「赤。とりあえずお座り」
『む? お座りとは?』
「頭を地面につけて。そう。で、翼も降ろして。尻尾を振るのも我慢して」
「こうでよいか?」
俺の言葉に忠実に従い、赤は大人しくその場に伏せたような恰好になる。
お座りとは違うが、これでよいか。
そして大分魔力を使ったと思うが、未だ余裕があるように感じられた。
もう一人いけそうと思い、
先程と比べれば小さな光。
人影を形成する。
「む? 何処だここは?」
その影は口を開く。
赤髪を風に揺らす――初代剣聖ストラディバリだ。
ただ、残念なことに手には酒瓶が握られている。
「森都です」
ストラディバリの質問に俺が答える。
「ん? んんんん?」
質問に答えるなり、ずいっと俺をまじまじと見、次に首を傾げる。
「お前、アリスか? 男だったのか? いや、というかいつの間に成長した?」
この人にも俺=アリスであることが何故だかわかるようだ。
喚びだした理由を説明するよりも早く、ストラディバリは周囲、特に二体の竜を見て何やら理解したようだ。
「ふーん、何だかわからねえが状況は理解した」
「理解が早くて助かるよ」
「つまりあれだな。今から森国と戦争をおっぱじめるわけか? よし、先陣はまかせろ」
「違います」
とんでもない方向に解釈したストラディバリの言葉を即座に否定しておく。
余計な人を喚んだかもしれないとちょっぴり後悔。
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