第三十一話「おさそい」
俺とサチは二人並んで座っている。
ジンが”タチバナ流”の型を披露していた。
サチは目を輝かせながら、俺も興味深く観察する。
やがて一通りの型を終えたジンが二人のもとへと戻ってきた。
「今見せたのが基本からの派生だ。
まぁ、サチは最初に教えた型が自然に振るえるようになるまでは、素振りあるのみだな」
「ええー! 私もびゅーって斬ってバシって斬るのやりたい!」
ずっと剣を振って降ろす繰り返しだけでは御不満の様子で、サチはブーブーと抗議する。
俺もサチの気持ちはわからないでもないが。
「駄目だ。まずは基本ができないと、次には進めない。
今日は三十回の素振りで終わりにしたが、明日は六十回振ってもらう」
「ろ、六十!?」
「その次の日は百回だ」
「むり~~~!」
「ほー、じゃあ俺の剣術指導は今日で終わりだな」
顎をさすりながら、ジンは意地悪気にサチへと言い放つ。
ジンの言葉にサチはぎょっとし。
「うー、がんばる」
「ああ、剣術は日々の努力が何より大事だからな」
返事を聞き、ジンはサチの黒髪をわしわしと撫でる。
「さて、今日はこれくらいにして帰るか。
嬢ちゃんも草刈りに加えて、サチに付き合ってもらってありがとな」
じんわりと太陽の熱が肌を焦がす。
時間はちょうどお昼時。
(やば! アニエス姉さんとお昼はどこか食べに行こうって約束してたんだった)
鍛冶区で剣の製作依頼を終えたら、すぐに寮へと戻るつもりだったのだが、ジンとの再会によりすっかり約束のことが記憶から抜け落ちていた。
「ジンさんもサチちゃんも今日はありがとうございました」
ぺこりと礼を言い、今日はとっとと退散しようと決意する。
座っていた段を一段飛び降り広場に着地。
敷地の外へと出るため門へと向かおうとする。
しかし、思わぬ障害が立ちはだかる。
ひしっと右手が掴まれる。
「アリスちゃん、一緒にお昼食べない?
私の母上の料理、すごくおいしいよ!」
目をきらきらさせながら、サチが提案する。
(笑顔がまぶしい……)
予定があると即座に断ればいいのだが、俺はうっと言葉を飲み込んでしまう。
(断ったらきっと悲しむ。
でも、アニエス姉さんもきっと俺を待ってるし!
何かいい断り方はないか……)
助けは思わぬところから来た。
「ほら、サチ。アリスちゃんにも都合があるんだ無理言っちゃだめだぞ。
それに母さんだって、突然一人分料理を追加ってなったら大変だろ?」
「うー。でも、結局私、あんまりアリスちゃんとおしゃべりできてないし。
父上ばっかりアリスちゃんとお話ししてた……」
「いや、それは……」
一転、サチがジンを恨まし気に見つめる。
そんな娘の視線にジンは困ったと、頬を掻きながら苦笑している。
だが、何かいい案を思いついたのか、「じゃあ、こうしよう」とサチに提案する。
「昼飯はアリスちゃんも予定があるみたいで難しいが、我が家の夕食に招待するってのはどうだ?
これなら母さんも料理を準備する時間がある」
その提案にサチは表情を一転。
「父上、それ採用!」
両手を胸の前で握り締め、ジンの案を全面的に支持する。
「勝手に話を進めてるが、嬢ちゃん、夜は時間空いてるか?
空いてるなら我が家の夕食に招待しようと思うのだが、どうだろう?」
ジンの提案。
横では目を輝かせながら俺の返事を待つサチ。
どうして断ることができようか、いや、できない。
厚意をありがたく受け取る選択を俺はする。
「夜は特に予定はないので、大丈夫です」
「やったー!」
喜びを身体全体で表現し、サチはぴょんぴょん飛び跳ねると、最後はまた俺へと抱き着いてきた。
やや赤面しながらも、俺は予定の時間も押しているので、やんわりとサチの拘束から逃れる。
「送っていかなくていいか?」
「結構です」
ニヤニヤとジンが問いかけてきたので、即座に拒否した。
別れる前にジンから家の場所を聞き、今度こそ俺は道場を後にする。
ジン達と別れた。
(ちょっと急ぐか)
道場が見えなくなると、俺は人気のない路地へと入る。
もう一度周囲を念入りに確認すると、跳躍、屋根へと上がった。
屋根から屋根へ。
学区へ向けてショートカットで一気に駆け抜けた。
◇
寮に戻ると、一階の応接間でアニエスが待っていた。
「待ちくたびれて私はすごくすごくお腹が空いているわ」
「うっ、遅くなりました」
「謝罪なんていらないわ。
申し訳ないと思うなら態度で示してもらわなきゃ」
「どうすればよいでしょうか、姫様」
言葉だけ見ると怒っているように見えるが、アニエスはどちらかというと上機嫌。
冗談っぽく俺へと要求。
大げさに、跪きながら答える。
びしっと俺を指差し、アニエスは要求を宣言する。
「久しぶりにアリスの手料理が食べたいわ!」
「おおせのままに」
昼飯は外食でなく、俺が作ることになった。
収納ボックスから適当に材料を取り出しながら台所へと向かう。
作る料理はただの野菜炒め。
(お姫様に食べてもらう料理じゃないな)
と、苦笑しながら俺は野菜を切り、炒め、最後に適当に味付け。
皿に盛り、食堂の椅子ですでに陣取っているアニエスのもとへと運ぶ。
簡単な料理ではあったが、アニエスはそれを幸せそうに口へと頬張っていく。
「やっぱりアリスが作る料理は何でもおいしいわ!」
「ありがとうございます」
誰でも作れる料理と思うが……と内心は思いつつも、美味しい美味しい言いながら食べてくれるのは作った俺としても幸せなことだ。
アニエスも終始笑顔であった。
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